表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/105

食事

 家についた。特に問題はない。ナディアが美少女に過ぎるのでやや注目をあびたが、絡んでくるようなことはない。ヴァイオレットが住むのは王宮からほど近く、高級住宅地、の少しはずれたところだ。

 さすがに自宅で研究する研究員が普通の住宅地には住めない。きちんと対策したしっかり防備した家だが、まわりから少し離れたところになる。

 それでも、王宮から高級住宅地を経由しての家なので、基本的に柄の悪い人間は通らない。


「さあ、ここだよ」

「お、お邪魔します」


 それなりにお金をかけた家だし、最短距離で家に帰ると高級住宅地を通るのだ。回りに比べて小さすぎる家で惨めな気持ちになってもいやだ。なので一人で住むには大きい、それなりの邸宅だ。それでも、ここまでの豪邸に比べたらこじんまりした別荘クラスにはなるのだが。

 なので前置きもしておいたが、ナディアはとくに、え、こんな家!? みたいなリアクションはせずに、門扉をくぐって小さな庭をすぎて、玄関に入ってくれた。一安心だ。


「なれてくれたら、ただいまでいいからね」

「は、はい」

「あ、あと悪いんだけど、うちは土足禁止だから、ここで靴をぬいでね」

「はい。わかりました」


 掃除が面倒なので、玄関に靴箱をおいて、室内は土足禁止にしている。今後はナディアが掃除するわけだが、別に面倒を増やすこともない。

 ナディアはそれほど抵抗なく靴を脱いでくれた。たまに、足をだすのは恥ずかしいという人もいるのでよかった。一応そういう客人のために室内靴を数足用意はしているけれど、見た目としてはよくないので。


「じゃあ、とりあえず食事にしようか」

「はい。えっと、私はなにをすればいいですか?」

「うーん。というか、料理ってできるの?」

「簡単なものなら。魔石は持ち運びのしやすい非常食にあたるので、日常的には植物やお肉からとりますから、食べやすいようにだったり飽きがこないよう、切ったり、焼いたり、煮込んだりくらいはしたことがあります。調味料もたまにつかいますし」

「ふむ」


 思った以上に基本的な作業はできそうだ。だけど、したことがある、とか、たまにつかう、というのは大きな感覚の違いだ。生肉でも食べれるということだし、本当にバリエーションのためだけに調理をしているなら、エルフ以外の人種の味覚と同じかは甚だ疑問だ。

 まあ、包丁の使い方から教えなくていいのは助かるけど。


「とりあえず、台所の勝手もあるし、説明するから今は見ていてよ。荷物はそこにおいといて」

「はい」


 リュックはひとまず、リビング兼キッチンの隅においてもらい、手洗いうがいをして、ナディアにもしてもらう。あいにくとエプロンはない。それも買わないと、と脳内でメモをしながら、とりあえずサンドイッチをつくる。

 残っているのではそのくらいしかできない。ハムとチーズを挟んで、塩と胡椒をかける。ここでポイントだ。塩をかける前に、塩に魔力を注いでみる。これでも宮廷魔法使い。魔力操作くらいはわけもない。本来多数の魔力を保存するのに適しているわけではない塩でも、頑張れば詰め込めないこともない。もちろん入れた端から抜けていくのだが、ぎゅっと詰めて圧力をかけておけば、多少の時間稼ぎにはなるだろう。

 と言うわけで、即席だが魔力のこもった食事を作ってみた。これでいいのかわからないが、試してみないとどうにもならない。


「!」

「魔力って、こんな感じかな?」

「そ、そうですね。ちょっと、はじめて見るやり方なのでわかりませんけど、おいしそ、う、です」


 ヴァイオレットの問いかけに、ナディアは何故か視線を泳がせながらそう答える。不自然な文末の片言具合をみるに、実際にはまずそうに見えるのだろうか。だが、実際に食べなければ、ナディアも判定はできないだろう。

 とにかく食べさせてみよう。とヴァイオレットはそのまま食卓へ並べ、飲み物も用意して、手を洗わせてから食事にすることにした。驚くことに、エルフには手を洗う習慣がなかった。あまり調理に重きをおかないからだろうか。今後は家に出入りするときなど、徹底してもらうことにした。


「それじゃあ、食べようか。もちろん、まずかったら正直に言ってね? ここで遠慮したら、今後のあなたの食生活にかかわるんだから、いい?」

「は、はい」

「それじゃあ、いただきます」

「? い、いただきます」


 自宅なので、つい前世での食前文句を口にしてしまったヴァイオレットだったが、幸いナディアにとっては耳慣れない言葉も、エルフとそれ以外の種族の違いと思われたらしく、真似をしてくれた。

 

 しまった、と一瞬思ったヴァイオレットだったが、若干拙くてもその文句を他人の口から聞くのは久しぶりで、なんとなく嬉しい気持ちになったので、訂正はしないまま食事を始める。

 ヴァイオレットのマナー、と言うほどでもない普通の食事する姿を見ながら、慎重に真似るように、ナディアはゆっくりと口にした。


「っ!! す、う、ごい、お、美味しいです」

「え、そんな、無理しなくていいんだよ?」


 口にした途端、ぱっと空いている左手で口元を抑えて前屈みになって言われても、全く説得力がない。というか、そんなに口にあわないなんてことがあるのか。

 シンプルすぎるほどのサンドイッチだ。割りといいものを買っているし、絶賛はされないまでも、不味いなんてことは考えられないのだけど。実際にヴァイオレットも食べているが、砂糖と塩を間違ったなんてもことない。普通に美味しい。


