1 うさぎの探偵ロップ
……この夏、ロップの大冒険が始まる。
ロップというのは、ロップイヤーという種類で、長い耳がひょこりと垂れている一匹のうさぎです。茶色がかったふわふわの毛を生やしていて、はた目にもとっても可愛らしいうさぎの子なのでした。ロップは、動物の国フェザーランドのはじっこにある田舎町のローリエントで一年あまり、探偵をしていましたが、ついに長年の夢を叶える日がきました。
ロップの夢は、近代都市エレクトロンポリスで探偵社をかまえることでした。
エレクトロンポリスは、動物の国フェザーランドの中では一番の都会です。エレクトロンポリスは遠くからみると大きな山の形をしていて、山の上の方まで煉瓦造りの街が続きます。ぎっしりと積み上げたおもちゃのように建てられた街には、さまざまな動物が住んでいます。そこには三層に重なった陸橋の上に線路が敷かれ、大きさの異なる汽車が走り、至るところに駅が設けられていました。山の上の方にゆくと、さまざまな動物の美術品がおさめられている王宮のような美術館や、四十階建ての図書館、王室の公園などがあります。坂道の下の方のあまり風通しのよくない谷間は、貧しい動物の住むところで、恐ろしい犯罪がたくさん起きるので、近寄ってはいけないとされています。そして山のてっぺんには、エレクトロンポリスの王族が住むお城がそびえているのでした。
ロップが住むことになっているのは俗にラビットゲージと呼ばれているところで、大人の言葉で言うと「うさぎの居住区」です。この言葉は、うさぎばかり住んでいるところ、という意味です。エレクトロンポリスは、はるか昔、さまざまな動物の住むところが法律で分けられていました。現在はそんなことはないのですが、昔の名残りで、今でもラビットゲージにはうさぎばかり住んでいるのです。
ラビットゲージというのは、他の動物の居住区に挟まれている谷間にある、南と北に細長くのびているところで、基本的に街全体が3階建てのアパートメントの造りになっています。建物と建物をつなげる空中の通路や外階段ばかりのとても入り組んだ街です。そして穴蔵の好きなうさぎのつくった街ですから、階段を下ると細長い地下街がとても賑やかなのです。
ロップが借りたのは、3階建ての街のラビットゲージにしては珍しく4階にある部屋でした。外側についた黒い螺旋階段を登ると、赤く塗られた木のドアがあります。手前が広い事務室で奥に寝室とトイレがあります。うさぎの事務所にしてはなかなか広いところです。ここは他の建物よりもひょっこり一部屋分、高くなっているのです。ですからラビットゲージの街並みはもちろん、お城や他の動物の居住区までも見渡せて、とても気持ちがよいのでした。
ロップはまだポリスに到着したばかりで、街には知り合いがひとりもいません。そして今も、がらんとした事務所には自分しかいないのです。
「さて、困ったな……」
ロップは小さな鼻をひくひくさせながら、小さな腕をくんで、考えこんでいるのでした。
「ここで探偵社をひらいても、まだ誰も僕のことを知らないのだから、依頼がくるはずがないんだ……」
ロップは宣伝をしなくてはなるまい、と思いました。そしてロップは、宣伝というのはなによりも口づたえの噂が一番だということをよく知っていました。
「街にくりだそうかな」
ロップは、茶色いハンチングをかぶると、小さなチョッキを着て、毛並みを整えました。毛並みはふだんから生クリームのようにふんわりしているのですが、たまにもみくちゃになって、乱れていることがあるので要注意です。
ロップは、事務所から出て、黒い螺旋階段を降りました。そしてラビットゲージの南側にある地下街に向かっていました。坂の上から下の方にゆくのは簡単です。3階建ての建物に挟まれて斜めに続いている通路には、ゆるやかな階段がつくられていましたが、その隣にすべり台がつけらていたのです。ロップは、そのすべり台をすべって「うさぎの穴ぐら」と呼ばれている地下街の入り口にむかいました。
「やれやれ、お尻が痛くなるな……」
ロップは、すべり台から降りるとお尻を撫でて、さらに地下へと階段が続いているところにやってきました。
四角い入り口の横には、コートを着たおそろしい顔つきのうさぎが煙草の煙をくゆらせて、ロップをじっとにらんでいます。
(おっかないな……)
ロップは毛が逆立つのを感じましたが、こんなことにおびえていては、エレクトロンポリスの探偵はつとまりません。せっかく探偵社をはじめたのですから、ここは勇気をだして堂々と入りたいものです。
ロップは、できるだけそのうさぎと目を合わせないようにしながら、地下街へとつうじる階段を降りていきました。
ランプの灯りが、煉瓦造りの壁を赤っぽくうつしだしています。二匹のうさぎが通れるぐらいの狭くて長い通路には、多くのうさぎがゆきかっています。
ロップはもうこわくてしかたないのでした。そこで入り口のそばにある「ジョンソンとマッピンフィルの店」という看板が下がっているダークグリーンの扉を開けて、中に入ることにしました。
(ええい、勇気を出せばなんとかなるさ)
そこを開けると、どこまで奥が続いているのかわからない広い店内です。天井から吊るされているランプの他はとても暗いので、よくわかりません。真ん中にグランドピアノが置いてあって、一匹のうさぎがお洒落なジャズを弾いています。左側にはカウンターがあって、三匹のうさぎの背中が影となっています。右側には、有名なうさぎのブルース歌手、ウサギントン・エッグの似顔絵がかけられています。
「ここはお洒落だけど、新人が入っていいのかわからないようなお店だ……」
とロップは小さく呟き、怒られないかビクビクしながら、できるだけ他のうさぎのいないテーブル席に座りました。丸いテーブルの上には、名前のわからない赤い造花が飾られています。
エプロン姿のうさぎの少女がお水を持ってきました。大変、可愛いらしい女の子です。ロップはつい鼻がひくひくしてしまいました。
「ご注文は?」
「えっと、そうだな、なにがあるかな……」
ロップはついドギマギします。
「にんじんのスープにビスケットはあるかな?」
「ありますよ。それだけでいい?」
「うん。それだけでいいよ……」
ロップがドギマギしてしまったのも無理はありません。ロップは人生ではじめての都会娘と遭遇したのですから。やはり田舎町ローリエントの同級生とは雰囲気が違います。つまりとってもお洒落なのです。
ロップは、グランドピアノから弾き出されているジャズの音色に長い耳を傾けながら、うっとりとしていました。すると、自分の前の椅子に、一匹のうさぎが座りました。
「君、あまり見ない顔だね……」
ロップがはっとして顔を上げると、そこには白と黒のパンダうさぎが座っていました。おそろしいことに腰のベルトに、リボルバーという銀色の拳銃をさしています。あきらかに危険なうさぎです。
「僕の名前はダッチだ……。君の名前は?」
ロップは顎が震えてしまいました。
さて、ロップはこの後、どうなってしまうでしょう。
これは近代都市エレクトロンポリスを舞台に、ロップとダッチが犯罪組織と戦う夢のような本当のお話。まだ物語ははじまったばかりなのです。