ナディアの部屋
ナディアの部屋に通されたヴァイオレット。
最初に案内した時は家具こそあれど空っぽの印象しかない部屋だった。だけど棚にはたくさんの物が並べられ、クローゼットが半開きで中に多くの服が入っているのが見える。シーツやカーテンの色も変わり、簡素ながらも女の子の部屋と言った感じで、とても可愛い。
「あ、へへ」
先に部屋に入ったナディアは、照れ笑いしながらクローゼットを閉めた。中を見られたのが恥ずかしかったのだろうか。可愛い。
「とりあえず、座って話しましょうよ」
「うん、ありがと」
ナディアがベッドに座ったので、その隣に座る。あんまりくっつくと、内容が内容だけに真面目な雰囲気をつくりにくい気がしたので、心持ち距離をあけておく。
「……えい」
「ん、な、ナディア」
だと言うのに、ナディアは可愛い掛け声をあげてぶつかる勢いでヴァイオレットの隣に座りなおした。なんなら一瞬のってたくらいだ。戸惑いの声をあげると、ナディアはむーと頬を膨らませた。
「なんですか? なにか文句でも?」
「文句はないけど、なんでちょっと怒ってるの?」
「だって、折角お部屋でお話しするのに、何で空けるんですか? せっかくくっついて座れるのに」
「ちょっと真面目な話がしたかったから。そんなに頬をふくらませて、可愛いけど、栗鼠みたいになっちゃうよ」
「もう。聞きたいことって何ですか? 私との将来設計とかですか?」
一度殊更眉を寄せて見せてから、にこっと微笑んでそう尋ねてくるナディア。将来設計って。まあだけど、そうと言えなくもない。
「それにかかわるけど、あのね、真面目に聞くんだけど、さっき魔力送った時ぴりぴりして痛いくらいだって言ったでしょ?」
「んん? 痛いとか言いましたっけ? 強いとは言いましたけど」
「ああ、そうだっけ。でも似た感じでしょ? でもあれ、全然本気で送ってないし、吸収しにくい手であれなら、その、いずれはね? いずれは子供をってなった時に、繊細な口内で受けてナディアの体は大丈夫なのかなって、心配になって。もちろん子供は欲しいけど、無理してほしいとかじゃないから」
「えー、うーん。まぁ、正直ちょっと、私も強すぎてちょっとびっくりしちゃったところはあります。でもそれは、言ったら私まだ未成年ですし、マスターの魔力が人より強いから特にそう感じちゃっただけだと思います」
ヴァイオレットの真剣な問いかけに、ナディアは赤くなるでもなく淡々とそう答えた。
その対応にほっとしながら、ヴァイオレットはそうか、と納得する。まだ未成年か……。この間も本人の口から聞いたけれど、今の会話の流れで聞くと、未成年となんて会話してるんだろうと言う気になってくる。
慌てる気はないとか言いながら、こんな実際に子供作るとき大丈夫か心配するとか、割と真剣な家族計画だ。
「……ちなみに、ナディアっていくつで成人するんだっけ?」
「あれ、言いませんでしたっけ。来年が成人の30歳の誕生日です」
「そっか」
30歳と聞くと全然犯罪じゃない気がしてきた。外見は成人前でも違和感ないけど、とにかくそれは置いといて、来年成人と言うならまぁ? そんなに別に、こういう話をしても駄目ってことはないだろう。
なんせ合法的に来年には子供をつくってもいいのだから。……いや、やっぱこの外見のナディアにとか犯罪臭がする。そもそもその他の種族も含めて合法年齢が前世の世界の基準より低いのでヴァイオレットには違和感があったのだけど、それはこの世界のルールなのだからと受け入れていた。しかしいざ自分がなるといけないことをしている気になる。
「? どうかしました?」
「いや、まぁ、でも、そういう事なら、少しずつならしていったほうがいいかな、と思って。来年なら、成人したから今よりすごく変化してるってこともなさそうだし」
「ん……まぁ、そうですね……な、ならすって、あの、わ、私に魔力を、今日みたいに送ってってことですよね」
「え、う、うん……もちろん無理強いはしないし、強くし過ぎないよう気を付けるよ」
「別に少しくらい……まぁ、えっと、そういう事なら、い、いいですよ」
頭では拒否されないだろうとわかってした提案だけど、ナディアの口から、いいですよ、と許可されると、どうしようもなく高ぶった。
すごく真面目に大事な、将来にかかわる話だ。だけど同時に性的で卑猥な話だ。どうしたって下心が芽を出すに決まっている。
「じゃ、じゃあ、うん。明日からも、手先に少しずつ送っていくよ」
「は、はい……、あの、手が好きなんですか?」
「え、いや、心臓とか脳ミソから遠い方が刺激が薄そうだと思って。手以外でもいいなら、私はしたいけど」
「う、い……いいって言うか、あの、駄目ってことはないですけど。その……や、優しくお願いします」
「……うん、約束するよ。じゃあ、そろそろお暇するね」
「え? もうですか? 用事が終わったなら、じゃあ、もっと、別に大事なことじゃなくてもお話ししましょうよ」
きょとんとして立ち上がったヴァイオレットの袖口をひいて引き留めるナディアだけど、本当に少しは自覚してほしい。
そう、自分がどれだけ美少女なのかを……!!
