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一日の終わりに

 夕食のあとは、家の中を一通り案内した。トイレや入浴については、エルフの習慣ではないが、幸い数日ルロイ預かりとなっていた際に教わったそうなので一安心だ。

 いや、裸の付き合いをすればもっと距離が縮まった可能性を考えるとマイナスなのだろうか。まぁ、性急に考えすぎるのはいけない。特に、人間関係なんてものは。

 そうヴァイオレットは自分に言い聞かせる。今日は少しぐいぐい行きすぎた気もする。ナディアが大人しいようなので、つい積極的になってしまったが、内心嫌がっている可能性も否定できない。

明日からは落ち着いて、相手の反応を見ながら接していかないとな。と反省して、朝に家を出た時に片付いていなかった書類などを片付けてから、長い今日を終わらせようとベッドに向かった。


「あの、マスター」


 布団に手をかけたところで、ドアの向こうからされた掛け声にびくりと、必要以上に驚きながら、ヴァイオレットは振り向いてすぐにドアを開けた。


「ナディア、どうかし、た?」


 そこにいたナディアは、当然入浴をすませた姿だ。買ったばかりの寝巻きは、ほんのりピンク色でゆったりとした上下のセットだ。絶対に似合うと確信していた。しかし、めちゃくちゃ似合う! 想像以上だ!

 しかも、お風呂上がりで濡れた髪はまとめられタオルで巻かれている。そのため、今まで見えなかった耳や首筋まではっきり見える。いずれも赤みを帯びていて、触りたくなるほど瑞々しい。

 もちろん、体全体が紅潮しているのだ。目の下もほんのり赤らんでいて、年に似合わぬ艶っぽさだ。


 思わず言葉につまり、じろじろと無遠慮に見てしまうほどの可愛さに、しかし自覚のないナディアは驚いたように身を引いた。


「え、な、なんですか? へん、でしたか?」

「いやいや、そんなわけないでしょ。もう、凄い似合ってるよ。想像以上に可愛くて、ちょっと驚いてしまっただけだよ、ごめんね」

「そ、そうですが……。別に、謝ることではありませんけど……あ、ありがとうございます。着心地も、いいです」

「うん、愛用してよ」


 押しつけがましいほどの言葉だが、実際に本人にとっても気にいっているようなので、構わないだろう。

 と、すっかり見とれてしまっていたが、あまり風呂上がりに引き留めて、体調を崩しては困る。何か用事があってきたのだろうか。


「それで、何か用があったのかな? あ、もちろん、可愛い寝間着姿を見せに来てくれたってだけでもいいんだけど」

「そ、そんなんじゃありませんっ。え、えっと、お風呂、水とか、掃除とか、どうするのかなって思って」

「ん? ああ、水は明日の洗濯とかに使うから、置いといて。掃除は、洗濯が終わってからって形になるよ」


 今までなら毎日掃除や洗濯をできたわけではないけど、これからはナディアがいるのだ。仕事をわざわざ増やすわけではないけど。洗濯物も増えるわけだし。一人だからしばらく研究でこもるし数日お風呂はいらなくてもいいか、となっていたわけで、さすがに人と接するなら、入浴もしたい。と、少なくとも今は思っている。実際に締め切り前となるとわからないけれど。

 なのでとりあえず、そういう事にしておこう。あまり仕事がなくて毎日暇でも退屈だろうしね。


「そうなんですね、わかりました」

「うん。じゃあ、明日から、一つずつ教えていくね」

「はい……あの、マスターのお仕事とかは、大丈夫なんですか?」

「ん? ルロイが言ってなかった? 今時分がちょうど、と言うかまさに今日、仕事に区切りがついて、しばらくは休めるんだ。だから大丈夫だよ」


 本当に、タイミングはばっちりだ。手続きがあるとは言え、それもわかって今日までナディアのことも保留にしてくれていたんだろう。ルロイ様様だ。まぁ、あんまり言いたくないが、今度改めてお礼はしておかないと。

 もちろん、正直今の気持ちとしては、この可愛い少女を仕事なんかより優先したい思いでいっぱいだが、現実的には締め切り前ではそうもいかないし、生活できなければ、養うこともできないのだから。


「そうなんですね。わかりました。じゃあ、お願いします」

「うん。疲れたでしょう。ゆっくり休んでね。おやすみなさい」

「あ、はい。おやすみなさい」


 ヴァイオレットが片手をあげてそう促すと、ナディアは少し照れたようにしながらも、そう挨拶して小さく手をあげて答えてから、部屋をでた。何となく自分も出て、すぐそこのナディアの部屋に戻るのを見送ってから、自分もベッドに戻った。


「ふー」


 思わず息をついた。

 それにしても、可愛かった。ヴァイオレットは布団に入って目を閉じても、瞼の裏に、先ほどのナディアの姿が浮かぶ。


 今日は、ヴァイオレット自身でも自覚しているが、終始浮かれていた。新しく、家族になる、かもしれない女の子。しかもめちゃくちゃ可愛くて、正直ただの他人でも優しくしてしまいそうなほど、ヴァイオレットの理想、というか脳内のかわいい女の子というイメージを具現化したかのようなかわいい女の子だ。

