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おやすみ、メメ  作者: ようひ
8/63

07

 願いは当然として叶うことなく、あれから九回目の夜を迎えた。その間に私はパパの部屋に四回行った。

 女の子の存在についてパパには訊かなかった。聞いてもはぐらかされる——そもそも反応がないことはわかっていたし、言ったところで会うことはできないだろう。パパがどんな人間なのかは、少しだけ分かっているつもりだ。だから、女の子の存在は自分だけの秘密にした。「秘密」という言葉の響きに、私はひそかに身震いを起こした。

 願いが叶わない場合、願いは自然と消えてしまう——そんなことは全くなかった。むしろ、日に日に彼女に会いたい気持ちは強くなっていった。毎日描く想像図は細部が変わっていったが、おおよそ同じ形をしていた。

 今日描いたのは、私が彼女と二人で夜空を眺めている、その後ろ姿だった。私が私自身をはっきりと描くのは初めてだった。洗面台の鏡に映った自分の後ろ姿をモデルにするのには、かなりの苦労を要した。

 絵の中では、藍色の空に雲は一つもなく、極小の星屑たちが満遍なく散りばめられている。その中心には、しわのない満月がポツンと浮かんでいる。私たちはその輝きに目を奪われ、身体を寄せ合っている。彼女の温もりや声音、表情やしぐさなどは想像できず、絵に表すことはできなかった。全ては絵の中にいる私だけのものとなった。絵の中の私を、私は羨ましく思った。

 それからというもの、私は彼女に会うための方法を考えた。

 まず、パパにこのことを知られてはならない。私がこの部屋を出られるのはパパが来る日だけであり、無断で彼女に会いにいくところを見つかれば、どうなるか分からない。パパにはこの秘密を気付かれてはならない。

 次に、彼女がどこにいるかを考えた。足音が私の部屋を通り過ぎてパパの部屋へと向かったことから、彼女の部屋はパパの部屋とは反対側にある。廊下の構造はうっすらとは覚えているが、それは私の部屋からパパの部屋までの間だけで、反対側は未知の領域だ。私の知らない場所に、彼女は居る。

 そして、この部屋から抜け出す方法を考えた。鉄の扉は外から鍵をかける仕組みで、室内からドアノブをひねっても開けることはできない。扉の上部には鉄格子の窓が付けられているが、ナイフで削っても錆一つ落ちなかった。気が遠くなる時間をかけて削り切ったとしても、一本分の隙間だけでは私の身体は通らない。あまりにも非効率で非現実的だ。

 どうしたものか?

 考えあぐねていると、「パタン」と音がした。扉の前には昼食が置かれていた。トレイの上に、温かいミルクと濃厚なチーズの匂いがするパスタが、湯気を揺らしている。

 私は食事に目もくれず、扉の下口に飛びついた。足音がなくなったのを確認してから、トレイを端に退けた。

 下口の小さな扉を凝視する。大きさは食事のトレイが通るぐらいで、縦に二十センチ、横に三十センチほど。愛玩動物が出入りするための小さな扉に似ている。子どもが通れるほどの大きさだった。指で扉の蓋の端を引っ掛けると、こちら側に向かって開いた。

 これならいける——この部屋から抜け出せる。

 私は一瞬、この部屋だけではなく、この家からも抜け出すことができるのではないかと考えた。頭の中には窓から見える森の光景が思い浮かんだ。しかしその望みをすぐに消した。私の願いはあの女の子に会いにいくこと。その欲望は今や外に出たいという欲求よりも大きく膨れ上がっていた。それに外に抜け出すか否かは、彼女に出会ってから考えてもいい。それからでも遅くはない、はずだ。

 私は机に飛びつき、日記に「計画」を書き記した。

 『パパの日』の周期はおよそ三日ごとに一回。最近では夜の呼び出しが多い。朝食が出る時間はいつも九時を過ぎたぐらいで、つまりパパは朝起きるのが遅いと予測できる。パパの寝る時間ははっきりとは分からないが、それほど遅くはない。パパの足音がする時間帯は、パパの性格は、思考は、行動は——それらを余すことなく書いた。日記は残り二ページに迫っていた。

 書き終えた計画書を眺める。決行は明後日の夜中にした。おそらく明日、私はパパの部屋に連れて行かれる。その日はぐっと疲れてしまうので、次の日に万全を期して抜け出すことに決めた。

 私は日記のページを遡り、最後に描いた女の子の絵を開いた。その絵をまじまじと見つめてから胸に抱き、椅子の背にもたれかかって目を閉じた。

 鼻腔にパスタの匂いが漂ってくる。思い出したかのように腹の虫が鳴った。


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