こんなに可愛い恋人に、恥じらいながら手以外にもキスしていいけど優しくしてねとか言われたら、そんなのめちゃくちゃしたくなるに決まっている。むしろこの場で我慢して立ち去ると言う選択肢をとれただけ理性を褒めてほしい。
「あ、あのね、ナディア」
「はい?」
「ナディアはとても可愛い」
「え? は、はい、ありがとうございます。ふふ」
袖口のナディアの手をとって、そっと手を繋ぎながら言うとナディアは嬉しそうに微笑む。もう何度も言っているから、これくらいで慌てたりはしない。
だけど普通に好意をそのまま受け入れてくれていると言うのが、何だか自然に傍にいる感じで嬉しい。だけど微笑ましいで終われない。
「そしてお風呂上りでふわふわの髪がしっとりといるのも、とても色っぽくて綺麗だよ」
「え、えぇ……ど、どうしたんですか? そう言うの、嬉しいですけど、真剣な顔で言われちゃうと、ドキドキしちゃいますよ」
ぎゅうと強く手を握り返しながらナディアはそう少し照れてにっと口角をあげる。可愛い。
「うん、私もずっと、ドキドキしてるんだ。だから、今はちょっと、我慢できなくなってしまうから。今日はこれで戻るよ」
「ん、んん。そ、それは、そのぉ。ちょ、ちょっとくらいなら、我慢しなくてもいいかな? なんて!」
「ああもうだからそう言うところが可愛すぎてもう犯罪!」
「ま、マスター……」
たまらずそのまま手を引いて引き寄せて抱きしめてしまう。握り合った手は自然と恋人つなぎになり、ヴァイオレットの片手が腰に回っているのに合わせて、おずおずとナディアも手を回してくる。
「はー、もう、ナディア何でこんないい匂いするの?」
「に、匂いって。ちょ、変なこと言わないでくださいっ。もうっ。マスターの変態」
そう言いながら全然離れなくてむしろぎゅっと抱き着く力強くするの可愛すぎない?
はー、つら。一周回ってつら。最初にえっちとか言って拒否ったくせに、本番じゃなきゃ全面的に受け入れる姿勢とか生殺しか。
いやそもそもヴァイオレットに性器とかないし性欲ないと思って過ごしてきたし今まで実際全然そんなことなかったのに、ナディアに対して欲望抱きすぎな気がする。自分の体には何もないのに、ナディアには触れたくなって色んな反応を見たくなってしまう。
「ごめんね。でもこういう気持ち、ナディアが初めてで、正直ちょっと持て余してる」
「それは私も……と言うかそれって当たり前ですよ。心から好きで、子供をつくりたい相手にしかそんな風に思わないに決まってますから、私だって初めてですし」
「うん……うん? んん? えーっと、それってもしかして、生物的に、子供をつくりたいと思う相手にしか性的欲求は持たないってこと?」
「え、はい。って言うかそう言う風に言われると逆になんか生々しいです。そんなの当たり前じゃないですか。マスターがすでに一回結婚してるとかならまだしも。子供を持ちたくない状態でそんな気になる方がおかしいでしょう?」
「……」
ナディアの物言いに少しだけ引っかかるものがあったので、念のため確認したつもりが、純粋な瞳で断言された。
これはナディアがめちゃくちゃ純粋だからそう言っているのか、種族的特性なのか、それともこの世界全体の話なのか、判断に迷う。
この世界全体の話だとすれば、たとえ魂が違ってもこの世界で生まれた肉体のヴァイオレットが自分はともかく相手には子供を産ませられる能力があり不能状態ではないのだから、同じ理屈であってもおかしくない。すなわち子供を産みたい相手を見つけた時に、その相手に対してのみ発情状態になる、と言うことだ。
ヴァイオレットの今の状態には、確かに説明がつく。しかしいまいち納得しかねる。生物学的な話になって好奇心が性欲を上回って冷静になったので、ヴァイオレットは抱きしめるのをやめる。
ナディアもそれを察して手を離して、ベッドに座って隣をぽんぽん叩いた。促されるまま座って尋ねる。
「でもそれだと、出生率めちゃくちゃ少なくない?」
「え? 何でですか?」
「え、いや、両想いじゃないと子供出来ないってことだよね?」
「そんなの当たり前じゃないですか」
「あー、そうなんだけど、例えば政略結婚とか、お見合いとか、そう言うのないの?」
「ありますけど、他に好きな人がいないなら普通に結婚してから仲良くなれば大丈夫ですよ」
