狩人パオさんと少女
「初めましてお父様、お母様。姉のジネヴィラです。職業は聖剣を営んでいます。」
ここは勇者の村の俺の自宅だ。少し遅い昼食の為にテーブルを囲んでいる。
自称聖剣を名乗る少女は、俺から離れようとせず家までついてくるなり、滅茶苦茶な挨拶を始めた。
しかしその言葉とは違い、お辞儀や姿勢どれ1つ取っても気品に溢れてただの村娘とは一線を画した振る舞いにみえる。
その雰囲気に俺の両親は既に飲まれている様で、落ち着きなく俺と少女を見比べている。
「ラク、誰だいこのお嬢さんは?」
「お父様って俺か?」
俺の家族は他には兄貴が2人いるが、都へ出稼ぎに出ているために、もう2年ほど会っていない。
両親とも普段は農作業をしている為に、日に焼けているし、少々荒っぽい所がある。
「はいお父様、お母様、ラクさんは8才の時から毎日、1日も欠かさず会いに来てくれました。」
「ラク、アンタ。そんな事一回も言ってなかったじゃないかい。」
「おお、そうだぞ。どこの村の子だ。」
「いや、それが。」
「お父様、お母様。私はラクさんの最期のその時まで添い遂げる事となりました事ご報告に上がりました。」
「おや、なんて!!アンタみたいな別嬪がラクのお嫁さんになるってのかい?!」
「そうだぞ、コイツは力も魔力も無いバカ息子だ。アンタ後悔するぞ。」
なんか2人して酷い事を言っているが、少女はニコニコと笑っている。
「それでは、私がラクさんに相応しいかどうか見て頂く為にここに置いて頂けませんか。」
すると少女は黒いポシェットから、金貨を数枚出すとテーブルの上に置いて両親に微笑んだ。
「き、金貨!!」
「ああ、アンタ。このお嬢さんお貴族様なのかい。」
俺も産まれて初めて金貨を見た。この村で使えるのかすら怪しい。俺の家族は今までに無い程慌てている。
「ラ、ラク。アレックスの部屋を片付けて、この子の部屋にしたげな。」
「ああ。」
返事もあやふやに立ち上がると、少女も立ち上がる。
「お母様、私が致しますわ。」
こうして自称聖剣な少女との生活が始まった。
謎の同居生活が1週間も続くと、既に村中の住人の知る事となっているが、少女は村人から好奇な目で見られても始終ニコニコと対応している。
そんなある日の事、今日も2人で日課の聖剣の草刈りと拭き掃除を終えて村に帰って来ると何やら騒がしい。
「おお、ラク大丈夫だったか。」
「何かあったんですか?」
「狩人のパオがやられた、ゴブリンのデカイ奴がいたらしく。腕を折られた。」
人集りの中心には狩人のパオさんが腕を押さえて蹲っている。近所のおばちゃん達が薬草を塗り付けているが痛々しい。
「パオおじちゃん、お肉をくれた良い人。」
パオさんが獲物を仕留めた帰りには、良く聖剣の台座に肉を供えていたのは俺も覚えている。
パオさんの腕を一見すると複雑骨折のようで、都の医者かヒーラーの魔法による治療を受けないと弓を持つ事すら怪しい怪我に見える。
ジネヴィラはパオさんの傍に膝を着くと、折れた腕に手のひらをかざし、俺に残りの手を出した。
「握って。」
少女の意味不明な行動に、おばちゃん達も薬草を塗るのを中断して俺たちを眺めた。
俺はズボンで手汗を拭って、息を留めて手を伸ばす。
「こう?」
俺が少女の手を触れた途端、パオさんにかざした手のひらが光りを帯びていき、パオさんの腕を包む程に広がると、パッと消えた。
「もう大丈夫です。お肉の御礼です。」
「ん?痛くないぞ、動くぞ。」
パオさんは肘を曲げ伸ばしを繰り返したり、グルグルと回しているがその顔に辛さは無い。
その瞬間村の広場が沸いた。みんな嬉しいそうにパオさんを叩いていて、喜びを分かち合っている。しかし、その場に少女も俺もいない。
少女は俺の手を引くと、そのまま村を出て行く。迷う素ぶりも無く目的地を知っているかのように。
「居ました。はぐれのホブゴブリンです。」
体長は2メートル程度で普通のゴブリンよりも高さも筋肉のつきかたも倍以上だ。俺独りだけでこんなモンスターに遭遇したら、確実に死を覚悟する。
巨大なホブゴブリンの手には錆びたメイスが握られている。また、その肩には矢が刺さったままになっているが、ホブゴブリンは痛みを感じないのかそのままになっているのも恐怖を倍増させる。
「手を離さないで下さい。」
