冬がくる
お祭りが終わった翌日は、まるで火の消えたかのような静けさに感じられたけれど、それも数日すればすぐに元通りだ。
仕事はもちろん今まで通り行いながら、合間にルイズらと顔をあわせて雇用条件、雇用期間を決めたり、複数用意してもらえたソファをナディアと見に行ったり、冬支度を行いながら、旅行の為の荷物の準備を始めたりしていると、すぐに月が替わった。
もう11月だ。すっかり半袖の人の姿は見えなくなった。少し早く、襟巻を身に着けている人すらいるくらいだ。
もう一か月もすれば本格的に冬が始まる。大雪で囲まれることはないが、雪が降る期間もある。ヴァイオレットの衣替えはナディアがしてくれたけど、まだナディアの冬のコートは買っていない。
本人が必要ないと固辞するのだ。とは言え、コートが店頭にならび種類がでてきている今なら、一緒に見に行き、これが似合う可愛いと薦めれば悪い気はしないだろうし、受けてくれるだろう。
だいたいナディアが平気でも、雪が降る中コートなしでは見ている方が寒いし、それこそ、首輪労働者を酷使していると思われてしまう。必要ではなくても、足並みをそろえることも時には必要なのだ。
あと単純に、絶対もこもこのコートきたナディア可愛い。ふわふわの毛がついているのもいいだろう。楽しみだ。
「あ、マスター! 奇遇ですね」
「ああ、ナディア。本当にね。買い物?」
「はい。えへへ、実は、木べらが壊れてしまって。でも、マスターにお会いできたので、嬉しいです」
当然のことだが、今日の朝だって一緒に朝食をとったし、それから出て昼を外で取ったとはいえ、半日ほどしか離れていない。なのにまるで久しぶりに会ったかのように無邪気に、幸運だと喜んでくれる。
胸が熱くなって、抱きしめるのを我慢するのが苦しいほどだ。本当に可愛い。
「そっか。私も嬉しいよ。もう買った?」
「はい」
「じゃあ、私もちょうど家に帰るところだから、一緒に帰ろうか」
「はい!」
笑顔のナディアと並んで歩く。今日は両手にそれぞれ荷物を持っているので、手を繋ぐことはできない。それは残念だけど、その分、歩く時の立ち位置が微妙にずれて、いつもと違う角度からナディアが見られる。
これはこれで、新鮮かもしれない。それにどの角度から見ても、改めて美しい。美少女、と言えばもうナディア、と言うくらいに完成されている。
「マスター、その荷物、重そうですね。片方持ちますよ」
「え? いや、かさばるけど、中身は軽いから大丈夫だよ。ありがとう」
「……持ちますって」
「ん?」
ナディアはやや強引にヴァイオレットから荷物を一つ奪うと、何故かすでに自分で買い物鞄を持っている手で持った。
すでに片手は鞄で埋まっていたからこそ、渡したら今度はナディアが両手がふさがってしまう。ナディアに多く持たせる形なるからこそ断ったのに。
かさばる形になる片手での二つ持ち。よくわからず首を傾げるヴァイオレットに、ナディアは歩きながらヴァイオレットの顔を見あげ、ちょっとだけ不満そうに唇を尖らせてから、前を向いて何気なくヴァイオレットの空いた手を掴んできた。
そういう事か、とわかったのでヴァイオレットも苦笑しながら握り返す。それにナディアは何も言わず、けれどご機嫌な横顔のまま、小さく繋いでいる手を振りながら早足になった。
「それにしても、ナディア、手が冷たいけど大丈夫?」
「え、冷たいですか? す、すみません、じゃあ離します」
「いやいや、そうじゃないよ。ただ体が冷えているなら、大丈夫なのかなってことだけ。ナディアの手がつめたいなら、いくらでも私の手で温めるのはどうってことないよ」
慌てたように話そうとするナディアの手を握って離さず、むしろ体に引き寄せるようにする。ナディアははにかんで、またそっと握り返してきた。
「マスター……ありがとうございます。でも、私は全然大丈夫です。ただ、気温が低いので影響されたみたいですね。マスターの手が温かいなとは思ったんですけど」
「結構冷たいけど、これ以上冷えても、かじかんだり全然しないってこと?」
「そうですね。そもそも、なんでかじかむのかわかりません。いえ、聞いたことがあるので意味は分かりますけど。痺れるみたいになるってことですよね」
不思議そうなナディアの言い方に、ヴァイオレットの脳内では色んな疑問が浮かんだ。が、それらは全部一つで済まなさそうな、生態系にも関わりそうなものだったので飲み込んだ。その代わりに軽く相槌をうつ。
「そうだよ。ナディアが大丈夫ならよかった。でも温かい方が快適だったりはするのかな?」
「はい、そうですね。寒くても問題ないですけど、適温の方が心地よく感じますね
「じゃあ、今度手袋も買おうか」
「……いえ」
ヴァイオレットの提案に、ナディアはすぐに答えず、通りすがりのすれ違う通行人の一組をじっと見てからヴァイオレットを振り向いた。
「手袋はいいです。それより、長い襟巻がいいです」
「ふむ」
ナディアの隠さないわかりやすい顔ごとの視線の動きに、当然ヴァイオレットもつられて見ていた。
なので見ていた二人組が、長い襟巻を二人で巻いてラブラブで歩いて行ったバカップルであり、ナディアの発言の意図もわかった。
わかったけれど、今年の冬は外でつけることはできないだろう。室内だけでつける、と言うのはありだろうか。