「結婚してから恋愛関係になればってことだよね? でもそれだとタイプじゃないとか困ることもない?」
「そんなこと言われても困りますけど、でも恋愛関係じゃなくても一応子供はできますよ。エルフは普通に決められること多いですし。一緒に居て情がわいて子供が欲しいなと思えば、子供ができるようになりますし」
「そう言うシステムなのか。じゃあご……片方だけが子供を欲しいと思ってもできないってことだね」
「? それは当たり前すぎません? だって片思い状態でキスするわけないんですから」
「そうだよねっ」
危ない。危なすぎる。普通に強姦では子供ができないのか、とか聞きそうになった。一応結婚しても片方しかその気にならなくて強引に、と言うのもあり得ると思うが、そんな発想もないナディアに強姦とか言う単語を口にすることすら犯罪過ぎる。
と言うかそうか。子供が欲しいと思う相手にしか、と言うことはこの世界には快楽のみを目的とする風俗もないのか。全く縁遠いので考えたこともなかった。
しかし、相手がその気にならないと子供ができないとわかりきっている以上、強引にすると言うこともないのだろうか。しかしそれは聞けるわけないし、多分知らないだろう。
この、子供をつくりたいと思わないと性欲がわかなくて、両方が子供をつくろうと思っていないと子供ができないシステムが事実なら、やっぱりヴァイオレットの感覚で言えば出生率が低そうな気がする。
作ろうと思わなければできないなら、選択的に子供を産まないと選ぶのが容易ということだ。予定外の出産がなく、金銭に余裕がないから産まないが100%適応されるのだから、人類発展における爆発的人口増加がなさそうな気がする。元の世界では生まれるだけ生まれていたので、食糧事情や医療の発展で死亡数が減るだけで人口が劇的に増えたりしてきていたはずだ。だけど、それこそこの世界がそれで成り立っていると言うならそれで回っているのだろう。
それが当たり前で、みんな好きな人ができれば子供が欲しいと思うのが当たり前の価値観、と言うか本能で生きているのだろう。それを考えれば子供をつくるのに性別も種族も関係ないと言うのも、効率をずいぶん助けているのかもしれない。
とりあえず、頭は冷えた。それにヴァイオレットの自身の変化にも説明がつくので、多少自制できそうだ。
「それで、もう納得できました?」
「うん、ありがとう」
「いえ、と言うかほんとに、前の世界がどういうものなのか全然わからないですね。マスターの反応をみるに、好きじゃなくてもエッチな気分になったり、子供ができるってことですよね。変すぎですよ。好き合ってないのに子供ができたらどうやって子供を育てるんですか?」
「えー、まぁ、基本的な構造として、子供はできるってだけで、ちゃんと好き合って結婚して子供をつくって育てるって言うのは同じだよ。うん。安心して」
少なくともヴァイオレットの魂が生きた時代はそうだった。過去とか知らない。
ヴァイオレットのフォローに、だけどナディアはふーん、とあまり興味なさそうな相槌をうつ。
「ちなみになんですけど、前の世界ではマスター結婚したり、子供がいたりしたんですか?」
「いや、ないよ。そんな年齢でもなかったし。成人は一応していたけど。まぁ、昔のことはいいじゃない」
「あれ。怪しいですね。隠してます?」
「隠してると言うか、だいぶ前の話だし、魂がこちらに来るにあたって欠落した記憶も多いからね」
「あ、そうなんですか? え、じゃあ……すみません、なんでもないです。えっと、じゃあ、これからいっぱい思い出をつくりましょうね!」
何かを察したらしい。欠落したから気楽な部分もあるし、単なる時間経過で忘れたことも多い。すでにこちらで過ごした時間の方がはるかに長いわけだから、別に気にしてはいない。
だけど思い出しても仕方ないことも多いので、あまり個人に関わることは語りたくはない。それに、そう言ってくれるのが何より嬉しい。
「うん、ありがとう、ナディア。愛してるよ」
「ん、ふふ。私も、愛してますよ」
そっと手を握って、魔力は送らずに手の甲にキスをした。
これだけで満たされる。そんな相手に巡り合えたのだ。未練なんてない。ヴァイオレットは幸せだ。




