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「朋友となる少女と出会えました」

 話をしよう。

 アレは確か何年前だったかしら?

 まあいい。わたしにとってはつい昨日の出来事のように鮮明に思い出せる。

 

 広大な領土を持つ春華国の北方で生まれたわたしは、なんと成人前に父親から「諸国を回って見識を広げてこい」って家を追い出されてしまった。そのせいで当時のわたしは親元を離れて諸国を旅して回っていたんだ。


 いや、普通年頃の娘って家を安泰にするために他家に嫁がせたり皇帝の後宮に入れるんじゃないの? そんな疑問は浮かんだものの、どっちにしたって劇的に環境は変わってしまうのだから、素直に受け入れることにした。

 ちなみにお供無しの一人旅だ。くそ親父め。


 せめてとばかりにだだをこねて支度金はたっぷりもらったけれど、残念ながら故郷から少し離れた土地に着いた辺りで底をつきた。無駄遣いしないで切り詰めたつもりだったのに、事前準備とか道中の宿泊費、食費に思った以上にお金がかかったらしい。


 仕方が無いので行く先々の村、町で日雇いの仕事をして路銀を稼ぎ、ある程度溜まったらまた次に向かう。宿に泊まるなんて贅沢でもっぱら野宿ばかり。

 オシャレとは無縁。そんな行程を繰り返していった。


 勿論、地方の治安なんてお察しのとおり女の一人旅なんて危険極まりない。それなりに護身術は嗜んでいたけれど、複数の屈強な男に囲まれたらどうしようもない。

 次の村や町へは行商等に同行させてもらったり、一人旅の時は極力周りに神経をとがらせた。


 けれどいよいよ帝都まであと数日の距離にまでやってきた辺りではやる気持ちが押さえられず、とうとう楽をしようと決断したわけだ。具体的には自分の足はもう使わず、所謂公共交通手段を用いようと思い至ったのだ。


「そしていよいよ我らが帝都まであと少しまでやって来たってわけ」

「へええ~。そうなんですかー」


 春華国の帝都近辺にもなると地方の田舎なんかと違って町や村の一つ一つが賑わっている。人の往来もそれなりにあり、帝都と周辺の街を結ぶ乗合馬車や船のような交通手段もそれなりにあった。

 便利なものだ、とお上りさんのわたしは思ったものだ。


 わたしがその時活用したのは定期便の乗合馬車だった。移動中の食事は持ち込みで、護衛も出発地の町の若者が勤める。そんな感じなので値段は高くない。帝都から町へ下る者ではなく町民が帝都に用事があった際に気軽に使えるような手頃さだろう。


 で、到着まで二日半ほどかかるのもあって、道中はとても暇だったりする。昼間から寝ると夜寝られなくなるので、乗客同士で世間話が交わされるのは当然の成り行きだった、と言っていいでしょう。


「あの」

「ん?」


 寝そべりながら辺りの景色を何も考えずに眺めていたら声をかけられた。

 仕方なしに振り返った先にいたのはわたしと同じ年ぐらい女の子だった。


「もしかして遠くから来たんですか?」


 勇気を出して話しかけてきたらしく女の子は恐る恐る言葉を続けてきた。段々と声がか細くなったのはどう反応されるか心配だからか。


「と、言うと?」


 物好きな、とは思ったものの旅先で知らない人とおしゃべりするのは楽しいので乗ることにした。


「えっと、見かけない顔だなあって思って」

「もしかして今乗ってる人達ってみんな顔見知りなの?」

「あ、はい。何しろあまり大きくない町ですから、外から来た人との判別はそんなに難しくないんです」


 興味が乗ったので目の前の女の子を観察した。

 失礼だけど田舎娘にしては中々可愛い。抑揚がわたしの育った地域と違うので違和感がするけれど、それを差し引いても魅力的だと思う。背はわたしの方が大きいが……あえて言わないが負けてる部位もある。畜生。


「あ、すみません。あたし、青椒肉絲っていいます。少しの間時間貰っちゃっていいですか?」

「構わないわ。わたしは杏仁豆腐よ」


 ■■■


 それから彼女との世間話は盛り上がった。


 例えばこの定期便は帝都へ買い出しや出稼ぎに使われるらしい。安くはないから頻繁には使わず普段は自分の足で何日もかけて向かうんだそうだが、たまに用事がある場合とか一刻を争う時に活用するんだそうだ。


