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長かった一日

 こうして改めてこの世界の常識をまたひとつ知ったところで、ヴァイオレットはちらりと時計を見る。さすがにずいぶん夜も更けてきた。


「そろそろ、遅いし寝ようか」

「はい……名残惜しいですけど、明日もお仕事ですもんね」

「うん、そうだね。頑張るよ」


 ナディアの言葉に、今日も一日何もしていないのでさすがに明日こそ真面目に仕事をしなければ、と言う焦りがヴァイオレットに生まれる。

 今のところペースに余裕はあるし、今まで考査で一度も落としたことはないので、一度くらい全くサボっても首にならない程度には実績があるが、信用がなくなっては一大事だ。元々熱中できるやりがいのある仕事なのはもちろん、ナディアと言う可愛い奥さん(予定)がいるのに仕事をおろそかにするわけにはいかない。


 急に下心が消えて蕩けそうなにやけ顔から、きりっとした顔になったヴァイオレットに、疑問に思うではなく素直にきゅんとしたナディアは見とれて両手を自身の頬に添えてにやけるのを誤魔化す。


「マスター、真面目な顔、やっぱカッコイイですね」

「え、えへへ、そう? ありがとう。ナディアは可愛いね」

「ふふ。そうやって笑顔のマスターは可愛いです」

「えぇ、もう。嬉しいけど、もう寝るのにそんなに褒められると、どきどきして目がさえちゃうよ。さ、今度こそ寝よう」

「はい」


 ナディアの背中を軽く押して促す。少し強引かも知れないけど、こうでもしないと、いつまでもナディアと離れられなくなってしまう。けじめはつけないといけない。

 ナディアもそれはわかっているのか素直に部屋をでて、ドアノブを握るヴァイオレットを振り向く。


「……マスター、何だか色々、たくさんお話しして、まだ私、よくわかってないこともありますけど、マスターのこと、大好きですよ」

「ん、私もだよ、ナディア。何度も言っているけど、大好き」


 唐突な告白に照れつつ、さすがに口からすきの言葉がでるのにも慣れてきた。ヴァイオレットも笑顔で返す。するとふいに、ナディアはくすくすと笑いだした。


「ふふ、もう、マスターって本当に、当たり前のことを知らないんですね」

「え、なにを?」


 今のやり取りに、何か抜けがあっただろうか。全く分からずきょとんとするヴァイオレットに、ナディアは楽しそうに教えてくれる。


「大好きって気持ちは、何度言ってもいいんですよ」


 その笑顔の可愛さと言ったら。ちょっぴり得意げで照れくささも混じった、瑞々しい少女の魅力がぎゅっと詰まった笑顔に、ヴァイオレットは息がつまるほどの可愛さにそっと自分の胸を押さえた。

 そのままベッドに飛び込んでごろごろしたいほどの可愛さだったけど、さすがに変に思われてしまうのでぐっと我慢する。


「そ……そっか、教えてくれてありがとう、ナディア。大好きだよ。ねぇ、最後に、ちょっとだけ、抱きしめてもいい?」

「え、な、なんですか、急に」


 奇行は我慢するけど、思いは抑えられないのでお願いしてみた。ナディアはぱちくりと瞬きしながらもぽっと暗がりでもわかるくらい赤くなる。


「少しだけ。抱きしめたくなったんだ」

「い……いいですけど、えっちなのは駄目ですからね」

「わかってる。無理強いはしないよ」


 そう応えると何故かナディアは少し不満そうに唇を尖らせた。あれ、もしかしてこれ押したらいける? と思ったけど自重して、そっと気づかないふりして抱きしめる。

 正面から腰に手を回して抱き寄せると、ナディアも素直にヴァイオレットの背中に手を回した。


 ほわっとナディアのいい匂いと、柔らかさ、その温度。さっきも感じたけど、落ち着いた状態で優しく抱きしめるとますます感触がありありと伝わってきて、とてもドキドキする。

 そして同時に、ああ、本当に普通に抱きしめ合えるような関係になれたのだと実感する。ナディアが徐々に力を強くしてくる。


 その痛みは、むしろそれだけナディアに求められていて、力加減もできないほどだと思うととても愛おしい。ナディアもまたこの状況にときめいているのだろう。

 同じ思いを共有していると思うと、とても愛しい。


 少し力を緩めると、ナディアも合わせて緩めてくれたので顔を合わせる。すぐ近く、お互いの吐息が聞こえそうな距離だ。吸い込まれそうな美しさ。これが今日から、毎日誰よりもヴァイオレットの傍にいてくれるのだ。それはなんて贅沢な幸せなのだろうか。


