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そして世界が終わるまで  作者: rintz
第一章 その依頼引き受けましょう
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#2 依頼人

「失礼……します」


 時刻は九時丁度。事務所のドアが開いたすぐ後に、おずおずといった様子で小柄な女性が入ってきた。

 

「昨日お電話致しました霧城と申します。あの、橘守探偵事務所というのはこちらでお間違いないですか?」


 霧城と名乗る黒い髪のボブカットの少女。目はくりっとしているが顔立ちはすっきりとしている。少し不安を隠しきれないのか、学院の制服のスカートをぎゅっと摘んでいた。

 

「はい。橘守探偵事務所で間違いありませんよ。お待ちしていました。どうぞ、こちらにおかけになってお待ちください」


 彼女の緊張を解くため、表情と声を出来るだけ柔らかくする。所謂営業モードというやつだ。ちなみにこのモード中の僕は知り合いからの評判がすこぶる悪い。


 でも、どうやらこのお客人には好印象だったようで、少しだけ安心したような様子で来客用のソファーに腰をおろしていた。


「お茶です。熱いのでお気を付けて」


「わざわざすみません。あ、美味しい」


 事前に来訪時間を聞いていたので、こうしてお茶もスムーズに出すことが出来る。普段の相手にしているような客層と違って、今日は学生さんだ。出来る限り自然体で話を聞くためにも、まずはリラックスしてもらう必要がある。


「改めまして、僕がこの事務所で代表を務めている橘守きつがみ終司しゅうじです。どうぞ、宜しくお願いします」


 名刺を差し出すと、ちょっとあわあわしながらも彼女は受け取った。


「ご丁寧にありがとうございます。えっと、霧城旭きりしろあさひです。ごめんなさい……私、名刺持ってなくて」


「大丈夫ですよ。霧城さんはまだ学生さんなのにしっかりされていますね」


「そ、そんなことないですよ! さっきも道でちょっと怖そうな方とすれ違うたびにビクビクしながら来たくらいですし! 付き添いの方が居なかったらここまで来られなかったと思います」


 またあわあわしだした。なんだろう、何か小動物みたいだ。付き添いと言っていたが、冴鳴が手配したのだろうか。


「えっと……そうなんですか?」


「そうなんですっ!」


 この辺は歓楽街が近いから、どうしても見た目がアレな人が多いし、学生さんにはちょっと刺激が強すぎるのかもしれない。慣れてしまうと別にそうでもないんだけど。


「この街の人の見た目はちょっと怖いかもしれませんが、話してみると意外とそうでもないですよ?」


「うぅ……自分から話しかけるのはちょっと難しいです」


 アイスブレイクはこの位にしておくか。世間話が目的ではない。

 

「さて、本題に入りましょうか。今回のご依頼はお姉さんの霧城夕緋きりしろゆうひさんが失踪された件で間違いありませんね?」


「はい。姉を探し出して欲しいんです。もう寮にも一週間戻ってなくて……学院の先生にも相談したんですけど、私の学校が少し特殊なのでまともに取り合って貰えなくて」


「フロリス魔法学院。魔法使いの中でもエリートのみを育成する世界最大の魔法教育機関ですね。それで、まともに取り合ってもらえなかったというのは?」


 僕は用意しておいたメモ張へ断片的に情報を書いていく。


「もうすぐ学術祭が行われるのですが、その参加資格をかけての試験が来週あるんです。ですから、その試験に向けて対策を練るために自主練しているのではないか。そういう詰め込みタイプの生徒も多いからと」


「要約すると、よくあることだから心配するなということですか」


 生徒一人が行方不明だというのに悠長なことだ。いや、行方不明だと認知されていないという方が正しいか。いつの時代でも魔法使いというものは常識というネジが頭から抜けてしまっている。


「はい。確かに、今年の学術祭は学外の生徒にも参加募集をかけていて倍率も凄いことになっています。授業も先週からお休みの期間に入って、生徒それぞれが勉強したり模擬戦の練習をしたりしています。でも、姉の性格を考えるに私に黙って居なくなって特訓するなんていうことはありえないと思うんです」


「今までにこういうことは?」


「ありません。学院の施設や敷地内も探したつもりなんですが、見つかりませんでした。学内の頼れそうな人たちにも相談したのですが、皆さん試験が近いのでそれどころではないと話も聞いてもらえなくて」


「なるほど。それで捜索依頼を魔法省に出したというわけですか」


「国の機関ならと期待していたのですが、話すら聞いて貰えなかったので対応は学院以下でした。ああ、思い出しただけでムカッときます……あっ」


 つい先日、僕も仕事で魔法省へ行ったが相変わらずお堅くて融通が効かなかった。父さんもよくあんなところで働けるものだ。息が詰まりそうなものだけど。


 それにしても、悪態をついてる時のこの子はもの凄くいきいきしている。多分こっちが本来の姿だ。


「ははっ、なるほど。今の霧城さんが素なんですね」


「わ、忘れてください……うぅ」


「すみません。職業柄どんな情報でも大事にすることにしているので、メモしておきます」


「滅茶苦茶いじわるな探偵さんですね!」


 さっきまでの礼儀正しい様子は何処へやらだ。とはいえ、相手の自然体で話を聞いた方が情報の質が上がるのだから、多少僕の印象がマイナスに向いたとしても問題はない。


「これは失礼しました。それで、話を戻しますがご実家に連絡は? 学院を抜け出して家に帰っている可能性もありえますが」


「あ、それはないです。家も家族も七年前の魔女狩り事件でなくしました。親戚もいませんし、家族は姉と二人きりです。なので、今の姉が帰る場所は寮の私たちの部屋以外はありえません」


 加えて魔女狩り事件の被害者……ね。決まりだ。


「……わかりました。この調査引き受けましょう」


「本当ですか!? 良かったぁ……昨日のお電話では引き受けますと言っていただけたんですが、やっぱり駄目って断られたらどうしようかと」


 よほど嬉しかったのか、やや食い気味の反応だ。


「ただ、一つだけ覚悟してほしいことがあります」


「なんでしょうか?」


「行方不明者の捜索というのは、見つかったとして必ずしも探し相手が生きているとは限りません。すでに死んでいる可能性もあります」


 厳しいことを言うようだが、こればかりは保証が出来ない。現に今まで請け負った事件の中で捜索していた人物が死体で発見されたことも何度かある。


 だから僕は最初に希望を与えない。約束できない結果を提示しない。


「それを受け入れることができますか?」

 

「どんな結果でも受け入れます。なので、お願いします。どうか私のお姉ちゃんを見つけてください!」


 迷いのない良い返事だ。


「全力を尽くします。一緒に頑張りましょう」


 僕は頭を下げる彼女に向かってそう告げた。 

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