 性格も悪くない、どころかむしろ、今日接した態度のすべてに好感しかない。もちろん、初対面なのだからお互いに遠慮や猫をかぶっている部分もあるだろうけども。


 今日のヴァイオレットも、いつも通りでこれが素の性格かと言われたらそうでもない。

 例えばあれだけぽんぽんとお金をつかったが、ヴァイオレットは普段からそんなに金遣いが荒いわけではない。ナディアに買ったワンピースほどの金額になると、自分の分だとすると割と迷ったり、下見をしてから買ったりするくらいだ。いい年なので、人見知りをするなんてことはないが、初対面でぐいぐいいくタイプでもないはずなのに、ナディアとはもうすでに家族になりたくてしかたなくて、仲良くなりたいとついつい距離をつめそうになる。


 今だって、昨日まで割と睡眠時間少なめだったので、眠いはずなのに、ナディアのことが勝手に頭に浮かんで、胸がざわざわする。

 それでも、ナディアのすべてを好意的に思っているし、素の性格も絶対かわいいと確信してしまっている。これは理屈ではなく、もう妄信といってもいいほどだ。ナディアが好ましい。仲良くなりたい。


 はぁ、とまた息が漏れた。息は少し熱い気がした。興奮しすぎて、少し疲れがきているのだろうか。


 思い返してみると、ヴァイオレットはこの50年、一切大きな病気とは無縁だった。作られた体で、製作者のオーウェン等とは違い、性別というものもない。体も頑丈で、普通の人間とは違う。だからこそ、年齢を感じたことなんてなかったわけだが、内側は少しずつ老化していたのだろう。つらい。


 まぁしかし、そのおかげで、ナディアと出会うことになったのだから、前向きに考えよう。

 ヴァイオレット本人は自身を、女性だと思っているが、体内には子供を宿す器官はない。そんなわけで、今までは家族を作るとか、子供とか、考えたこともなかった。だからこそ、いざ家に入ってもらうとなると、父であるオーウェンとのことを思い出して、できればと求めた。

 そして実際に出会って、その気持ちは強くなった。


 今までずっと、オーウェンを亡くしてからずっと、一人暮らしだった。最初こそ寂しさを感じたものだけど、片づけて色々なものを見て回り、色々なことに挑戦したり、そしてこの国で宮廷魔法使いになり、仕事に追われるうちに、いつの間にか慣れて、気にならなくなっていた。友人もいて、ばか騒ぎをする相手もいるし、困ったときに頼れる人だっている。

 だけど、やっぱり、誰かと一日一緒に過ごして、一緒に食卓を囲んで、おやすみなさいと挨拶をする。それは家族らしい家族で、うん、やっぱり、家に人が当たり前にいるというのは、いいものだ、とヴァイオレットは思うのだ。


 そしてこれからもずっと、家にいてくれるのは、ナディアがいいと、そう思った。

 眠りについて、明日目が覚めて、ナディアがいて、また一緒にご飯を食べるのだ。そう思うと、とても嬉しくて、幸せな気持ちになる。

 会ってすぐなのに、こんな気持ちになるなんて。会ったばかりで、お互いまだ全然知らないといっていいくらいなのに、ナディアがかわいくて仕方ない。容姿は当然だけど、仕草も何もかもがかわいくて、何もかもが好ましい。頭を撫でたい。ぎゅっとしたい。抱きしめたらどんなにかわいい反応をするだろう。頬ずりして頬にキスでもしたら、どれだけ思いを伝えられるだろう。

 そんな風に強くスキンシップをとりたいと思うのも、ヴァイオレットには滅多にないことだ。こんなにも、強く、早く、ナディアを好きになってしまっている。

 そしてそれを、不思議ではあるが、疑問には思わない。ヴァイオレットは、一人納得した、これが、人の親になるということか、と。そして父もきっと、こんな風に自分を思っていたのだろう、と。


 家族ができるとは、親になるとは、幸せなことだな、と幸せをかみしめながら、ヴァイオレットはゆっくりと眠りについた。


 ヴァイオレットは、そんな風に馬鹿すぎる結論を、全く疑うことをしない。異世界でも成人まで過ごした記憶があり、魂がホムンクルスにはいってからこちらの世界でも十分に生きたことで、自分は世間の常識をわかっているのだと思い込んでいて、その常識に基づいて、そんなことはあり得ないとして、まったく可能性を思いつきすらしない。

 ヴァイオレットがナディアにめちゃくちゃスキンシップしたいほどに好意をもっているのは、けして気が早すぎることに家族認定しているのではなく、単純に、一目惚れして、恋に落ちているだけだ。


 だけど、馬鹿なヴァイオレットがそのことに気が付くのは、まだしばらくは先の話だ。


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