#3 試験
「た、探偵さんって私と一つ違いだったんですか!?」
霧城さんは素っ頓狂な声を上げた。
「言ってなかったかな? それと、その探偵さんっていうのは禁止だ。これは契約の時にお願いしたはずだけど」
「そんなすぐに順応出来ないですよぉ!」
「試験会場に着くまでには慣れておいて貰えるかな。僕のことは名字でも名前でも好きに呼んでくれていいから」
「うぅ、なんでそんなに普通でいられるんですか。というか、初めて会ったときのあの物腰の柔らかくて素敵な感じは一体どこへ……」
今度はボソボソとボヤき始めた。そうは言っても、これから学生という立場で潜入しようというのに、人前で探偵であることを公言されてはたまらない。
「あっ、それじゃ一つ上なので橘守先輩っていうのはどうですか?」
「それでいいよ」
「……なんだか凄いどうでも良さそうですね」
じとっとした目が僕を見つめるが、事実であるため反論はしない。
「橘守先輩、質問いいですか?」
「変な質問でなければ」
「年誤魔化してません?」
「……実年齢だ」
そんなに老けて見えるのだろうか。心外だ。
「何で学校に行かずに働いてるかとかって、聞いたらまずいですか?」
「いや、構わないよ。理由は主に妹の為かな」
嘘ではない。
「え、妹さんがいるんですか?」
「最初にうちに電話くれた時に対応した子を覚えてる? あれが妹だよ」
「そうなんですか。あれ、でもこの間は事務所にいませんでしたよね?」
「妹は実家に住んでいるからね。身体が弱いせいで家からは出られないけど」
「なるほど……それで先輩が働いて生活費を稼いでいると」
「そんなところ。とはいえ、あいつは仕事を手伝いたいって言うから、電話対応とデータの処理だけお願いして管理して貰っているんだ」
受付を冴鳴が管理して、そこから僕に仕事を流す。三年前に探偵業を始めてからずっとこのスタイルだ。
「でも、どうして探偵を? もっと別のお仕事もあると思いますけど」
ごもっともな質問だ。
「大した理由じゃないよ。さて、話はこれくらいにしようか。そろそろ試験会場だ」
僕はぴしゃりと会話を切る。
「い、いよいよですね」
会場のビルの入り口は僕たちと同じ受験生でごった返す……こともなく、係員によってスムーズに誘導されている。
今回この調査を開始するにあたって幾つかその方法を考えたが、僕は学術祭へ外部の短期編入生として参加することで潜入を行うことにした。これが正攻法であり、最も障害が少ないと判断したからだ。
依頼人の霧城さんからも了承を得ている。
今回は都合良く外部からの参加者も募っているおかげで、学院の生徒ではなくてもこの参加試験が受けられる。
午前中の記述試験と、午後から行われる実技試験。この二つの結果を合わせた上位百位までの人間が学術祭への参加が認められるそうだ。
「探……じゃなくて、橘守先輩。今更になりますけど本当に大丈夫ですか?」
「何がかな?」
「この試験、合格できるんですか?」
その心配は分からないでもない。今回の試験はとりわけ参加者が多くて難易度も高く、合格倍率は異例のものになっているらしい。
この会場も中央都市で最も巨大な企業の多目的ビルを丸々貸し切っていて、ビルのフロアは十五階まである。
その全てが使われるというのだから相当な規模であることは間違いない。尚、今回の実技試験はこのビルの地下の特別階層で行われるそうだ。
元々魔法省の採用試験などで利用されることの多い施設の為、今回のようなケースには打って付けの会場だろう
「何とかするよ。試験内容も把握できているしね」
「把握と言っても、出題される内容の傾向と実技のルールだけじゃないですか。時間もあまり取れませんでしたし」
「それを言うなら、霧城さんは大丈夫なのかな?」
僕の懸念はこっちだ。今のところこの子がこの試験を突破するビジョンが見えてこない。
「ふふっ、言ってませんでしたっけ? 私、こう見えてもそれなりに出来る女なんですよ」
「そうなのか」
「聞いておいて興味なさそうにするのやめてくれません!?」
「あ、僕の試験会場はこっちのエレベーターで行くみたいだからこれで」
「本当に失礼ですね! 分かりました。精々頑張ってくださいねっ!」
吐き捨てるように彼女は自分の会場の教室へ向かっていった。うーん、なるべく自然体で彼女に接しているつもりなのにどうにも相性が悪いのか怒らせてしまうようだ。これなら疲れるけど営業モードを維持してた方が良かったかな。
そんなこんなで、僕たち二人はそれぞれの教室で午前中の記述試験に臨んだ。