その少女の声でホブゴブリンはコチラに気付いた様で、ニヤッと笑った気がした。
捕食者に睨まれたらこんな感じかするのかと背中に冷や汗が流れる。少女の手を握る手にも自然と力が入る。
「えい。」
少女が右手を左から右へと水平に振った。その瞬間、ホブゴブリンの頭部がコロンと地面に落ちた。
「え?」
少女の手はホブゴブリンまで10メートルは有った。絶対に届く距離では無いし、風の魔法なども見えなかったし、呪文を詠唱すらしていない。
「討伐の証拠として、持っていきましょう。そちらをお願いします。」
少女はホブゴブリンの足首を持つと、引き摺って歩きだした。俺は指差されたホブゴブリンの頭を抱えると少女について村へと向かった。
自分よりも大きなモンスターを引き摺るその力がどこにあるのか不思議になる程に少女の体は白く細い。しかし、重さなど気にもせずにどんどんと進んでいく。
村の門に近づくと、珍しく槍を持った大人が集まっているのが見えた。その中には俺の親父もいた。
「お父様、いかがされましたか。」
俺が話し掛けるよりも早く、少女が声を掛けた。
「おお、ジネちゃん。ゴブリンのデカイ奴が出たらしいからな今から山狩りだ。」
「それはこれでしょうか。」
少女の足元に横たわるホブゴブリンを見て、大人達がざわめき立つ。そんな中、弓を背負ったパオさんがやって来る。
「こ、コイツだ。この矢は俺の射った矢だ。それにこのメイスにも見覚えがある。」
「ホブゴブリンだな。巣を作って無ければ良いが。」
「はぐれでした、巣は有りません。」
森を探索した訳でも無いのに、その自信はどこから来るのかと心配になるがそもそも、ホブゴブリンの居場所まで一直線だったのも理解に苦しむ。
「そうか、ありがとうよ。」
パオさんは少女に頭を下げて感謝を表した。
「いいえ。いつも頂いてばかりです。これぐらいではお返しにはなりません。」
「え?どういうこった?」
「ジネちゃん、ありがとよ。後でキチンと御礼させてくれ。」
パオさんの困惑は俺の親父たちが、早く呑みたいが為にうやむやにされ、連行されて行った。
親父達はそのまま宴会になるらしく、少女が引き渡したホブゴブリンを引き摺って広場の方へ消えて行った。
「良し。」
親父にジネちゃんと呼ばれた少女は、小さくガッツポーズを決めると、家に向かって歩き出した。
2日後の早朝、俺の家族は玄関のドアをドンドンと力任せに叩きつける音で起こされた。真っ先に対応したのは少女だった。
「おはようございます。」
「おお、嬢ちゃん、丁度良かった。これは今朝取れたワイルドボアだ。前足は聖剣様にやったから無いけどな。食ってくれな。」
勝ってに喋ると返事も待たずに、パオさんはドアを閉めて出て行った。
「ありがとうございます。」
少女はドアを開けて、その背中に声を届けた。
俺の両親がそのワイルドボアを見下ろしている。
「うーん、ラクには過ぎた子だね。」
「回復魔法にホブゴブリン退治、王都にもこんな嬢ちゃんいないぞ。どこで知り合ったんだ、ラク。」
「そこだって、そこ。」
その後、俺と親父でワイルドボアを解体すると、俺と少女でパオさんからの頂き物だと伝えながら村中に配って歩いた。流石に冷蔵庫も無いこんな村じゃあ、イノシシ1頭は4人家族では食べきれない。
そして今日の夕食は当然、ワイルドボアの焼肉だ。肉なんて月に何回か食卓に上がれば良い方で、冬になれば干し肉すら滅多に出なくなる。
親父が軒先で薪を燃やして、網を載せて準備完了だ。隣の家でも父親が焼肉の準備をしている。きっと今夜は村の大半が焼肉だろう。
後は親父が焼いた肉を食するのみ。その家の家長が焼く肉をじっと待ち、僅かな塩と香草で味を付けて食べるが、これが旨い。知識としては焼肉のタレや塩コショウをつけて食べると美味い事は知っているが、どんな味だったか思い出せない。
「ほら、ジネちゃん。」
いつもは親父から食べるのに、最近親父は少女から食べる様に勧めている。
「ありがとうございます、お父様。」
「へへへ、ジネちゃんが貰った肉だ。たんと食べな。」
「そうだよジネちゃん、遠慮しないで食べなさいね。」
「親父、俺にも肉!」
「ああ、忘れてたわ。ハハハ。」
自称聖剣の少女も肉は食べるんだなと、少女の顔を見ていると不意に目が合って微笑まれた。
その笑顔は反則的なほど、整っていて輝いて見えた。