#5 アヴレイン=フラウレス
記述試験が終了すると、試験会場の教室で弁当が支給された。昼食付きだなんて非常にありがたい話だ。ちなみに煮物や焼き魚などが入ったちょっと豪華な幕の内弁当だった。
これ、美味いぞ。
今度から事務所でも弁当を取ろうかな。
昼食を終えた後、各教室にはスーツを来た案内係が入ってきてエレベーターホールへと誘導された。午後からの実技試験会場は地下で行われる為だ。僕は誘導されるがままに移動を開始する。
「あ、こっちですこっちです。橘守先輩!」
地下に到着すると、僕を待っていたのか席を立ってぴょんぴょんと飛び跳ねる霧城さんの姿があった。当然だが、朝と同じように辺りの視線が一斉に向けられる。
もしかして、彼女には羞恥心がないのか?
なんてことを思いながら彼女の前まで来てしまった。
「霧城さん。君はもしかして……その」
頭がよろしくないのでは? と言いかけたのを何とか飲み込む。危うくやらかすところだった。そんなことを言えば彼女は今ここで大炎上する。それは僕がよろしくない。
しかし、地下がこれだけ広いとは驚きだ。アイドルや歌手のライブで使うような会場に非常に近い作りをしている。
今回ここは待機用の区画らしく、試験の順番が来た者から正面の壇上に二つある巨大モニターに自分の受験番号が表示される。表示された人間から更に地下にある魔法訓練用の施設に移動するそうだ。
最終的に合格者の発表は実技試験の後に再びこのホールにて行われる。たった一日で千人もの人間の試験を行って、更には結果まで出すというのだから恐れ入る。今頃はさっきの記述試験の採点でも行われている最中なのだろう。
「ささ、お隣へどうぞ」
どうやら席を取っておいてくれていたらしい。立ったままだと目立つからすぐに腰を下ろしてしまおう。
「……ありがとう。それで、記述試験は大丈夫だったのかな?」
「問題無しです。私、出来るので」
さっきも思ったけどその無駄に出来るアピールは何なんだ。逆に馬鹿に見えてきてならない。
「橘守先輩はどうなんですか?」
「僕も問題ないと思うよ」
最後の問題を除いては、確実に点数は取れているはずだ。
「言っておきますけど、学院の生徒なら記述のテストは八割以上取れていると思いますよ。あれで点数が取れないなら、まず落ちますね」
「だろうね」
実際に記述試験が終わった直後の辺りの反応を見ていれば分かる。フロリスの制服を来ている生徒は大体が余裕の表情を浮かべていたのに対して、それ以外の人たちは苦い表情や言葉を漏らしていた。確かに問題は難しかったが、しっかりと対策を取っていれば突破は難しくないだろう。
そして、恐らくここからが試験の本番だ。
「試験内容が対人戦闘っていうのが、どう考えても穏やかじゃないな」
「完全実力主義のフロリスらしいですよ。でも、何で勝ち抜き方式のトーナメントにしなかったんでしょう。学院ではそうやって序列を決めているんですけど……」
言われてみれば確かにそうだ。分かりやすく優劣を付けたいなら、ここにいる全員をトーナメント形式で戦わせて強い奴から順番に並べればいいのだからそっちの方が早そうなものだ。
それなのに、今回は学院側の用意した対戦相手と試合をし、その内容を見て評価するとのこと。どう考えても手間がかかる。何故だ……?
「あ、モニターを見てください!」
霧城さんの言葉にホールの正面に目を向けると、二つの巨大なモニターの右側にある人物が映し出されていた。
『外部からの参加者の方々は初めまして。学院生の皆は暫く振りになるかな。フロリス魔法学院の学院長アヴレイン=フラウレスだ』
今の一言でホール内がざわめき出す。何せ中央都市では英雄扱いまでされている人物であり、現存する魔法使いの頂点に君臨する生きた伝説。その張本人がモニター越しとはいえ登場したのだ。
魔法を極めようとするものなら、その誰しもが羨望の眼差しを向けるのも無理はない。
それにしても、この人はまるで老いを感じさせない。年齢的には五十を過ぎているはずだが、どうみても二十代の美青年だ。腰の辺りまで長く伸ばしたその青い髪もだらしなさを感じさせずに何処か気品がある。
「アヴレイン学院長って、本当にいつ見てもお若く見えますね」
「年を誤魔化してるんじゃないかな」
「橘守先輩みたいに?」
「僕は実年齢だ」
この子はまだ疑ってるのか。
「うーん、中々隙を見せませんねぇ。今ので頷いてくれないなんて……」
霧城さんはむむぅと唸る。本当のことなんだから隙も何もあるわけがない。
『諸君が今回の学術祭への参加を希望してくれたこと、嬉しく思う。これから行われる実技試験ではその実力を存分に発揮してくれたまえ。尚、今回の実技試験での様子は今私の姿が写っているこのモニターにて見ることが出来るようにしてある。折角これだけの魔法使いがいるのだ。互いにその術を見ることで刺激し合うといいだろう』
「ところで、霧城さん。お姉さんの姿はやっぱり見当たらない?」
皆がモニターの学院長の話に釘付けになっている中、小声で問いかける。
「は、はい。朝から探してはいるのですが……」
「ここで見つかれば苦労はないか」
もしかしたらという可能性はあった。フロリスの講師が霧城さんに言ったように、この試験の為にどこかで身を潜めて修行めいたことをしていたのではないか。もしそうであるなら、この会場で見つかるだろうと。
『さて、今回の試験だが君たちの相手となるのは学院の卒業生たちだ。まだ若手とはいえ現場で活躍している優秀な者たちばかり。きっとそれも君たちの良き経験になるだろう』
今度は左のモニターに十名ほどの人間が映される。成程、あれがお相手というわけか。ご丁寧に全員魔法省の制服を着ている。通り魔事件の調査で人員が足りないって話なのにこっちに回して大丈夫なのか?
『私からは以上だ。学術祭で会えることを楽しみにしている』
二つのモニターは暗転し、学院長たちの姿は消えた。辺りは激励を受けたこともあってか闘志みなぎるといった様子だ。元々魔法使いは競争意識の塊のようなものだし、焚きつけるには最高のパフォーマンスになったな。
僕は暗くなったモニターをじっと見つめる。
「試験の様子はあのモニターで見られるみたいですね。あ、番号が早速左のモニターに映りましたよ!」
五百番台の霧城さんと、七百番台の僕が呼ばれるのはまだまだ後だ。
「そうだね。とりあえず見逃しがあるかもしれないし、お姉さんが出てないか見ていようか」
「そ、そうですね。よし、頑張って探しちゃいますよ!」
霧城さんから見せてもらったお姉さんの写真を思い出しつつ、僕もモニターを眺めることにしよう。