買い物
ヴァイオレットは一人暮らしだが、客人がいない訳でもない。食器類は十分にあるし、客間で一応寝具もある。なので今日から人が住む、となってこれがないと今日からすぐ困る! と言うものはさすがにないが、生活するとなると必要なものはいくつもあるだろう。まず思い浮かぶのは、衣類だ。
本人は一応数日分の衣類は持っているらしいが、いずれも旅装だ。今ナディアが着ているのと同じ衣服を、数着仕事着としてルロイから渡されているが、普段着にはならない。
下着など、いくらあっても困るものではない。それに食器類があるとは言っても、直接口をつけるものくらいは、新しく購入してもいいだろう。家族になりたいのだ。お客様用の物をつかわせるのは躊躇われる。
いずれは寝具等も新しくしたい。幸い部屋はまだ余裕があるから、ちゃんと片付けて部屋を用意してからになるが、そうなれば色々と棚や小物も必要だろう。さすがにそこまで今日だけで用意するのは難しいし、あまり大金のやり取りを目の前でしても本人も困るだろう。
「え、と、それはさすがに、高いですし」
「いや、そうだけど、お休みの日の気晴らしになってくれたら、嬉しいし。駄目?」
「だ、駄目って。その聞き方は、ずるいと思います」
衣料店にて、ちょっとお高めの可愛いワンピースを指し示すと、まだまだ物価がわかっていなくて、他の新品の服の値段はスルーしてくれたけど、それらの数倍の値段のあたりになると、さすがに難色を示された。
当然、本人ではなく雇用主のお金で買うと言う話なのだが、遠慮してくるとはとてもいい子で、ヴァイオレットはますます買ってあげたくなってしまう。なのでやや強引に話を持って行く。
「うん、ずるくてごめんね。で、どれがいい?」
「……どれが似合うと思いますか?」
「そうだね、ナディアは可愛いから、もちろんなんでも似合いそうだけど、こっちの紺色の方が、すっきりしていて、フリルもあって可愛い、かな? ああ、でも、考えたら作業着が黒ワンピースと白エプロンだから、似た系統になるか。うーん、ピンクだとちょっと違うし。えっと、あっ、この花柄可愛いっ」
いくつかの洋服を物色していると、ふいに手に取った細かな花柄の刺繍がはいった白いワンピースが目についた。これ、かなり可愛い!
エルフの美人だけど朴訥とした感じにも合っていて、清純なナディアにピッタリだと思えた。裾回りと胸の下に多く、花柄のメリハリもついていて程よく主張する花柄に、下地の白色が強調されて清純な印象を与え、裾のフリルも控えめで上品な小ぶりさだ。自分では絶対に着ないが、ナディアが着れば絶対に似合うと確信できた。
「これはどう?」
「あ、可愛い……あ、ね、値段、ちょっと」
「あ、あーっと」
刺繍は完全に人力だ。魔法具で縫製作業を行えるようになり、この国の衣類事情はヴァイオレットが来た当初より充実しているが、その分人がひと手間かけた物は高価になる。魔法具で縫製できると言っても、新品自体が高価で、庶民は中古服を着るのが普通なのだが、ヴァイオレットの個人的な感覚として、衣類は新品に限る。
なのでこの刺繍付き新品真っ白ワンピースは、一般的な庶民の初任給ぐらいはしている。高給取りのヴァイオレットなので、新品の服を買っても何ら懐が痛まないが、それでもちょっとたった一着の服にしては張り切った値段だ。普段着で使い潰す服ではない。
「まぁ、さすがにこの値段をいくらでも買ってあげるとは言えないけど、一着くらい、持っていてもいいんじゃないかな。今日という日の出会いを記念して、ってことで。気に入らないなら、もちろん話は別だけど」
「……可愛い、と思います」
「ん。じゃあ、決まりだね」
可愛い、と服を見て頬をゆるませて言われたことに気をよくして、にっこり笑顔でヴァイオレットがそう言うと、ナディアは表情をとりつくろうようにちょっと唇をとがらせてジト目になる。
「……マスターは、ちょっと、強引だと思います」
「ごめんね、でも、絶対に似合うから」
「そう言う……いえ、ありがとうございます。大切に、しますね」
ごり押しするヴァイオレットに、ナディアは文句を言いかけたようだが、途中でやめて、そう微笑んだ。
その笑顔に、ヴァイオレットは上機嫌で他の肌着も合わせて全て購入し、家へ後で届けてもらうようお願いした。
そのままさらに買い物は続く。
お店も近かったので、そのまま日用品店にはいり、食器類を見る。食器類は、地元ではシンプルな木製が多かったようで、陶器の食器類にまぁ、と目を輝かせている。
「可愛らしいですね。あれ、これ、木に色を塗ってるんじゃないですね。重いです」
「陶器って言って、んー、土だね」
「ああ、陶器。食器以外ではありますけど、食器で使ってるのは初めてです。へー、絵までかいてあって、どれも可愛いですね」
「木も持っているけど、うちでは基本的には陶器をつかってるから、アレルギーとかでなければ、陶器でそろえたいんだけど」
