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ナディアの故郷について2

「ごちそうさま、美味しかったよ、ありがとう」

「こちらこそ、マスターの魔力美味しかったですよ」


 木陰に腰を落ち着けて、ゆっくりと昼食をとる。家でもいつも一緒に食事をとるし、いつもと同じと言ってもいい。だけどどうしてか、穏やかな日差しの明るい外のいい景色の中二人きりでのんびりとる食事は、いつもより幸福な気持ちにしてくれる。

 このままのんびりしたいところだけど、ナディアの故郷を訪問するにあたって問題がないかどうか、確認しておかなければならない。長期休暇をとるとなると準備は早い方がいいに決まっている。


「ナディア、少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「はい、なんですか?」

「さっき、挨拶何て必要? って話をしていたと思うんだけど」

「あ、はい」

「でもやっぱり、私の感覚としてはだけどね? できれば結婚の前に顔をあわせたいんだけど、ナディアはご家族と仲が悪いとかはないよね?」

「え? 何でですか? 全然、普通に仲いいですよ」


 きょとんとしながら答えてくれた。以前にも背中を流したりすると言う話も聞いているし、そうでなくても、家ではこうだったーみたいな話を普通にしてくれるので、特に家族について話したくないなんて雰囲気はなく仲が悪かったり喧嘩別れだったようには思えなかったけれど、実際そのようで安心した。

 しかしそうなると、なぜ故郷を出てきたのかは謎だ。


「あ、そうなの。それはよかった。あのね、挨拶って言うのはただの顔合わせだけじゃなくて、できるならナディアのご家族に挨拶して祝福してもらって結婚したいんだけど、故郷に戻ったとして、何か問題とかってあるのかな? さっきの許嫁文化のこともあるし、できるだけナディアの故郷について教えて欲しいんだ。この間も恥ずかしいから言いたくないって感じだったし、言いたくないことは言わなくていいけど。できればナディアがどうして家出をしてきたのかも、知りたいな」

「あ、あー……その、言いたくは、ないんですけど、その。でも、挨拶にって言うマスターの気持ち結構嬉しいですし、そういう事ならやぶさかではないんですけど、そうなったら絶対ばれるので、じゃあ、言うしかないんですけど……うーん」


 言いたくない、と言ったことを言わせるのだ。できるだけ不快に思われないよう、優しい口調で丁寧に尋ねた。ナディアは嫌そうな顔はしなかったけれど、困ったような顔でそんな風に独り言のような言い訳をして唸った。


「恥ずかしいって言ったけど、そんなに言いにくいこと?」

「ん、その、恥ずかしいって言うのは、私の短慮、って言うか、その、我ながら結構思い付きで家を出たので、それが後になって思えば恥ずかしいので」

「ふむ? じゃあ、故郷が嫌になってとか、何か事件が起こってとか、理不尽な目にあってとか、そういう事ではないの?」

「うーん、そうですね。あえて言うなら理想を求めてと言いますか」

「理想を?」


 理想を求めて故郷を出る。それを聞くと普通のことに聞こえる。なにか、例えば故郷にない職業なんかの憧れを夢見て、理想の生活を求めて故郷を出る。突然の家出と言う形だったとして、それ自体は割とありふれた上京理由に聞こえる。特に恥ずかしいことはないだろう。


「ナディアの理想だと言うなら、聞きたいな。恥ずかしいことなんてないよ。私がナディアのこと、笑うわけないでしょ?」


 躊躇うように少しうつむいたことで、ナディアの髪先が風でゆれてナディアの口元に落ちてきた。その髪先をそっとナディアの耳にかけて、顔を見ながらそう話しかけると、ナディアは目だけで見つめ返してきた。


「……本当に、笑いません?」

「もちろん」

「今から言う理由で家出して、食い逃げで捕まったんですけど、それでも笑いません?」

「ナディア? 私は最初からそれを知っていたし、一度も笑っていないよ?」


 それ自体、ヴァイオレットにしてみれば、特に笑うところのない話だ。そもそも犯罪行為なので笑う要素は特にない。一回ナディアと一緒に謝りに行っている。


「……その、さっき言った、成人した時に許嫁が決められる制度何ですけど、成人になる前に恋人がいれば許嫁はつけられません。あくまでエルフ全体の人口を減らさないようにするための制度ですから」

「そうなんだ」


 そういう事なら許嫁がいなかったのは事実なのだろう。先ほどは大喜びしたが、後から思えば少し間があったのが怪しいし、もしかして誤魔化しているだけで許嫁がいたのでは? と少し疑う気持ちも出てきたので、はっきりして安心した。


「はい、ただ、全く同年齢ってそんなに多くないですし、魔力量も考慮して決められるので、一応私の相手として暫定で考えられている相手がいたんです」

「!? そ、そそそうなんだ。それで?」

「は、はい。えっと、本来なら私は成人まで相手を知らされないんですけど、ただ先に成人を迎えてるセリカ、あ、その年上の親族なんですけど、その人に打診してるのを聞いてしまって、それで知ったんです。ただ、その人、私の理想と違ったので、それで、家出をしてきたんです」