「大好きだよ、ナディア。これからも、末永くよろしくね」

「はいっ。こちらこそ……ふつつかものですが、よろしくお願いします」


 たまらなくなって、ヴァイオレットは一度ぎゅうっとナディアを強く抱きしめてから、ぱっと離した。

 これ以上このテンションのまま抱き合っていると、また間違いそうだ。ナディアもわかっているのか、そのまま一歩引いて微笑む。


「ふふ、マスター、大好きです」

「うん、私も。じゃあ、今度こそ寝ようか。ごめんね、引き留めて」

「ふふ、そんなのいいに決まってるじゃないですか。じゃあ、大好きなマスター、おやすみなさい、いい夢を」

「おやすみ、大好きなナディア、いい夢を」


 そうして、とっても可愛い素敵な世界の真理を教えてくれたナディアは、少し進んでは振り向いて手を振り、少し進んでは振り向きを繰り返して、自身の部屋からに顔を出して手をふってから、ようやく自室に引っ込んだ。

 それをもうしばらく見守ってから、ヴァイオレットも自室に戻った。


「ふぅ……」


 ベッドに座ると、体にたまっていた力が一気に抜けていくようだ。

 ナディアの可愛さに浮かれてと言うのもあるだろうけど、未知の真実への驚愕等も含めて、体が緊張していたらしい。


「……」


 ナディアの姿が、笑顔が、抱きしめたその体温が、重なるように勝手に脳内から出てきてヴァイオレットは口元がにやけてくるのを自覚するが、どうしようもない。

 たまらなくなってそのままベッドに寝転がり、両手で顔を覆う。別に隠す必要はないのだけど、行き場のない感情が無駄にヴァイオレットの体を動かす。じたばたと両足を上げたり下げたりして意味もなく地団太を踏んでしまう。


「っーーー」


 色々あったけど、総合してナディア可愛いしか出てこない。

 こんなに可愛いナディアがヴァイオレットの恋人で、様々な問題も全部受け入れてくれて信じてくれて最高すぎる。こんなに都合よく物事がはこんでいいのか。夢のようだ。


「……いて」


 なんだか本当に不安になってきたので、おそるおそる自分の頬をつねってみると普通に痛かった。

 声を出してから、べた過ぎて恥ずかしくなったヴァイオレットは、部屋の明かりを消して就寝準備をしてベッドにはいった。


 天井を見つめているのに、脳裏に浮かぶのはナディアのことばかりだ。

 傍にいないのに、脈拍も早くなってきた。だって考えれば考えるほど、幸せな気持ちになる。今日の朝目覚めた時には予想もしていなかった。


 ナディアが自分を好きなことはもちろん、ヴァイオレットの前世のことを話すことになるなんて。改めて、ルロイにはお礼を言わないといけない。お礼を言っても言い足りない。

 もちろん一番は、ナディアに好きになってくれてありがとうと言う気持ちだけど、それとこれとは別だ。ルロイと言うキューピッド役がいてくれなくては、出会うことも、出会ったとしてこうしてすんなりと付き合う流れになれるとも思えない。


「……はぁ」


 ルロイのことを考えて少し冷静になったはずなのに、またすぐにナディアが浮かんでくる。

 さっきはドキドキしすぎて細かいところまで意識を配れなかったけれど、今思うと、色々とやってしまった気がしてきた。ナディアが可愛すぎてだいぶ言葉につまったりしどろもどろになっていたし、そもそもただのキスだとしてもがっつきすぎなのに、性行為だったなんて。


 もちろんそれで恥じらっているナディアはとても可愛かったし、相互理解を深められたのも大きい。これで時間をおいて恋人を堪能してからのキスで、ナディアが普通に子供をつくる時期と思って受け入れられていたら、誤解がとけないまま子供ができてしまった可能性もなくはない。

 そうなったとして悔いは絶対にないだろうけど、驚きすぎて変な対応になって、ナディアからしたら無責任! と思われてこじれたら大変だ。今知れたのはよかっただろう。


 だけど性急に進めようとしたのは百パーセント下心だったからで、今までが今までの清く正しい独り身生活だっただけに、そんながっつき丸出しな自分が恥ずかしい。


「……っ」


 それに、ナディアのあの抱き寄せた感触や、ほのかに香った石鹸と甘さの混じったナディアの匂い、赤くなった戸惑いの艶のある表情や、うるんで淡い光がゆらいでいるあの瞳。それらを思い出すとどうしようもなく、今すぐ力いっぱい抱きしめてキスしたいと言う欲求が出てしまう。

 頭では今すぐにはできないとわかっているのに、心の中でキスのハードルが貞操観念とまでいかず低いからか、欲望がとめどなく沸いてきてしまう。


 ヴァイオレットは頭をふって、欲望を振り払うように、無理やり眠りについた。とにかく今日は長すぎた。早く眠って、明日こそ仕事だ。

 こうしてヴァイオレットの人生を一変する、長い一日は、ようやく終わった。


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[気になる点] 急に下心が消えて蕩けそうなにやけ顔から、きりっとした顔になったヴァイオレットに、疑問に思うではなく素直にきゅんとしたナディアは見とれて両手を自身の頬に添えてにやけるのを誤魔化す。 に…
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