15 暗黒塔の人参酒場
タップダンス酒場としてラビットゲージでもっとも有名な「人参酒場」は、モチェットの偽造肉屋からそう遠くないところにありました。
ロップとダッチのふたりは、曲がった坂道の石階段を登った先にある、天にも届くような円筒形の紫色の塔を見あげました。
そこは暗黒塔と呼ばれていて、ギャングのアジトで、最上階には恐ろしいギャングの親玉が住んでいるのです。
その屋上からは、真っ赤でまん丸のアドバルーンがふわふわと吊り上げられていました。
その塔の一階に「人参酒場」はあるのです。なぜならば、人参酒場はギャングたちがやっているのですから。
「いいか。今から俺たちはギャングのアジトに潜入するんだ」
「大丈夫なのかい?」
とロップは心配になって尋ねます。
「明日もし生きていたらそれは大丈夫だったってことさ。反対に、明日死んでいたら駄目だったってことさ」
「それじゃ大丈夫か、わからないってこと?」
「おぼっちゃまだな、君は。いいかい。俺たちはいつだって明日のことなんて分からないんだぜ」
そう言って、ダッチは腰のホルスターにさしたリボルバー式の拳銃をなでて、ジャランと音を立てました。
「臆病風に吹かれるな。そんなものに吹かれたってなんにも変わりゃしねえよ。だって死ぬ時は死ぬんだから……」
ダッチはそう言うと、まるで宝石を詰め込んだように美しい、色とりどりのガラス窓に囲まれた、丸い扉へと近づいていきました。そこが「人参酒場」なのです。
入り口に立っているギャングのふたりのうさぎが、ダッチに入館証を見せるように言いました。ダッチは、一枚のカードを見せて、中に入りました。
「お連れの方は?」
と一匹のギャングうさぎ。
「俺の知り合いさ。田舎ものなんだ。俺の顔にめんじて中に入れてくれよ」
「ええ。ダッチさんがそうおっしゃるのなら……」
とダッチは信用されているものらしく、すんなり中に入ることができました。
薄暗い中に琥珀色の照明がいくつもともり、うさぎの影が入り乱れています。
迷路のように入り組んだ店内は、2階席と1階席に分かれていて、2階席と同じ高さのさまざまなステージが用意されていました。
ダッチとロップは、階段を降りて、一階席へと向かい、目立たないようにとステージの間のみぞをぬうようにして歩きました。
蝶ネクタイにスーツ姿のお洒落なボーイうさぎがまんまるのお盆を手に歩いていて、多くのお客のうさぎは黒色のシルクハットを目深にかぶってお酒を飲んでいるのです。いくつものバイオリンの音色が響いていて、とても軽快な雰囲気です。
タップダンスのできるステージの真下のテーブル席に、ダッチは腰かけました。ロップもその席に座ります。
「ビビることはない。俺たちは客なんだ。今のうちはな……」
そう言ってダッチはにやりと笑うと、通りすがりのボーイに口笛を吹きました。
「ウイスキーを一本持ってきてくれ」
「かしこまりました」
ボーイうさぎはさらりと言うと、すぐにその場から離れてゆきました。
「お酒を飲むのかい? これならギャングと戦うんだろ?」
とロップは不安そうに尋ねます。
「俺は酔っている時の方がいい腕前なんだぜ」
とダッチが小さい声で言うと、先ほどのボーイうさぎがダルマの形をしたウイスキーの瓶を持ってきました。
ダッチはそれをグラスにトクトクと好きなようにそそいで、ちびちびと小さなベロで舐めるようにして飲んでいます。
「僕は何をしたらいいんだい?」
とロップが尋ねると、ダッチが答えます。
「何もしなくていいさ。俺の腕前を見ていな。そうだな。今のうちはあの弦楽隊の歌でも聴いていたらいいさ」
ロップが振り返ると、部屋の片隅に小さなステージがあって、照明が当たっており、弦楽隊のうさぎがずらりと並んでいます。その後ろには、大きなホルンを手にしたジャズ奏者が一匹いて、カチカチとリズムを刻んでいるドラマーも座っていました。彼らの多くは、バイオリンやチェロを弾きながら、美しい音色にのせて、こんな突拍子もない歌を歌っていました。
暗黒街の うさぎさん
迷い込んじまって 震えちまって
雨音立てる 泥の靴 きしむ橋の上
琥珀色の街灯 時計台の鐘の音
ひとり 泣いて笑ってするばかり
阿呆どりの笑い声が 聞こえてくれば
震えちまって どうすることもできなくて
渡り鳥の羽音を聴けば
お空ばかり見てるでしょう
フィーンホロロン フィーンフォロロン シャンシャキシャン
シャンシャリシャン 嗚呼 あわれな子うさぎ
可哀想なことに うさぎさん
やっぱりここはどうも 狂気じみた 夢の中
死人の集う この暗黒街
幾年も乾くことなき 心の雫
今日も夜道をいってかえってするばかり
フィーンホロロン フィーンフォロロン シャンシャキシャン
シャンシャリシャン 嗚呼 あわれな子うさぎ
「愉快だな。俺たちの未来を予言しているようだ。それよりも冥土の土産にこのタップダンサーの踊りをよく見ておこうぜ」
タップダンサーのうさぎが、カタカタと靴音を踏み鳴らして、軽快にステージの上を飛び跳ねています。それは先ほどの弦楽隊のメロディーに綺麗に合わせているのでした。
「こんな真下からじゃ見づらいよ」
「見づらければひとりで2階席に行くんだな。さあお遊びは終わりだ。俺はそろそろ、このギャングの暗黒塔の最上階までのぼっていこうと思う」
「行く方法があるの?」
「非常階段だ。よし、このウイスキーはお前が持っていくといい。必ず役に立つ時が来る」
そう言ってダッチはようやく重い腰を上げました。しかしウイスキーの瓶が役に立つとはどういうことでしょうか。まさかギャングのうさぎに一杯ご馳走するわけではないでしょうに。それでは次回、お楽しみに。




