20 ラビットヒルズへと向かう列車の中で
うさぎの少女マドレーナは今、うさぎの居住区の中でも一番の高級住宅街、ラビットヒルズへと向かう列車の中にいました。この列車は普段、うさぎの居住区の中を巡回するものですが、そのままエレクトロンポリスを出て、観光地の海岸や、ロップの故郷であるローリエントまでゆくこともありました。
この高級列車は、切符が高いので、ふだんなら上流階級のうさぎしか乗ることはありません。でもラビットヒルズの高級住宅街にいこうと思えば、どんなうさぎだって、この高い切符をふんぱつして買うしかないのです。だって普通列車はラビットヒルズの駅に停車しないのですから。
マドレーナはソファーのようにふわふわの椅子に座りながら、窓からエレクトロンポリスのおもちゃのような街を眺めていました。空は、朝からずっと灰色で、にごった色の雨がふっているようでした。その雨につつまれてゆく世界はどこかかなしげな色あいにそまってゆくように見えました。
(エレナのやつ。元気にしているかな……)
エレナというのは、マドレーナのかつてのクラスメイトのうさぎで、王国立図書館の館長の娘です。彼女は、ラビットヒルズの洋館に住んでいるのです。なんとうらやましいことでしょう。
マドレーナは学生時代には、まだお父さんもお母さんも元気で、生活も裕福でしたら、エレクトロンポリスでも指折りの名門の学校に通っていました。その時にエレナと知り合い、仲良くしていました。
(それが今ではあの子は誰もがうらやむ令嬢うさぎ……。わたしはワルのお店のウエイトレスうさぎ……)
運命というのはなんと残酷なものだろう、とマドレーナは考えていました。でも、マドレーナはへっちゃらでした。だってジョンソンさんやダッチやロップのことが大好きでしたから。
(いいんだもん……)
とマドレーナはふふっと笑います。マドレーナは後ろ足をひょいっと組んで、駅で買った瓶入りのクリームソーダをストローで飲んでいました。ソーダの中にクリームが最初から入っているのです。マドレーナは小さな舌で、ストローをぺろぺろなめると、とても甘くてしあわせな気持ちになりました。
マドレーナは高級列車の乗っている楽しさで、2回もうさぎの居住地の中を巡回しました。少しの時間しか乗らないのはもったいないと思ったからでした。
(でも、こうはしていられないわ)
そんな時、マドレーナはこんな歌を口ずさみました。
わたしは今 たったひとりで
高級列車の椅子の上
ソーダの瓶を 片前足に
大きな窓の外を見つめると
流れる景色 灰色の空
街がちっぽけになってしまったみたい
思い出すのは あの日のふたり
今は 光と影になった わたしたち
こうして わたしはきどっているけれど
いつも背中あわせの 2匹のうさぎ
歌を歌いおえると、ちょうどマドレーナはラビットヒルズに到着していました。気取った帽子をかぶったうさぎの奥さまたちが次々におりてゆきます。
マドレーナだって負けていない気持ちで、駅のホームに降りました。ホームの階段をおりると、つややかな木の肌の大柱が並ぶ、四角いホールです。床は黒い石のタイルで、さまざまな光があつまったり、はなれたりしていました。立派なうさぎの彫像が並べられています。そして古めかしい青色の壺から色とりどりの花があふれ出していました。
(わたし、場ちがいかしら……)
マドレーナはびっくりしてしまって、あたりをきょろきょろ見まわしていました。空き瓶を捨てるところもなくて、困っています。マドレーナは鞄にひょいと空き瓶を放りこみました。彼女は、空き瓶の飛び出した鞄を肩から下げて歩いてゆくのでした。
このようにしてマドレーナは、高級住宅街ラビットヒルズにやってきました。場ちがいなんて気にしてはいけません。だってマドレーナはこれから、エレナのお屋敷に侵入し、図書館の地下室の鍵を盗まなくてはいけないのですから。それでは次回、お楽しみに。
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