「で、青椒肉絲はどうして帝都に行くの?」


 とは言え、青椒肉絲はそのどちらでもないようだった。

 彼女が脇に抱えている荷物はそれなりに大きいし。物がいっぱい詰まっているから買い出しでもなさそう。長旅をするには服や靴が頑丈そうに見えないし。


「実はですね、近々王宮で働く下女中を募集するんだそうです。もうあたしもいい年だから家族のために稼がないと」

「ふぅん。大変ね。それとも立派って言った方がいいのかしら」


 地方において子供が栄えた街や都市に出稼ぎに出るのは普通のことだ。農業において子供は貴重な労働力だけれど、食い扶持と天秤にかけてつり合う程度に保つのが重要なのよね。奉公に出されればまだ良い方、口減らしの身売りに遭う場合もあるんだとか。


 青椒肉絲が自分から喋った身の上話によれば、彼女には結構多くの兄弟がいて、もう結婚している姉もいればまだ四つん這いの赤子もいるらしい。かろうじて衣食住を維持出来る状態だから少しでも楽をさせたい、と決意したのが動機と語ってくれた。


「それにしてもよく丁度いい時に王宮が下女なんて募集してたものね。皇帝陛下もまだ健在だし御子は成長しているそうだし、大きな動きは無いって思ってたけど」

「いえ、分かりません。上の人達がどうしているかなんてサッパリで……」

「……ま、普通はそうよね」

「杏仁豆腐さんこそどうしてあたし達の町から帝都に?」

「あー。故あってあっちこっちふらふらしててね。ようやく帝都に行く気になったわけ」


 青椒肉絲が語ってくれたのだから次はこちらの番だ。

 わたしは正体が特定されない範囲で自分について語る。簡素にまとめたけれど彼女はこちらに興味津々らしく、質問に答える方に時間を多く費やしてしまった。


「じゃあ帝都からはすぐ離れちゃうんですか?」

「いんや。そんな数日だけで帝都を見て回れるわけないし。短期間どこか部屋を借りて住むつもりよ」

「じゃあまた会えるかもしれませんね」

「それは無理……いや、確かに運があったら再会するかもね」


 青椒肉絲が働こうとしている後宮は男子禁制。そりゃあ皇帝の女を囲うのだから当たり前なんだけど。他の男のお手付きになるなんてもっての外なのもあって原則的に外出は禁止だ。文字通り住む世界が違うのだから、また巡り合う可能性は無に等しい。


「あ、そろそろ見えてきましたよ」

「……凄いのね」


 地平の彼方に見えてきたのはそびえ立つ城壁だった。蛮族に攻められるような端の地方の重要拠点に建造された城塞も凄かったけれど、帝都の規模はそれらに勝るとも劣らない。

 さすがは天子のおわす場所だ。格が違う。


「わぁぁ……」


 青椒肉絲は初めて目にしたらしく、前のめりで目を輝かせながら感動していた。きっと城壁の内側はどれだけ栄えているんだろう、とか、ここでこれから暮らすのかー、とか想像を巡らせていたに違いない。


 彼女に釣られてわたしも段々とわくわくしてきた。

 春華国一の都市なのだからどれだけ栄えているんだろうか。そしてどんな人と会い、どんな出来事が待ち受けているのか。そんな旅特有の楽しみでいっぱいだった。


「ようやく着いたわね」

「そうですね、杏仁豆腐さん。一緒に頑張りましょうね!」

「……。ええ、お互い進む道は違えど、全力を尽くしましょう」


 人とは大抵が一期一会。こうして楽しく話していても彼女とはそれっきりの縁だ。だからこそこの会話を楽しもうじゃないか。そんな風に思いながらわたしは青椒肉絲と笑いあいながら言葉を交わした。


 だから今こそ思う。どうしてこうなった、と。

 まさかこれが今も友好を深める相手との出会いになるなんて当時は予想もしていなかったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] てっきり、一話で皇子と話してる時のお互いの呼び名として杏仁豆腐や麻婆豆腐、って言ってたのだと思ってましたが、普通に名前として、なんですね。
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