12 ロップとダッチ
ロップとマドレーナは、街のすべり台をすべり落ちながら、ジョンソンとマッピンフィルの店にやってきました。扉を開けて、お店の中にふたりが飛び込むと、この前と同じような荒くれものたちがカウンターでお酒を飲んでいます。真ん中のテーブル席には、ダッチが座っていて、グラスについだ琥珀色のウイスキーをなめるように飲んでいるのでした。
「やあ、おふたりさんはデートに出かけたと聞いたけど……」
とダッチはからかうように言うと、呑気にまたウイスキーをぺろりとなめます。
「ダッチ。そんなことを言っている場合じゃないんだ。ねえ、聞いてよ。マスターズさんがたった今、アドレフっていうギャングに連れて行かれたんだ」
とロップはダッチに言いました。
「マスターズ? へえ、あの古本屋のじいさんか。どうしてあんなじいさんをギャングが連れ去ったんだ……」
とダッチは、あまり興味を持っていないそぶりをしています。
「ねえ、ダッチ。ちゃんと聞いてよ!」
とマドレーナはいきりたっている様子で言いました。この声に、お店のごろつきどもがみな、振り返ります。
「マスターズさんの持っていた古本には、エレクトロンポリスの地底迷宮のことが記されていたの。ギャングはそれをほしがっていたのよ。そしてマスターズさんはその古本をギャングに渡さなかったの。だから、連れて行かれてしまったのよ」
「なるほどね。しかし俺のような悪党にとっちゃ、地底迷宮なんてメルヘンチックなものには興味が湧かないね。第一、君たちがいくら騒いだって、マスターズは帰ってこないよ。まさかギャングと渡り合うつもりじゃないだろう?」
「ねえ、ダッチ。これを見てくれ……」
と埒があかないので、ロップは鞄から古本を取り出します。
「なんだい。これは……」
ダッチは、ロップに押しつけられた古本をちらりと見ます。そして、すぐに意味を悟ると、ロップをじろりと睨みます。
「そういうことか……。すると君たちは、マスターズにこの古本を託されたというわけだな」
「ダッチ。力になってくれないかな。ギャングからマスターズさんを助け出す方法があったら教えてほしいんだ……」
ロップはもう声が震えています。その声を聞いているうちにダッチは、ロップがひどく可哀想になってきたらしく、その気持ちを誤魔化すためにわざと不機嫌そうな咳払いをしました。そして腕組みをすると、うつむきながら言いました。
「そんなに怯えるなって。俺も協力してやりたいが相手がギャングとなると、どうにも一筋縄じゃいかないんだ。ちょっと考えさせてくれ……」
ダッチが困っていると、店主のジョンソンが歩いてきました。
「ダッチ。俺からもひとつ頼むよ。こいつらを助けてやってくれないか」
「ジョンソンさん……」
ダッチは驚いて、ジョンソンの顔を見ます。それは一言でいうと、うさぎの顔でした。
「お前もよく知っているだろう。この店は、俺と俺の相棒のマッピンフィルのふたりではじめたものなんだ。マッピンフィルは気のいい男だった。ところがある日、マッピンフィルは暗黒街に連れて行かれて、ギャングの「うさぎ殺しのアドレフ」に殺された。だから今は、俺ひとりだけでこの店をやっている……」
ここではじめてロップは、ジョンソンとマッピンフィルの店のマッピンフィルとは何者なのかを知りました。
「このままやつらの好きなようにはさせておけねぇ……」
ジョンソンの目は涙でうるんでいます。ダッチは、ふうっとため息をつきました。
「そんなことはわかっている。こんな街に住んでりゃ、誰だってギャングは憎いさ。でも、やつらと対決するとなったら、その時は俺も死ぬ気でやらなくちゃならない……」
と言いつつ、ダッチは椅子から立ち上がります。そしてあの重そうなマグナム銃を腰から抜き取って、
「やるとなったら、このマグナム銃だけが頼りだ……」
そう言って銃を構えます。店の中のごろつきたちが慌てて、カウンター席から飛び降ります。
ダッチは今度ばかりは発砲することなく、銃を腰あたりまで下ろしました。そしてロップの方を振り返ると、
「ロップ。アドレフの寝ぐらは暗黒街にある。君も探偵ならば、今から俺と一緒に暗黒街へ行くよな?」
と言いました。
「えっ」
ロップはとても慌てました。まさか自分が暗黒街に行くことになるなんて夢にも思っていなかったのです。
「ぼ、僕は……」
「マスターズさんは君に古本を手渡したんだぞ?」
ロップは、はっとして頷きました。そうだ。マスターズさんはこうなることがわかっていて、自分にこの古本の秘密を託したんだ、と思いました。
「わかった。僕も君と一緒に今から暗黒街へゆくよ……」
するとダッチは微笑んで、
「決まりだな!」
と言いました。
マドレーナは不安そうにロップの顔を見ました。そしておろおろしていたかと思うと、
「気をつけてね!」
と言って、マドレーナは小さいお口で、ロップのほっぺにキスをしました。ロップは、ぽっと顔を赤らめましたが、ふんわりとした毛に覆われているのでまわりのうさぎには気付かれませんでした。
さて、このようにして、ついにロップとダッチのコンビが結成されました。そしてふたりが今から向かうのはラビットゲージの暗黒街です。そこにはマスターズさんとギャングたちがいるはずです。さあ、どうなってしまうのでしょうか。次回、お楽しみに。
第1部「エレクトロンポリスの光と影」完