木を使い慣れているのだろうけど、同じ食卓で全く違う食器類を使うのは統一感がなさすぎる。木皿を持っていない訳ではないけれど、そもそもこの街では陶器が主流なのだから、すべての種類の木皿が売られているわけでもない。
そんなヴァイオレットの質問に、ナディアはきょとんとした。
「あれるぎー、ってなんですか?」
「え、ああ、触ったり食べたりして、湿疹がでたりすること、かな。陶器にアレルギーは……たしか、金属アレルギーだと避けた方がいいんだっけ。そうじゃなくても、塗られている塗料とかにもアレルギーがあることもたまにあるから」
「そうなんですね。金属で湿疹が出たことはありませんし、塗料も、少なくとも今まではないですね」
現在の体はアレルギーとは一切無縁なので、うろ覚えになっている知識を披露すると、それでもナディアは感心したように相槌をうってそう答えた。
「そう、よかった。ちなみに、他の食べ物とか、何でもいいけどそう言う反応はある?」
「ありませんね。と言うか。エルフの中でそうなっている人を見たことないので、ならないのかもしれませんね。新しいタイプの病とか」
「うーん、そうなのかな。まぁ、ナディアが大丈夫なら、それでいいや」
一瞬、種族ごとに病がかかりやすい、かかりにくいの差とかめっちゃ気になるな、と思ったヴァイオレットだったが、自重する。ここでナディアを問い詰めても、納得できるほどのデータは得られなさそうだし、知ったからといって仕事に役立つ内容でもないだろうし。
「どの柄がいい?」
「家で、マスターが使っている柄とかは、どれですか?」
「私? 私は、そんなこだわりないから、割れてもいつでも補充できるように、定番の水玉にしてるよ」
「じゃあ、私もそれで」
「え、そんな合わせなくてもいいんだよ? あなたの好きな柄で。私は結構割っちゃうから、そうしていたってだけだし」
「いえ……同じので、大丈夫です」
「そっか。じゃあ、これだね。……ふふ、じゃあ、お揃いだね」
定番で常に商品がある種類なので、ヴァイオレットはささっと一揃い手にとりながら、なんとなく気恥ずかしくなって誤魔化すようにそう冗談でナディアに微笑みかけた。
「……はい」
だけど、ナディアは生真面目にも、照れたように頬を赤くして、そう小さな声で相槌だけうって俯くものだから、なんだか余計に恥ずかしくなってしまった。
ヴァイオレットは黙って、お会計をした。だけど不思議と、気まずいとか、いやな沈黙ではなかった。
そして他にも、食料品や、そのほか目につくものを購入していく。と言っても家具なんかは注文してからつくってもらうことになるが、靴なんかも、最近ではオーダー以外に服と同様にサイズを用意していてすぐに買えるようになっている。一足では心もとないだろう。そのほか、掃除用具や、レシピ本など、家政婦の仕事に必要そうなものも購入する。
あまりに高額な商品は、事後請求になっている。高給取りで職場が間違いないと、すでに知られている顔なじみの店ばかりなので可能なのだが、合計すると結構な金額になっている。
こまごましたものは手持ちで支払っているので、そちらが心もとなくなったころに、そろそろおしまいにすることにした。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「はい……あの、私、一生懸命、働きますから、その、そこから、引いてくださいね?」
結構、たくさん、お金使われましたよね? とナディアは上目遣いにおずおずと言ってくる。途中から、ヴァイオレットがすすめるまま、遠慮せずに好みを言ったりしだしたが、そんなことを考えていたとは。
そのいじらしさに、なんだか胸がうずうずする。頭をわしゃわしゃ撫でまわしてやりたいが、さすがに初対面でそこまでのスキンシップはまずいだろう。
ヴァイオレットは衝動を誤魔化すために頭をかきながら、あのね、とナディアに声をかける。
「そんなわけ、ないでしょうが。生活環境を整えるのは、雇い主として当然の義務です。それはあなたが、家族になるとかならないとか、そう言うのとは全然関係ないことなんだから」
「え、いや、でも」
「でももストもないの。もしあなたがうちを出たとして、また別の人だって使えるんだから、そう言うのはなし。わかったね?」
「……わかりました」
よし。わかってくれた。はいいけど、何だか少し不満そうだ。まぁ、気持ちまですぐに納得するのは難しいのかも知れない。少女と言うのは潔癖なものだ。
だけど、ここは無理にでも納得してもらわないと。心を鬼にして、ヴァイオレットは帰途についた。
「さぁ。それじゃあ、晩御飯にしようか」
「はい」
「今日は私がつくるけど、明日から、教えていくね」
「いえ……はい。お願いします」
気を取り直して、夕食の支度をする。ナディアも、始まってしまえば真剣にヴァイオレットの作業を見てくれたので、大丈夫だろう。
相変わらず、味より魔力しか感じていないようなので、この辺りはちゃんと検討しないと、と思いながら、食事をとった。