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そして世界が終わるまで  作者: rintz
第一章 その依頼引き受けましょう
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#1 その依頼は突然に

「夢……か」


 夢オチ。そんな言葉で片付けられるのが便利な今のご時世だ。どんなハッピーエンドもバッドエンドも、この言葉一つで簡単にオチが付く。


「それで、こっちは夢じゃない……と」

 

 甘くないのも今のご時世なのである。どうやらこの着信音が、こっちの世界に僕を引きずり戻してくれたらしい。欠伸をしたくなる気持ちを抑えつつ、僕は音の元へと手を伸ばした。

 

 規則的に鳴る音の羅列と、一定のリズムを刻みながら震えるそれは、ディスプレイに『橘守きつがみ 冴鳴さえな』と文字を点滅させながら、丁寧にお相手を教えてくれた。


「……はい、もしもし?」


「私からの電話は五コール以内と前に約束したはずだよね?」

 

 ちょっとだけ機嫌が悪そうな声だ。このトーンから察するに、十コール以上は鳴らしていたのだろう。


「悪い、仕事中だったんだ」

 

 咄嗟に出てきたとはいえ、何か浮気を疑われてる亭主みたいな答えで嫌だな……これ。


「さぞ素敵な仕事場だったことでしょうね。夢の世界は」

 

 案の定バレてる。


「仕事場なんて悪夢って相場が決まってるものだよ」


「おはよう、兄さん」


「おはよう、冴鳴」


 この日の起床時間は午前六時三十二分。モーニングコールを欠かさない優秀な妹のおかげで今日も元気に爽やかな朝を迎えた。


 僕は肩を上手く使って耳に携帯を当てつつ、空いたマグカップを持って給湯室へと向かう。


「今日も机に伏して寝てたんでしょ?」


「惜しい。ソファーで横になってたんだよね、これが」


「同じようなものでしょ? 疲れが取れないんだから、ちゃんとベッドで寝るように」


「前向きに検討させていただきます」

 

 やかんに水を入れてから、カチカチとコンロに火を付ける。魔法が普及して以来、大抵のことは魔法で済ませる傾向が今の世の中では強いが、僕は未だにこっち派なのだ。


 別に自分が入れたお湯で作ったお茶の方が美味しいとか、そういう通ぶった事を言うつもりは毛頭ないけれど、何となくこれが落ち着く。さて、後は沸騰するまで待つとしましょう。


「兄さんの前向きは完全に後ろ向きだからなぁ……」


「僕にとっての前が、誰にとっても前とは限らないからね」


「そういうどうでもいい屁理屈ばっかり言ってるからいつまで経っても従業員が増えないんだよ?」


「そもそも募集してないからね」


 橘守探偵事務所。それが僕の経営するこの探偵事務所だった。中央都市の歓楽街。その中心から少し外れたところにあるこの事務所は、僕の住まいであり仕事場だ。


 元々は事務所を設けずにフリーで依頼を受けながら細々とやっていたが、知り合いの社長から土地と建物が空いているから良ければそこを拠点にしてはどうかと打診され今に至る。少しばかり治安の悪い地域ではあるが、今のところ実害はないので大丈夫だろう。


「そろそろ募集したら? 一人だと限界があるって、前に言ってたでしょ」


「確かにそうなんだけどさ。やっぱり怖いだろ」


「何が?」


「死なれたら」


 受話器越しに空気が一気に冷えたのを感じた。おかしいな、我ながら良いジョークだと思ったんだけど。


「おっと、お湯が沸いた」


 ささっと急須と湯呑を用意してお茶を淹れる。うん、やっぱり緑茶は最高だ。


「……今みたいな返し、私以外には絶対にしない方がいいよ」


「善処します。それで、本題をそろそろお願いしてもいいかな?」


「はぁ……なんだかなぁ。えっと、今日は一件だけ」


「一件だけ? 珍しいね」


 最近は魔法省へ依頼を持ち込んでも処理して貰えずに困っている人が増えている。そういった一定の層が僕の依頼人としてやって来ることになるのだが、ここ数日は少なくても五件以上の問い合わせが来ていた。


 とはいえ、僕が一人で処理できる物にも限りがある為、引き受けるかどうかを判断する必要がある。その最初の品定めをするのが冴鳴の仕事だ。勿論引き受けられなかった依頼は別の業者を紹介するなどのアフターフォローはしている……主に冴鳴が。


「というか、この一件は確実に受けること」


 この一件の為に他の依頼を全部蹴り飛ばしたに違いなかった。でも頼ってきた人たちが困らないようにちゃんと別の所を紹介してるんだろうなぁ。


「……依頼人と、事件概要を」


「依頼人は霧城旭きりしろ あさひさん。年齢は十六歳で、性別は女性。依頼内容は行方不明になったお姉さんを探して欲しいとのこと。ちなみに旭さんとそのお姉さんは二人とも第二世代の魔法使いみたい」