室内では暖房をつけるので、それほど寒くしないつもりだ。そうでなくても、風のない室内で襟巻をつけることは少ない。ナディアはそれを想定しているだろうか。
「外で一人で巻くにしても、まぁ、長い分温かいけど。家の中で二人でつけることってあるのかな?」
「あ、うーん。そうですね。そう言われると、ちょっと悩みます」
「ちょっとなんだ」
「室内でも、あーと、でも、そっか。じゃあ、諦めます」
ナディアは少し考えるように眉尻をさげてから、しょんぼりしつつも誤魔化すように微笑んでそう言った。
ヴァイオレットはそんなナディアに苦笑する。もちろん、落ち込ませたままでいるつもりはない。
「じゃあさ、ひざ掛け買おうよ」
「ひざ掛け、ですか?」
「うん。ソファが週末にくるから。そこで並んで座ったら、一緒につかおう。肩からかけられるのもあるといいかな」
「! それ、とっても素敵ですね!」
「でしょ?」
「はい!」
ついでなので、このまま寄り道して購入することにした。
先日のうちにソファカバーになる布は購入し、ナディアが制作してくれている。そこに仕事を増やすのも申し訳ないし、手作りにこだわる必要もない。
どんなものにするか、選ぶのにはやや難航した。お互いがお互いに似合うもので選んだからだ。最終的にはナディアが選んだものにした。
冷静に考えて、ナディアに似合う可愛らしいものを自分も身に着けるのだと言うことに気が付いたからだ。ヴァイオレットに似合うと言ってくれたのは比較的シンプルで無難とも取れるものなので問題ない。
「明日もいいお天気のはずなので、干しておきますね」
「ありがとう。週末が楽しみだね」
「はい! ふふ、でもね、マスター、私、マスターといると、毎日ずっと、明日が楽しみなんですよ」
「……うん。私もだよ」
可愛いナディアに、そっと髪を撫でて、我慢して家に帰った。
○
「そう言えば、手紙はそろそろ着く頃なんでしょうか」
「ああ、手紙ね」
ナディアの故郷へとむけて手紙を出したのは、すでに二か月近く前のことだ。普通に旅をするなら半年かかる距離だが、今回はとにかくいったん連絡を入れなければと言うことで、急ぎでお願いしている。
とは言え、実際にそこまで遠い距離を送ったことはないし、確実に決まった日数でたどり着く保証のあるものではない。
元々郵便の早さは早いものではない。同じ街中でも1週間以内が目安だ。普通の手紙だと、1年かかる可能性すらある距離なのだ。一応、三カ月以内にとお願いして了承をもらっての金額を払っているので、それなりに早くつくとは思うが、それにしてもさすがにまだだろう。
「多分まだかな」
「そうですか……何だか、今更ですけど、家族がどんな反応するのか、気になったもので」
そう言ってナディアは不安を誤魔化すように、ぎゅっと握っている毛布の端を自身の胸元に引き寄せた。
本日、無事ソファの納入は終わり、ナディアお手製のカバーをかけ、その具合を確かめたりして夕食後の今はちゃんと小さなサイドテーブルにカップも用意して、二人で座ってひざ掛けをして、薄手の毛布を背中からかけている状態だ。
昼間は多少冷える程度だとは言え、夜、それも窓辺に座ると寒さを感じるほどだ。ちょうどよかった。
「ナディア、そんなに不安にならないで。大丈夫だよ。何か言われても、私が一緒に謝るからさ」
「……はい。ありがとうございます。でもこれは、私の問題ですから」
「違うよ」
また性懲りもなくネガティブモードになっているナディアの肩を抱きしめ、のびた耳先に軽く口づけながらそう囁くと、ナディアは身を震わせて少し身を丸める。
「二人の問題だ。そうでしょ」
「んんっ、ま、マスター、やめてくださいっ。それ反則です」
「何が反則?」
「み、耳に、キスしながら、マスターのいい声で囁くとか、そんなの、ドキドキして死んじゃいますっ」
「魔力は送ってないでしょ」
だからセーフ。それにナディアに暗くなってほしくなくてしているのだから、ドキドキだろうが元気になっているならそれでいい。
だけどそう平然と答えたヴァイオレットに、ナディアは毛布を離した左手で自身の耳を隠すように覆って、むぅと頬を膨らませた。赤らんだ頬が愛おしく、ナディアの体温が上がっているのが、ひざ掛け内の空気越しにわかる。
「マスターはもう、何してもえっちです。魔力関係ありません」
「そうかなぁ」
「そうです。私今、ちょっと落ち込んでましたのに」
「そっか。でもナディアにしかしないから」
「そっ、そんなのは当たり前です……マスター、本当に、私と一緒に謝るつもりですか? マスターはただ私を助けてくれただけなのに」
にやけた表情のまま肩を撫でながらナディアに答えていると、ナディアは改めて真剣な顔でそう尋ねてきた。
だからヴァイオレットも真面目な顔になって、撫でるのは止めて、その代わり顔を寄せておでこをこつんとぶつけた状態で思いを伝える。
「ナディアは私と出会うために出てきてくれたんだ。だから、出てきてくれたことを怒られるなら、私も一緒にいるよ。当たり前でしょ」
「マスター……もう、本当に、私のこと大好きなんですから」
はにかんだナディアの言い方に笑ってしまう。全く、何を言っているんだか。そんなのは、当たり前すぎる。
「もちろん、大好きだよ」
「はい。私も大好きです」
ナディアは嬉しそうに笑って目を閉じ、ぎゅっとヴァイオレットに抱き着いて首元に顔を寄せた。




