19 マドレーナの部屋
うさぎの少女、マドレーナは「うさぎの穴ぐら」と呼ばれる地下街にある「ジョンソンとマッピンフィルの店」につとめるとてもかわいいウェイトレスでした。
マドレーナは、キャロットタウンというアパートメント街の一部屋に住んでいます。
うさぎの居住区の中で、このキャロットタウンは、中流階級のうさぎが住むところです。マドレーナはごろつきの仲間ですから、こんなよいところに住むのはおかしい気もしますが、店主のジョンソンが「女の子は、貧民街になんて住んじゃいけない」と言ってわざわざ高い家賃を払ってくれているのです。
マドレーナが住んでいるのは、キャロットタウンの路地裏にあるアパートメントの3階で、長方形の部屋の横に、寝室とトイレ付きのバスルームがついているとても住み心地のよいところでした。大きなベランダもあって、引き戸をがらがらと開けっぱなしにするととても気持ちがよいのでした。
アパートメントの向かい側には別のアパートメントがあります。このあたりはアパートメントがいくつもくっつきあっていてまるで迷路のように入り組んでいるのでした。そのいたるところに警察官のうさぎが立っていて、絶えず見張りをしているので、このキャロットタウンはとても治安がよいことで有名でした。
早朝、マドレーナは洋服の雑誌のページをめくりながら、ソファーにこしかけていました。
先日、ダッチとロップがマスターズさんを助けた後、ふたりはギャングから逃れるためにしばらくどこかに身を隠しているということです。
(どうなっちゃうのかしら、わたしたち……。もしもマスターズさんをかくまっているのがジョンソンとマッピンフィルの店だってバレたら、ただじゃすまされないわ……)
すると、入り口のドアがコンコンと音を立てました。マドレーナが雑誌をテーブルの上において立ち上がると、用心している様子で、入り口のドアに長い耳をくっつけます。
「どなた?」
「俺さ……」
その声は、不良うさぎのダッチでした。すぐにマドレーナはドアを開けて、ダッチを中に通しました。
「ダッチ。今、紅茶を淹れるわね」
「いや、そんな時間はないんだ。よく聞いてくれ。今日は君に頼みがあって来た……」
「頼み……?」
「うん。マスターズさんの話によれば、あの古い日記を解き明かすには、王国立図書館の地下室に秘蔵されている「ボルテールの鍵文字の解読書」とやらが必要らしい」
とダッチは言いながら、ベランダの外に首を出して、あたりを見回しました。そして引き戸をがらがらと閉じてしまいます。
「せっかく日の光が入ってきてたのに……」
「マドレーナ。ギャングたちが俺たちを殺そうとしているんだぜ。君だって拳銃を隠し持っておくことだな……」
「そう……」
マドレーナは実のところ、洋服の内側に小さな拳銃を隠していました。
「それでなんなの。その「ボルテールの鍵文字の解読書」って……」
「あの古い日記には、ボルテールの鍵文字ってのが何度も出てくるのさ。それがわかれば、地底世界の入り口の開き方もわかる。ところが、そいつを読みとくには、王国立図書館の地下に秘蔵されている「ボルテールの鍵文字の解読書」とやらを手に入れなきゃならないってんだよ……」
ダッチは何度も説明するのに飽き飽きしている様子でした。
「わたし、図書館の地下室になんて入れないわよ。どうやってわたしたち、悪党のうさぎがあんなところに入れるっていうの……」
そう言いながら、マドレーナは鼻をひくひくさせて、部屋のすみにある蓄音器のラッパをなでて、くるくるとハンドルをまわしはじめました。
「音楽なんて聴きたい気分じゃないよ……」
ダッチは腹立たしそうに言いました。
「そういう時こそ音楽を聴くのよ。じゃなきゃ、頭がぱんぱんにふくれあがっちゃうでしょ」
マドレーナがハンドルをはなして、蓄音機を動かすと、朝顔のようなラッパからにごったトランペットの音が聞こえてきました。
「マドレーナ。よく聞いてくれ。地底世界には俺たちの想像もつかない恐ろしいものがある。そいつをギャングの手に渡さないためにも、君の力が必要さ」
「それで、わたしに何ができるというの?」
マドレーナが振り返ります。
「君の学生時代の友だちに、王国立図書館の館長の娘がいるだろう?」
「あら、よくご存知」
「その娘の屋敷に行ってきてほしい。そして図書館に忍び込むための鍵を盗んできてほしいんだ。いいかい。図書館の地下室の鍵だよ」
マドレーナはその言葉に鼻をひくひくさせて、ダッチの顔を見ています。
「だめかな。でも、君はワルだろ?」
「わたし、ワルよ……」
そう言ってマドレーナは笑いました。
「時には友だちも裏切るわ……」
すると蓄音機のトランペットの音色が、まるでこんな風に歌っているみたいに聴こえてくるのですから不思議なものです。
裏切るわ 裏切るわ
あなたのためなら 図書館の地下室の鍵
お屋敷に遊びにゆくわ うさぎの娘
ニンジン色の洋服を着た お友だちよ
愉快な口笛を吹いて
懐かしい思い出を 囁くけれど
わたしが帰った後には
跡形もなくなる 大切なものが
わたしが帰ってから 気がついたらいいわ
わたしが ワルだったってこと
マドレーナは得意になって自分でそんな歌を歌っていたことに気がつきました。
「わかったわ。それじゃ、すぐに大家さんの電話をお借りして、あの娘のお屋敷にかけてみるわ」
マドレーナはそう言ってダッチに笑いました。ごろつきの仲間ですから、マドレーナもまたワルだったのです。なんということでしょう。さあマドレーナはだれにもあやしまれずに、王国立図書館の館長の娘に会って、図書館の地下室の鍵を盗みだせるのでしょうか。それでは次回、お楽しみに。