#6 一方的な展開
十試合同時進行ということもあって実技試験の進行は順調だった。モニターで見ていると、やはり相手となる魔法使いが実践を積んでいるだけあって、受験者側は軽くあしらわれているように見える。
映される試合はランダムのようだが、見応えのありそうなものが優先的に選ばれているようにも感じた。
試合のルールは二人のうち、先にどちらかがダウンすれば試合終了という非常にシンプルなものだ。これは現代の魔法使い同士の決闘でも用いられている正式なもので、魔法使いの強さを示す上で重要な指標となっている。今回は試験ということで一試合辺りの時間制限が設けられており、開始から十分経った時点でもダウンさせた場合と同じく試合は終了だ。
今の時点だと、時間制限なんてあってないようなものだけど。あ、またやられた。
「卒業生の方たちを見ていると、やっぱり勝つのは厳しいかもしれませんね」
「それはそうだろうね。若手とは言っていたけど、あれは魔法省の戦闘部隊だ。戦闘魔法を授業で受けてる学院の生徒ならまだしも、外部の受験生で勝つのはまず無理だと思うよ」
などと言っている間にモニター内でまた一人やられた。
大体一試合辺り開始から数分も掛からずに終わる。少し前の学院の生徒は三分くらい耐えていたけど、それでも結界魔法を撃ち抜かれて負けていた。
三重の結界を撃ち抜く威力の魔法を容赦なく撃つって、どうなんだろうね。
「見ていれば何かヒントになるかもって最初は思ってたんですけど、ほとんど意味が無さそうですね。というか、見ていて辛いです」
「相手との実力差がありすぎるっていうのもあるけど、相手の攻め方がちょっとひどいな」
強者が弱者を屠るそれだ。試合が始まってすぐに相手は魔法を連発で仕掛けてくる。こちらが魔法を放つ隙を一切与えるつもりはないような動きだ。
初動で勝てない以上、防御側に回るしかないわけだが、こうなると受ける側は大体二パターンの動きしかない。一つは自分の周りに結界魔法を張って防ぐか、もう一つは逃げるかだ。
「ああ、だから逃げちゃだめですって!」
霧城さんの声にモニターに目を向ける。どうやらこの受験生は逃げることを選択したらしい。ここまでの試合を見ていると、外部の生徒はこちらを選ぶ傾向が強いがそれは無理もない。
何せ普段自分たちが体験したことがないような高威力の魔法が、開始直後に一気に飛んでくる。こんなのを目の当たりにして恐怖を感じない訳がない。その結果逃げることを選択する。だが、その魔法の速度は人間の移動するスピードよりも遥かに早い上に正確に対象を狙う。
さらに付け加えると、試験で使われている会場は隠れる場所もなく遮蔽物のないプレーンなステージだ。
『うわぁぁあああああ!!!』
モニターから悲鳴混じりの爆音が響いた。試合終了を告げる代わりに、無慈悲にもモニターは別の試合に切り替わる。
「あのレベルの火炎弾を同時に五発はやりすぎです! あれじゃ結界魔法で防ぐことだって!」
「ああ、うん。分かったから静かにね?」
大声を出したいのは僕の方だ。うるさいと一喝してやりたい。
「橘守さんは何とも思わないんですか!?」
そんなわけないじゃないか。
「落ち着いて。このレベルが学術祭に求められているって考えれば別におかしな話じゃないんじゃないかな?」
「そうなんですけど! そうなんですけどっ……!」
そんな子供みたいに感情を爆発させなくても。
「あ、モニターに霧城さんの受験番号が出てるよ。ほら、行ってらっしゃい」
ここまでの試合は殆ど流れ作業のようなものだったこともあってかあっという間に霧城さんの番だ。
「相手は学院の卒業生ばかりだし、霧城さんにとっては先輩じゃないか。胸を貸して貰えばいいよ。ほら、あれだけの攻撃魔法が使えるんだから防御魔法も凄そうだよね」
五発同時に火炎球が放てるなら、それと同等くらいの魔法は防げるはずだ。並みの魔法じゃダウンなんてさせられないだろうし……ね?
「……出来る女なんだろ? だったら、それを見せつけてくればいいよ」
「……っ! はぁ、橘守先輩は悪い人ですね。そこは立場的にもう少し別の方法を勧めてくださいよ」
考えを見抜いたのか、霧城さんは少し苦味の混じった笑みを浮かべる。
「お手並み拝見」
「分かりました。お、お姉ちゃんも見てるかもしれませんしね。行ってきます!」
そういうと霧城さんは立ち上がり、自信に満ち溢れた表情で試験会場へと向かっていった。
『た、助けて……』
モニターから響いた声が轟音と共に消える。今度は雷の魔法とはバラエティーに富んでいるじゃないか。あれってさっきの火炎弾みたいに派手に爆発したりしないけど、身体を突き抜けた瞬間の痛みは確実に上なんだよね。
『こ、降参です! 降参しま……うわぁああああああ!!』
これは命の奪い合いではないし、何か起きたとしてもすぐに対処できる用意も万全だろう。安全の中での出来事だ。
「ひでぇよ。話には聞いてたけど、あんなの厳しいとかのレベルじゃねぇ」
「私、もう帰りたい。あんなの受けたら死んじゃうよっ!」
不満の声が上がり始める。外部の生徒だけではなく、その声には学院の生徒の物混じっている。
既に周りの皆はモニターから目を逸らしている者がほとんどだ。自分の番が来るのを今か今かと待ちわびていたさっきまでの空気とは違う。明らかにその表情には恐怖の感情が根付いている。
中には全く表情を変えない者もいるが……
そのうちこの場から逃げ出そうとする人間も出てきそうだ。とはいえ、あのエレベーターの前にいる係員は許してくれなさそうだけど。
「気に入らなかったんだろうな」
切り替わったモニターに写った次の受験者の表情を見て、僕も思わず言葉が出てしまった。その子の表情は不機嫌そのものだ。その他の感情がまるで感じない。
だから、そこには恐怖なんてものはまるで無い。
『折角なので魅せてあげます。見蕩れないでくださいよ?』
モニター越しに、出来る女はそう言った。