聖女の仮面を被るとき
「……私に聖女の”ふり”をしろと?」
椅子に座る銀髪の少女の前に、一人の青年が跪いている。宰相の使いだというその青年は、少女に思いもよらぬ提案を持ってきた。
「偽物の聖女を用意するよりも先にやるとこがあるのではありませんか? 本物の聖女を見つければ良いでしょう」
勿論、少女はそれが出来るものならとっくにやっていることを知りながら言ったのだ。目には見えなくとも日々衰えていく世界を救えるのは、本物の聖女の祈りだけ。しかし、いくら探しても見つからない。
我々は見放されてしまったのか? それが本当なら、絶対に民には知られてはいけない。ならば……。
少女は名門貴族の生まれだが、派手な生活は好まず、早い時分から修道院に入り粛々と日々を過ごしていた。高貴な血筋、修道女という純潔。つまり、偽りの聖女として担ぎ上げるにはぴったりの存在という訳だ。
「……貴方は、本当に私にそうして欲しいのですか?」
思わず少女は聞いてしまった。青年の顔に苦悶の表情が広がる。彼とてこんな事を彼女に告げたくは無かった。この方法しか無いと知っていても。最終的にはきっと彼女は頷いてしまうから。
……彼女には心穏やかに過ごして欲しい。そう言えたならどれほど良いでろうか。
そんな思いを抑えつけ、青年は平静を装って顔を上げる。
「ほんの一時でも、例え仮初の安寧だとしても、我々には”聖女”が必要です」
「私に、罪に踏み出せと?」
「我らも共に、地獄へ落ちましょう」
再び恭しく首を垂れた青年を少女は見る。幼き頃より憧れた相手だ。
これが、この人の頼みでなければ……。どんなに頼まれても絶対に頷いたりしないのに。
それを分かっていて、宰相は彼を私のもとへ寄越したのかしら?
自嘲的に笑った後、少女は目を閉じる。長い間考えた後、覚悟を決めて立ち上がった。彼女が動いた気配を察し、青年は顔を上げた。窓から差す午後の陽射しが彼女を白く浮かび上がらせている。その姿はまさに聖女そのもの。
君のことは最期まで私が守る、一人の男として。
青年は口には決して出来ぬ誓いを立てた。そして、彼女は決然と青年に告げる。
「では、約束して下さい。必ず、必ず本物の聖女を探し出すと」
そして少女は罪と知りながら”聖女”の仮面を被る。