表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

牛乳

「かなり腫れてます!大丈夫ですか?」

カペラが俺の顔を見て心配してくれる。

「ド素人の顔を思いっきり殴るなんて、武人として赦せません」

そういやこの娘も格闘家だった。


「治療魔法で治療してやりたい所だが……」

とマチルダが言ってくれたが言下に断った。

「すぐに傷が治ってたら怪しまれますよって、しばらく我慢しますわ」

マチルダも頷く。


「しかし、今度も君の謀はうまくいったな。恐れ入るよ」

兵に殴られた事だけが誤算だなとクスクスと笑うマチルダ。


「マチルダ様、こんなに腫れてるのに笑うなんて失礼ですよ!」

「いや、すまん。悪気はなかったんだ。ただあんまり策が上手くいったので可笑しくて」


俺の策はマチルダ、カペラ、そして赤ん坊のアドラーを馬車から下ろし、俺が先行して馬車で村に入る。マチルダ達3人は徒歩で畑を横切って村に入るという単純なものだった。


まずカロンを通り過ぎてから、ひとつ目の小川に掛かる橋の袂に馬車を止め、馬を休ませている風を装って麦わらを積んだ馬車を行商人の幌馬車に戻す機会を伺った。


その間にアドを抱いたマチルダとカペラは小川に沿って歩いて移動する。肩には時たま売れる商品「鋤」を背負って。


夕暮れ時、畑から鋤を担いでトボトボと歩いて村に「戻ってくる」人影に兵士は特に注意を向けなかった。


それよりは怪しい所がある幌馬車に注意がいっていた。


俺の最大の誤算はどこで女を下ろしたか教えろと探索に出る兵士に付き合わされてだいぶ遠い所まで連れて行かれ、そこで解放されてからトボトボと歩いて帰ってくるはめになったことだ。


殴られたのには驚いたが、想定内ではある。


馬車は初め村に入る道の端に止めた状態で俺は連れて行かれたのだが、カペラが大胆にも村の中に移動させたのだそうだ。


「こんなに単純な手に引っ掛かり敵方の侵入を許すなど、私ならこの隊を鍛え直してやるのだが……」

マチルダのニヤニヤは止まらない。

「それよりもアド様を泣かさないように気を付けて下さい」

「それも大丈夫だ。さっきぐずつくアド様をカペラが背負ってあやしながら村中歩いてきたところだ」

「毒喰らわば皿まで……です」

「……」


普通なら村役人なりに話を通さないと村に勝手に馬車を停めてはいけないが、兵士が入ってきてゴタゴタしているので腫れ物には触れなかったのだろう。


もうだいぶ遅いが、俺は一応村長の家に顔を出すことにした。


村長の家の窓からはランプの光が見え、誰かが起きている気配がした。


ドアをノックすると、若い男が顔を出した。初めは鬱陶しそうな顔だったが、俺の腫れ上がった顔を見て表情を変えた。


「あんた、大丈夫か?だいぶ腫れてるぞ」

「はは、そうですやろか……」

「まあ、ちょっと入りな」

強引に手を引かれて家の中に入った。


玄関に入ると直ぐに居間になっていて、難しい顔をした村人達十数人が集まっていた。


「いやいや、派手に殴られたもんじゃな。大丈夫か?」

何回かこの村にも行商に来ているので、顔見知りの村長が言った。


「頬が多少腫れてても商売はできますよって」

村長が鼻で笑う。

「客が怖がってモノ買わんじゃろ……いくら兵士でもひどいことをするわい」

俺は苦笑した。

「ここに来ましたんは、村に馬車停めさせて頂いてるんで、そのご挨拶にと、はい」


「ああ、あんたの馬車があそこに止まっとるのは分かっとる」

「……」

なるほど。見てない訳ではないぞ、というわけや。

「で?」

と村長が促した。

「……今回は商売になりそにないので、失礼ながら夜が明けたらすぐに村をお暇しよ思て……そのご挨拶も兼ねて参上しとります」


「ふむ、それがええじゃろの。他の行商人も兵隊を見て回れ右しおった。また落ち着いてから来なさい」

「ありがとうございます。それから、少々食べるもんを分けて頂ければと……もちろんお金は払います」

「分かった。パンとチーズぐらいならすぐ用意させよう」


「ありがとうございます。あと、できましたら牛乳など分けて頂けましたら……傷治るの早よなるんちゃうかと」

俺は持ってきた小壺を見せて言った。

ひとりの村人が肩を竦めて言った。

「そんな話は聞いたことがないな」

「そうですか?私の里では牛乳飲んだらええとか言うんですが……」


村長がため息をついた。

「牛乳が欲しいなら分けてやる。持って行くがええ。ただし、兵隊に見つからんようにな」


村長達に礼を言い、馬車に帰った。パンとチーズ、ハムに牛乳を持って。


カペラは寝ていたが、マチルダはアドを抱いて軽く揺すりながら、まだ起きていた。


「どうだった?」

「村は私らも兵隊も迷惑やと思ってるようで」

「村にはバレてると」

「間違いなく。やけどすぐに出て行くなら文句はないって感じでした……あっ牛乳分けて貰って来たんでどうぞ」

俺は小壺を振って見せた。


「ほう、それは良かった」

マチルダはちょっと嬉しそうな顔をした。

「火入れてから飲ませた方がええと思うんで、明日村出てからどこかで火炊いて……」

「ちょっと貸してみろ」

「ヘェ」


マチルダが壺の底を片手で受ける。

「……」

「何してはるんですか?」


「ん?魔法で牛乳を温めてるんだが?やっぱり一度沸かしてから冷ますほうが良いだろうな」

近衛大隊長は思ったより使える女らしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