「そう、だったんだ」


 許嫁(仮)がいたことに一瞬動揺してしまったが、理想と違って家出した、と言うことなら気にすることはないだろう。正式に決まる前だったのだから、反故にしたと問題になることもないだろう。

 とほっとしたヴァイオレットだったが、すぐに気が付く。許嫁はあくまで仮のはずなのに、思っていた人と違うからと言って家出をするほどだろうか。他の人がいい、と言えば済むのでは? それがかなわないと言うことは、言っても変えてもらえない? 追いつめられて? と思ったが、そもそも同年齢が多くないと言っている。全然深刻な雰囲気でもなかったのだから、他の人も含めて理想の人がいないから出てきた、と言うことか。


 そういう事なら納得だ。結婚を間近に意識したことで、理想の相手を求めて家を出てきた、と言うことだ。

 なるほど、そして言うのが恥ずかしいと言うのもわかる。要はナディアは理想の結婚相手を探すために家を出てきたのだ。限界集落でもないのだから、婚活と言う概念があるのかわからないこの世界ではなかなかないだろう。


「じゃあ、それで私と出会って、こうなってくれたんだ。なんか、はは、照れると言うか。嬉しいな。なんだか運命を感じちゃうな」

「マスター、はい、私も、マスターは間違いなく私の運命の人だと思ってます!」

「ありがとう」


 間違いなく、と断言された。気恥ずかしいけど、だけどそれ以上に、嬉しい。運命何て大げさだし気障なちょっとした冗談の気持ちで言った。だけど大真面目にナディアが笑顔で言ってくれると、本当にそんな気になる。

 だってそれはいったい、どのくらいの確率なのだろう。ナディアのように、理想の結婚相手を探し始めたばかりの女の子と、そのまま出会えた。そしてナディアはヴァイオレットにとって理想そのものの少女で、何よりヴァイオレットの特異な事情も全て受け入れてくれるほどの器をもっていて、お互いに結婚したいとスムーズに思える関係になれた。

 これが運命ではなくて、何だと言うのか。奇跡と言ってもいいかもしれない。


「ナディア、ありがとう。私と出会ってくれて。こんなこと言ったらナディアのご家族に怒られてしまうかもしれないけど、出てきてくれて、ありがとう」

「マスター……いいえ、私こそ、ありがとうございます。マスターが生まれてきてくれて、そして私を好きになってくれて、幸せです」

「ふふ。大好きだよ」

「はい。私も大好きです」


 うっとりした顔で幸せだと言われると、愛おしい気持ちが溢れてきて当たり前のように告白していた。それに合わせて返してくれるナディアに抱きしめてしまいたくなるけれど、まだこれでじゃあ挨拶にいける、と言う訳ではない。まだ確認することはある。


「ありがとう。ところでエルフって、他の種族と結婚することってあるのかな? 私がナディアと結婚したいって言って、反対されたりはするのかな?」

「えー? えっと、そうですねぇ。……そう言えば、私の知ってる限り、エルフ同士以外でくっついている例がないですね」

「あー、そうなんだ」


 だとしたら、やはりいきなり行ってもいい顔をされないだろうか。と悲観的になるヴァイオレットに、ナディアはフォローするようにやや早口で続ける。


「はい。でも別に、他の種族とも交流はありますし、そんな人種差別的なことないですから、エルフ以外と結婚なんて、ってことはないと思いますけど。許嫁ではなくて恋人から結婚した人は知ってますけど、確かその二人は魔力総量少なくなるので、許嫁としては選ばれない組み合わせですけど、特に反対とかはされなかったみたいですし」

「ふーん? と言うことは、許嫁の場合は魔力が一定以上になるようにして、子供が生まれやすくするってことか。じゃあ、私は結構魔力があるほうだし、大丈夫そうかな?」

「はい。私もエルフの中では魔力が多い方なので、きっとたくさんできますし。そう言う組み合わせなら、むしろ歓迎してくれますよ」

「ならいいけど。でもとりあえず、ナディア的には帰ることにも問題とかないんだね」

「はい……あー、まぁ、ちょっと、こっちに来てから連絡してないので、ちょっと怒られるかも知れませんけど」

「え、そうなの? それはちょっとまずいね。私も手紙をかかせてもらうし、一緒に送ろうか」

「そうですね。それなら大丈夫だと思います」


 と言うか、ナディアの印象が悪いと自然とヴァイオレットの印象も悪くなる。何とか会いに行く前に手紙で丸く収めておきたい。


「帰ったら、あ、帰りにいい便箋買いに行こうか」

「そう言うのもあるんですか? いいですね」

「配達も時間がかかるし、直接行くまでにどのくらいやり取りできるか微妙かな」

「でもマスター、お仕事お忙しいのに、二か月以上もお仕事お休みして大丈夫なんですか?」

「うん、砂漠は通らないからね」


 とりあえず今後の予定については、詳細に話し合っておくことにした。


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