ブローチ
「カペラ、今通り過ぎた魔道連隊の兵士の数、何人だった?」
寝ていると思っていたマチルダが聞いて来た。
「10人ですね」
「なるほど……これは私を追って来たかもしれないな」
マチルダがフンと鼻で笑った。
「10人で私を止められるかな、魔道士風情が」
「……」
村長宅で朝食をご馳走になっている時に村人の誰かが言ってたな。兵士ひとりひとり比べたら近衛大隊の方が強いて。
マチルダが近衛大隊の大隊長ってことはその中でも特に強いってことやろか?
街道をボチボチ行く。日が沈み出す前に決断をせなアカン。
カロン村に行くかどうか。今いる場所からカロン村は遠くない。麦わらを積んだ馬車が行くのも自然な距離ではある。
やけど、西門を潜った男女3人赤子連れが怪しいと追手が掛かりった。しかも3人のひとりがマチルダかもと思われてるわけや。西門通る時にカロン村に行くと言うて通ったからカロン村では待ち構えてるかも……
「ヘイキチ君」
急にマチルダに名前を呼ばれた。
「へえ、なんどすか?」
「君には感謝しかない。私達だけではとっくの昔に捕まっていただろう」
「ははは、いや、どうでっしゃろなぁ」
「アドラー様もこの飴がいたくお気に入りのようだ。私も」
起き出したアドをヨイショと抱き抱える気配がした。
「私もなんか楽しめた所もあった」
「それは良かったですわ」
「が、ここまでだな。これ以上は流石に危険過ぎる。私達はここで馬車を降りるよ」
「……はぁ?」
「カペラ、馬車を止めてくれ」
「ちょっと待って下さい、マチルダ様。こんなとこで降りてどうされます?歩きやとどの村もずいぶんあんのに」
「君を戦闘に巻き込みたくない。いや、君が一緒だと守る対象が増えることになり不利だ」
「……」
ガサッと音がして藁の間から手が出て来た。深紅の宝石が飾られた銀のブローチが握られている。
「これはここまでのお礼だ。受け取ってくれ」
「……」
「どうした?遠慮なぞ要らんぞ?」
「……」
宝石やブローチは縁がなくで俺は目利きができないが、このブローチが引き出しの中にずっと仕舞われている類いのものではないのはわかった。
この度主君の忘れ形見を連れて逃げるという命を受け、マチルダがたったひとつ持ち出したもんかも知れへん。
「マチルダ様……えろうこの私を安うに見てくれはりましたなあ」
「な!……もう一遍言ってみろ!」
子供を胸に抱いてへんかったら掴みかかってきたやろな。突きだしていた手を引っ込め、ゆっくりと身体を返して起こし、俺の方を睨み返してきた。
まるで虎やな。
「これは我が家に……いや、確かに古いブローチだし、宝石も大きくはないが、売ればそれなりの値段がつくはずだぞ!」
「足りないと言うなら私からも……」
カペラが言い添える。
「……分かってはりまへんな。あの村長はんもでしたけど、敢えて抵抗せんことを選んでわてら庶民が傷つくのん避けてくれはったカトリーヌ様、マチルダ様、カペラ様に感謝しとるからこそ、こうしてお助けしとるわけです。報酬なんてなんぼ頂いても釣り合いませんわ」
「……」
「次そんな舐めたこと言うたら馬車から蹴り落としまっせ!」
夕方、俺はカロン村に馬車で入って行った。案の定、兵士達が村の入り口で検問をしている。
「止まれ!」
俺は素直に幌馬車を止める。
「ご苦労様です」
「行商か?」
「はい、馬車で商いさせてもろてます」
「中を改めるぞ!」
言うてる間に兵士がひとり後ろから馬車に乗り込んでいる。
「あっ、すんませんそれ商品なんであんまり乱暴にせんといて下さい」
兵士は大箱を開け中身を確かめたり、小卓のしたを覗いたりしていたが、何も出ないとわかると外に誰もいないと大声で報告した。
「どこから来た?」
「えーと、ランスの方から来たんですが」
「ランスからだとぉ!」
「ええ、言うてもシュライの手前まで行ってから戻って来たんですが」
「女を乗せたりしなかったか?赤ん坊連れてるはずだ」
ここで嘘言うてもこの中に西門で会うてる兵隊がおるかも知れん。
「なんでっしゃろ?なんでそんなこと訊きはるんです?」
「いいから答えろ!乗せたのか乗せなかったのか!」
「そら今までにいろんな人乗せてますから中には赤ん坊連れた女性も乗せたことが……」
「貴様!」
俺は兵士に腕を掴まれて御者台から引き摺り下ろされた。
拳骨で思いっきり殴られ、ガッと頬が鳴った。俺は吹き飛んで地面に倒れた。
「叩き斬ってやる!」
「おい、止めろ!」
激高して剣に手をかけた兵士を他の兵士が抱き止めて制止する。
俺は地面に倒れたまま悲鳴を上げた。
「ひぃぃ!」
畑から戻ってきた村人達が関わりたくないとばかりに消えて行く。
「斬ってどうするんだ、馬鹿野郎!商人、お前もだぞ!素直に質問に答えろ!」
「すんません、すんません、すんません!」
「だから子連れの女を……」
「乗せました!ランスからですね!乗せましたけど、途中で下りはって」
「何!どこで下ろしたんだ!」
「そこの街道の途中だす。ここまででええ言いはって」
「クソッやっぱりこの街道か!どの辺りで下ろした!」
「そんなん口でよう説明できませんわ」
「そんならついてこい!」
俺は馬車を道の端に置いたまま、兵士達の案内をさせられることになった。
夜中、とぼとぼと歩いてカロン村に戻った。馬車はそのままほったらかしで、痩せ馬も繋がれたままだ。
「やれやれ、ひどい目にあった」
「お帰り、商人殿」
馬車の中にはマチルダとカペラが座っていた。