 行方不明者の捜索。これは少しばかり珍しい案件だ。

 

 大体この手の話は魔法省の警察科に捜索依頼を出すというのが基本で、僕たち民間の企業に直接依頼を出すということはまずない。となるとあれだな。


「その子、依頼を断られたな?」


「話も聞いて貰えずに門前払いされたそうです。例の通り魔事件のせいで人手不足とはいえ、ひどい話だよ」


 最近世間を騒がせているこの事件のせいで、魔法省は現在てんやわんやらしい。


 なんでもこの通り魔の標的は第二世代の魔法使いに限定されているのが特徴で、犯人は未だ不明。


 被害者は皆軽傷だが気絶させられており、襲われた魔法使いの尽くが魔法を使うことが出来なくなっているという奇妙な事件だ。この魔法が失われるという異例の事態から、魔法省は優先的にこの事件の解決に尽力しているらしい。


 とはいえ、頼ってきた一市民を門前払いとか税金泥棒と言われても文句言えないぞ。僕はやれやれと言いたい気持ちを抑えつつ、脳裏にボワっと浮かび上がった父さんの面目なさそうな顔を霧散させる。


 魔法省で魔法犯罪取締科に務める父さんは、この事件が起きてから一度も家に帰っていないらしい。ご愁傷様だ。


「その件、父さんには伝えたのか?」


「勿論。他に聞きたいこともあったからすぐに電話したよ。税金泥棒もほどほどにしておきなさいって、文句を言っておきました」


 考えることは兄妹揃ってやはり同じらしい。


「門前払いしてるとしても、父さんとは全く関係の無い部署だろうけどね」


「だとしても、私たちみたいな民間の会社にこれだけ仕事が流れ込んでくるような状態を作ってるのは怠慢だよ」


 ご尤もである。通り魔以外の案件を全部民間企業に丸投げしている今の状態はどう考えても異常だ。


「普段閑古鳥が鳴いてるうちみたいなところにはありがたい話なのかもしれないけどね」


「兄さん。不謹慎」


 呆れてものも言えないといった様子の妹であるが、探偵などという職種はレストランやブティックのように毎日しきりなしにお客さんがやってくるような業種ではない。こんな状況にでもならない限り、お客に事欠かかないなんていう状況は有り得ないのだ。


 同業者の中には大手を振って喜んでる人間もきっといる。それに同調する気にはならないけど。


「話がずれたね。それで、門前払いされたその子がうちに連絡してきたと」


「そういうことです。うちが魔法使い絡みの事件を格安で引き受けてることを知ってるような口ぶりだったよ。学生には民間の探偵依頼料なんて中々払えるものじゃないしね。あ、引き受けること前程だったからもう経費計算して相手には費用を伝えてあります」


「相変わらず手際がいいね。もういっそ調査も冴鳴に任せたいくらいだ」


「それは無理。適材適所っていうでしょ? それに、そんなことまでやってたら兄さんの仕事が無くなっちゃうし」


「代表という肩書きは残るよ」

 

「給料泥棒っていう肩書きも追加でね」


 これは手厳しい。


「それで、他に聞いておきたいことはある? 依頼人の基本的なデータはさっきパソコンに転送しておいたから大丈夫だとは思うけど」


 パソコンね。僕は飲み終えたお茶を片付けて、自分のデスクに向かう。


「それなら、後は直接本人から聞くよ。今日来るんだよね?」


「うん。九時に事務所に行くように話してあるから、準備しておいてね」


 今から約二時間後の到着か。データの確認と整理の時間を考えると丁度良いタイミングだろう。


「了解。で、今回冴鳴がこの依頼を受けることを勧める理由は?」


 ただ若い女の子が魔法省で門前払いされたのが可哀想だと思って……なんていう言葉は冴鳴からは期待できないだろう。それにこの依頼を受けることを決めるに当たって間違いなく他の依頼をいくつか蹴っている。その理由が知りたい。


「探偵なんだからそれくらい自分で推理してください。それじゃ、切るね」


「うわ……」


 本当に切られた。理由くらい教えてくれてもいいと思うんだけど。探偵だから自分で推理しろって、何でもかんでも謎めいていればいいってもんじゃないぞ。


「かけ直すのもなんだし、とりあえず依頼人のデータを確認しておくか」

 

 電話中に立ち上げておいたパソコンから、転送されてきたデータを開く。依頼人の名前と経歴、家族構成など個人情報の塊に目を通していくと、冴鳴の残した謎が一瞬で解けてしまった。


「フロリス魔法学院……ね」


 推理も何もないじゃないかと、もう繋がっていない電話に一言呟いてしまう。


「明日か明後日までに今抱えてる仕事を片付けて、こっち一本に絞らないとなぁ……」


 僕の気持ちを悟ったのかどうなのかは分からないが、胸ポケットにしまった携帯が少し震えたように感じた。

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