10 スカイラウンジのレストラン
ロップとマドレーナは、うさぎ殺しのアドレフから逃れるようにしてエレベーターに跳び乗り、最上階にあるスカイラウンジのレストランにやってきました。そこは窓ガラスがぐるりとテーブル席を取り囲み、パノラマになっていて、大変見晴らしがよいところでした。
レストランの中央にはいかにも高級そうなグランドピアノが置かれていて、うさぎのピアニストが印象派のピアノ曲をしっとりと弾いています。印象派のピアノというと、読者の皆さんは人間のドビュッシーの「月の光」を想像していただけるとわかりやすいと思います。やはりうさぎの世界にもそうした美しいピアノ曲がいくつもあります。今も、うさぎのピアニストが弾いているのは、うさぎの世界ではポピュラーな作曲家ラビッシーの「にんじんの葉」という、それはそれは美しいピアノ曲なのでした。
このレストランは窓から、エレクトロンポリスの街並みや、その周囲の山並みが一望できるよいところでした。
「ねえ、わたしハンバーグが乗ったナポリタンスパゲティを食べるわ」
とマドレーナは鼻をひくひくさせながら言いました。
「そんなもの、うさぎの僕たちが食べて平気かな」
とロップは首を傾げます。
「あら、あなた、知らないの。エレクトロンポリスではお野菜からなんでもつくれるのよ。この前、ジョンソンおじさんは下のレストランでカツ丼を食べたわ。もちろん、原材料はすべて植物なの」
「それは君、豆腐のハンバーグみたいなものでしょ。そういうのは美味しくないよ」
とロップが言うと、マドレーナは機嫌を損ねたらしく、つまらなそうに眉あたりの毛をひそめます。
「そう。じゃあ、あなたはどこにでもあるよく乾燥したラビットフードでも注文したらいいじゃない。わたしはハンバーグとナポリタンスパゲティと最初から決めてきたのよ」
マドレーナはそう言ってウエイトレスを呼びました。
ふたりは食事を済ませると、早速ロップは持っていた紙袋を開いて、あの茶色く日焼けたハードカバーの日記を取り出しました。
「これによると、このエレクトロンポリスには地底に迷宮があるわけだね。早速、その入り口がどこなのか読んでみようよ」
ロップはとても上機嫌で、ノリノリです。でもその二百年前に記されたという日記は、書き方がとても古風です。ロップは眉あたりの毛を寄せて、1ページ1ページ、声に出して読んでいこうとします。
「わたしの名前はラビーヌ。考古学者であり、冒険家でもある。わたくしの考えによると……このエレクトロンポリスの百年に渡る創造と破壊は……文化的に……獰猛なる狼たちは……それにつけても……支配者層の知恵は限りなく浅はかでありながら思慮深く……。いったいこのうさぎはなにが言いたいんだろう」
「きっと難しいことを書くのがかっこいいと思っているのね」
とマドレーナはさらりと言いました。
「ちょっとページをとばそう。ええと……狼の王室が、先祖より伝わる金銀財宝を、地下に眠る、古代文明の宮殿に隠したというのはこの百年間伝えられてきた昔話だった。その話は百年の間、誰も信じていなかった。しかし、実際に狼の兵隊が古代文明の宮殿を探していることが知られると、この昔話を信じるものが少しずつ出てきた。わたしもそのひとりだ。しかしそのようなものの入り口がラビットゲージにあるとは狼は少しも考えていない。しかし、そもそも現在ラビットゲージがあるところの大部分は、昔、ラフモコホフ公爵の屋敷だった。ラフモコホフは政変にやぶれて失脚したが、彼はエレクトロンポリスの建設時代に実権を握った狼だった。……難しくてよくわからない話だな」
とロップは短い首を傾げます。
「あなたね。探偵なら、もう少し意味を理解しなさいよ。つまりラビットゲージには昔、ラフモコホフ公爵のお屋敷があったのね。その狼は、このエレクトロンポリスのお偉いさんだったってわけよ。だから今でもラビットゲージのどこかに古代文明への入り口が残っていたとしてもおかしくない話なのよ。そう、その冒険家のラビーヌってうさぎは書いてるんだわ」
そういうとマドレーナは、ふんっと鼻息を荒くします。
「君。よくわかるね。なるほどね。ええと……わたしはラフモコホフ公爵邸の発掘をすすめることが、地下古代迷宮の入り口を見つけることにつながると考えた……あれ、ここに、なんか紙が挟んであるよ。電話番号みたいなものが書かれている」
ロップはページの間から、四角い紙に数字が記されているメモを見つけました。
「きっとそれはマスターズさんが挟んだのね。どうしよう。大切なメモかもしれないわ。今からマスターズに渡しにいきましょうよ」
とマドレーナは言った。
「そうだね。食後のコーヒーはまたにしよう」
ふたりはそう言って立ち上がり、レストランを後にしました。そしてエレベーターに乗って、一階へと向かいます。マスターズさんの古本屋へ向かっているのです。
「ところで、マドレーナ。ダッチは元気かい?」
とロップはエレベーターの中でマドレーナに尋ねました。
「さあね。どこにいるのかよくわからないの」
「マドレーナ。教えてほしいんだけど、あの時、お客さんの死体とダッチはどこに消えてしまったんだい?」
「あら、あなた、探偵だったらもう分かっているはずよ」
「えっ……」
「マスターズさんからもらった地図を見てごらん。ジョンソンとマッピンフィルの店の裏側には「うさぎの抜け穴」がいくつも通っているの。厨房の食器棚の裏にその入り口があるのよ。死体はそこに隠したのよ。そしてダッチはそこを抜けて、どこかに出て行ったのよ。ねえ、手品なんてものはタネを明かしてしまえばなんでもないのよ。探偵さんならよく覚えておきなさい」
そう言って、マドレーナはロップのおでこをつんっとつつきました。
このようにして、ふたりは隠された地下迷宮の入り口に徐々に近づいていきます。日記はとても難しい言いまわしでしたが、ロップはこれから大丈夫でしょうか。さてさて、次回はマスターズさんの古本屋です。そこではとんでもないことが起きていました。いよいよ名探偵ロップの出番です。それでは次回お楽しみに。




