聖剣と少女
タイトル変更しました。
「さあ、手をだして下さい。」
見た目16才ぐらいの金髪の少女は自慢の髪を風になびかせながら、澄んだ空の様な蒼い目で俺をみながら微笑んだ。
裾が金のラインで彩られた純白のドレスのスカートが風ではためいている。
ここは火竜の塔の最上階の屋上だ。地上が遥か下に見えるこの場所は円形の広場になっており、かなり広い。
「人間よ、よくここまで来たな。」
低く太い声が暴風の様に叩きつけられる。全長15メートルはありそうな巨大な赤いドラゴンが羽を羽ばたきながら、目の前に降りて来た。
それは災害の竜と呼ばれるモンスターだ。厚く赤い鱗は如何なる刃物も通さず、保有する強大な魔力は全ての魔法を無効にする。また口から吐き出されるブレスは騎士の盾など飴のように溶かしていく。その巨体が一旦街に降り立てば一昼夜にして廃虚と化す事から災害の竜と言われている。
「なにしてるんですか、早く。」
少女に急かされて、出された右手を握ると少女はニッと笑った。
「えい。」
右手を手刀の形にして頭上に掲げると真っ直ぐに振り下ろした。
「なっ?!」
それは火竜の断末魔だった。火竜は頭から尻尾の先まで真っ二つに割れると、轟音と共に土煙を上げて崩れ落ち、息絶えた。
「どうでしょうか、これで彼の方たちも文句はありませんよね。」
そう言うと少女は俺の背中に回ると肩に両手をかけ、ポンと負ぶさって来た。
「さあ、帰りましょ!」
この話は勇者になれなかった少年が少女になってしまった聖剣エクスカリバーを手にした物語である。
俺の名前はラク。苗字は無い只の平民だ。勇者の村に住む、チートも無いの村人だ。唯一の秘密は16才になった時に地球の日本ってところで16才まで暮らしていた記憶が蘇った事だ。
だけどそれだけだった。思い出したからと言って今の生活が変わるわけでも無し、今日も聖剣の手入れにやって来た。
俺の目の前には聖剣エクスカリバーが台座に刺さっている。100年前に一度抜かれていらい、一度も抜かれていない。
今から100年前に魔王が現れ、魔王が率いるモンスターが溢れ、世界が闇に包まれたらしい。その時にこの地に勇者が現れ、この聖剣を抜き魔王を討ち果たしたという事だ。
それ以来、この国では成人となる16才の誕生日にこの勇者の村にやって来ては、聖剣を抜く事を試す事が習慣になっている。
もちろん俺も成人の儀として、両親の見守る中チャレンジした。転生者と言う事もありかなりの自信が有った。しかし、結果は見ての通り惨敗だ。
俺は村長からの請負で台座の周り掃除や草刈り、聖剣の拭き掃除をしている。国中の若者が聖剣チャレンジの為にやってくる事はこの田舎の小さな村の貴重な収入源となっているからだ。
この仕事を俺はもう8年はしている。言い付けられてから毎日休み無く。これで両親に幾ら入ってるかは分からないが、これが俺の仕事だ。
都から貴族のブタみたいに太った野郎が、来た時なんかは立ち去ったか否かで鞘から柄頭まで念入りに何回もふく。奴等の手の脂を1つも残さない様に。
「ふうー。」
日差しが強く、草も生え盛っている。鎌を持つ手で額の汗を拭うと自然とため息が出た。
「どんな勇者が抜くんだろうな。」
某RPGゲームの主人公を想像しながら、草刈りを続けて、少し離れた池のほとりまで綺麗にしてやった。あとは池に飛び込み汗を流して帰宅するまでが日課だ。
「ふふふ〜ふ〜ん。ふふふ〜ん。」
「え?」
若い女性の歌声が聞こえ、その方向に目を向けてしまう。そこには金色の髪を背中まで伸ばした少女がいた。
少女は俺の声が聞こえたらしく、ジャポンと水飛沫を上げ、水中にその身を隠した。
「ごめん、わざとじゃなくて。」
「着替えますから、後ろを向いて下さい。」
「あ、ああ。」
言われて直ぐに後ろを向く。彼女が岸に近づいてくるのが水音でわかる。着替えがそこにあるのだろう。
ずいぶんと近くまで来た気がする。
「これ良かったら。」
俺は自分も水浴びする予定だった為に持っていたタオルを彼女に貸そうと後ろを見ずに、タオルを持った右手を後ろに伸ばした。