「エルフだから口にあわないとかなら、無理されたほうが困るから、正直に言ってよ」

「い、いえ……本当に、美味しすぎて、怖いくらいです」

「え、どういうこと?」


 ナディアはその不審な態度とは裏腹に、口の中の物を普通に呑み込んだ。そして顔の下半分は隠したまま、上目遣いにヴァイオレットを見つめ返しながら、どう言おうかと躊躇いながら口を開く。


「えっと、その、マスターの魔力がその、新鮮で、すごく美味しくて、もう、他のもの、食べられなくなりそうで」

「あ、ああー……」


 言われた内容は理解できたヴァイオレットだったが、返答につまった。普段の食事の魔力濃度がわからないが、濃すぎた、ということだろうか。そのあたりは何も考えていなかった。濃すぎてまずいとならなかったのは幸いだが、同じ食事で口に合うのかと言う問題の答えになって、いるのだろうか。


「美味しいなら、よかったけど、うーん。えっと、料理の味は?」

「すみません、魔力が凄すぎて、もう、ほかの味とか、どうでもいいです……」


 どうでもいいとか言われた。それがエルフの特性なのだと言われたらそれまでだし、むしろ魔力さえあれば他の味付けはヴァイオレットの好み100%でいいと言うことなら、楽ではあるのだけど。


「そうなんだ。量とか、濃度とか、言ってくれたら、それに合わせるけど」

「うーん、と。その、一緒に食事するってことなら、やっぱり、量とか同じくらいがいいと思うんですけど、この濃度だと、一口でお腹いっぱいになりますね」

「そうなの?」

「はい。いえ、食べられますけど、あまり一気に、同じ魔力を摂取するのは、その、よくないといいますか」

「うーん。そうなんだ。じゃあ、調整が必要だね」


 今回適当にしたけれど、十二分に魔力がこもっていたと言うなら、この調味料に魔力を込める形式で問題ないだろう。後は時間でどれくらい抜けていくか、最初にどれくらい込めるべきか、保存容器の選定等を一つずつ確認していかなければいけないが、それほど手間ではない。と言うかむしろ、調べるとなるとわくわくしてくるヴァイオレット。今すぐ調べていきたい。未知なるものを調べるとなると、どうにも気がせいてしまうが、しかしここは我慢だ。

 さすがに、魔力さえあれば問題ない急がない食事の調整より、先にすることがある。


 ひとまず、食事を終える。本当にお腹がいっぱいになったようで、ナディアはお茶だけを飲んだ。お茶は魔力をいれていないので、純粋に味がわかったらしく、普通に美味しいと言ってくれた。

 残った分はまとめて食べた。もったいないので、普通だと思うが、ナディアは少し恥ずかしそうにしていた。食事と言う概念がかなり違うので、よくわからないが、可愛らしいのは間違いない。


 食事をするヴァイオレットをちらちら見る様は可愛い。眼福であった。


「で、ここが、えー、言いにくいんだけど、今日からあなたの部屋です、はい」


 そして部屋に案内する。一旦客間に通して、荷物を置いてもらった。客間は1階のリビングのすぐわきにある。予定しているナディアの部屋は2階の、空き部屋の中で一番階段側の部屋だ。倉庫代わりにしている部屋は複数あるが、まだ倉庫にはなっていない単なる空き部屋だ。しかし当然、使用していないので割合埃がたまっている。たまーに、窓をあけて風を通したりはしているのだけど、マメに掃除とまではいかない。

 2階の、ナディアと反対側のヴァイオレットの部屋しか殆ど使用していない。廊下も、階段をあがってからヴァイオレットの部屋の方はまだ綺麗だったが、他にはうっすら埃がつもっていた。


「ごめん、使ってない部屋なので」

「いえ、大丈夫です。その為に、私がいるわけですから」


 お掃除は得意です。と微笑んで言われた。頼もしい! 掃除は、嫌いとか苦手とかはなく、普通にできる。が、研究をするとどうしても億劫になりがちだ。元々、ヴァイオレットはあまりマメなタイプでもない。少しくらいの埃ならいいかとスルーしがちだ。だが、綺麗にこしたことはない。当然、綺麗な方が気持ちいいし、好きだ。


「よし、じゃあとりあえず、最低限必要なものから、買い物に行こう」

「買い物、ですか?」

「そう。荷物があるって言っても、旅装とかで、生活用品がそろっているわけじゃあないんでしょ? この家で生活するなら、必要なものはたくさんあるでしょ」

「そう、でしょうか?」


 首を傾げられた。遠慮しているとかではなく、普通にきょとんとしていて、本気で必要なものに思い当たらないようだ。


「……うーん、もしかしたらエルフ的には必要ではないのかも知れないけど、一般的、と言うとあれか。えっと、この国の文化的には、広く使われているもの、かな」


 ヴァイオレットは言い方に気を付けながらそう言った。こちらの文化形態の全てを押し付ける気はないし、エルフの文化を尊重するならそれはそれでいいと思う。でもそれも、こちらの生活を一通り知ってから選んでもいいはずだ。それに、エルフの集落でならともかく、この国ではこの国にあった生活をした方が、暮らしやすいようになっているはずだ。暑い国は暑いなりに、寒い国は寒いなりに、暮らしやすい文化になっているように。それが郷に入れば郷に従えということになるのだろう。

 そんなヴァイオレットの考えを分かったわけではないだろうけど、ナディアはそうですか、と軽くうなずいた。


「わかりました。よくわかりませんけど、じゃあ、マスターにお任せします」


 その様子に、これはもしかして示したことがこの国の手本みたいに思われるということで、責任重大だぞ、とヴァイオレットは思ったが、しかし、何故か気持ちは高ぶった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