「きゃあ。」
彼女が着替えを取る為に伸ばした手と俺の手が当たった。それは細く柔らかく感じた。
「ごめん。」
「あ、ああ?!今触った?ねぇ触ったよね!!」
彼女は手が少し触れただけで、ひどい慌てようだ。けれども振り返る訳にはいかない。
服が地面に落ちる音がして、ペタペタと近づいてくる音がしたと思ったら、両肩をガッシリと掴まれ、前後に振られた。それはメチャクチャに。
「ど、どうしよう。魔王もいないのに…。」
「ごめん、大丈夫?出来れば着替えて欲しいんだけど。」
俺の言葉で自分が裸だと気付いた彼女は、池まで戻りタオルで水気を拭くと、洋服に袖を通していった。
「ふう。もういいわ。」
振り向くと髪先を湿らせ、少し頰を上気
させた碧眼の少女が立っていた。
「確かに私の不注意もありました、貴方の善意による事故もありました。しかし乙女の水浴びを覗き見するとは…。あら?。」
少女は両手を胸の前で組み、冷静な感じで怒りを表していたが俺の顔を見ると、急に目を見開いて抱きついて来た。
「ラクだ!ラクちゃんだー!!」
ぎゅーという音が聴こえて来そうなぐらいの勢いで抱きしめられている。何故か名前を呼ばれているが俺は彼女を知らない。こんな小さな村だから知らない人はいないはずなのに。
外見では年上に見えないが、もしかしたら聖剣チャレンジに来た人かも知れない。
「ラクちゃん、いつもありがとうね。お姉ちゃん感謝してるよ!」
「え、いつも?誰?」
彼女は俺に抱きついたまま、そんな事を言ってくるが、それでも記憶に無い。
「あ、私。あれなの。」
そう言って白く細い指が指し示すのは、剣が見当たらない聖剣の台座だった。
「あ、聖剣が無い!!」
俺は剣が無いことに慌てて、駆け出そうとするがガッシリと掴まれている為に動けない。
「ラクちゃん、あれがわ・た・し」
「聖剣なの私。」
「…。」
この少女は何を言ってるのだろう。そんな冗談に付き合っている場合では無い。勇者が抜いたならまだしも、無くなったでは確実に問題になる。そしてその責任を取らされるのは間違いなく俺だ。
「ごめん、聖剣エクスカリバー探さなくちゃいけないから。」
彼女の腕を優しく解いていく。
「ぎゅっー! 私が聖剣なの。」
彼女は再び強く抱きついてくる。
「ごめん、名前は?」
「ん?ジネヴィラ・フォーマルハウト!」
「違うよ。」
「あー、もう。エクスカリバーってのは人が勝手に付けた名前だよ。私はジネヴィラ!」
「自然薯?」
「ジネヴィラ!」
「芋子ちゃん?」
「良くない!お姉ちゃんと呼びなさい。」
彼女はいつの間にか、俺から離れて左手にを腰に右手の人差し指をまっすぐ俺に向けてそう宣言した。
「え、お姉ちゃん?」
誰か知らないが、この年でお姉ちゃん呼びは恥ずかしい。
「そうそう。もう一回もう一回。」
そんな声を無視して、台座の裏に回って見るが剣は見当たらない。草むらを掻き分けて見るが無い。そんな小さい物じゃないから落ちていれば直ぐに分かるはずだ。
「やっベー。明日からの聖剣チャレンジどうしょう!確か宿屋の予約も結構入ってたぞ。」
俺は頭を抱えて叫ぶ、少女の事も気にせずに。この小さな村の貴重な収入源が無くなってしまったのだ。俺だけじゃなく村全体がピンチなのだ。
「もうじゃあ、これなら信じる?」
そう言うと少女は肩から下げていた、黒いポシェットに手を入れると、どう見ても長さ的に入らない聖剣が鞘ごと出て来た。
「よいしょっと。」
それを両手で持つと台座の穴に差し込んだ。すると台座と聖剣が光に包まれた。
その様子を満足気に眺めていた、少女はパンパンと手を打ち鳴らすとニッと笑った。
「マジか。」
「へへーん。どうですか。」
俺は両手でしっかりと握って、踏ん張ったが1ミリも動かない。
「ダミーです。ちょっとお出掛けしたい時にだけ使うんです。ダミーは勇者にだって抜けません。」
俺が息を荒げて引き抜こうとしている、聖剣の柄頭に右手の手のひらを乗せると、誇らし気に胸を張った。
これが自称聖剣と名乗る少女との出会いだった。