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背中を流しますか? Y/N

 ナディアと存分にあーんしあった。食器類を用いているので、指先が唇に触れるなんて言うハプニングは起こせないけど、恋人になってからの戯れだと思うと、妙にどきどきしてしまう。

 昨日までも風邪と言う名目でさんざん食べさせてもらっていたので、スープもなんなくあーんしてもらえた。ヴァイオレットがするほうがこぼさないか心配だったけれど、量を少なくすれば問題なかった。むしろ長く楽しめたので最高だった。


 全部食べ終わってから、冷静になると少し恥ずかしくなったけれど、どうせ誰もいない自宅で二人っきりなのだから、構わないだろう。

 と開き直ってからヴァイオレットは気が付いた。


 これ、もしかして同棲……!? え、ちょっと、いくらなんでも展開が早すぎる。いや、最初からだけども。まずい。いくら恋人とはいえ、未成年なのだから、あまりそんな一足飛びには、ねぇ? いやそんな、下心で好きとか言ってるわけじゃないし。もうこう、純粋に、ただただナディアが愛おしいからであって、そんな。

 などと脳内で誰にともなく言い訳をするヴァイオレットだったが、正直に言えば、下心がないとは言えない。


 ふとした瞬間に見とれてしまうことは多々あった。それは恋だと自覚する前からだ。それ自体はナディアがあまりに完成された美しさをもつ美少女なので仕方ないとは思うヴァイオレットだが、それを実行するかは別の話である。

 今までは絶対にありえなかったが、しかし恋人になった以上、もしやその下心が実現してしまってもいいのでは? などと理性が緩んでしまう可能性もあるのではないか、とヴァイオレットは危惧していた。なので脳内で過剰に言い訳して自身に言い聞かせているのだが、特に効果はない。


「マスター? どうかしました?」

「な、なんでもないよ」


 食事の片付けまで、全てナディアがしてくれた。これが仕事だ、何ていいながらも、今日は特別ですとも言う可愛いナディアの後姿を見ているだけで幸せな気持ちになるのだけど、同時によこしまにもなってしまった。

 ヴァイオレットはそんな気持ちを誤魔化すように意味もなく机上の両手で机をたたいた。


「お風呂もそろそろだろうし、見てくるよ」

「お願いしまーす」


 お風呂はヴァイオレットがこだわって魔道具を特注したので、普通の家庭では考えられないくらいには楽だ。とは言え、ボタン一つでちょうどいい温度で沸かしてくれて保温してくれるとまではいかない。

 まず一つ目の魔法具で水を浴場へ送り、二つ目の魔法具であたためる形だ。どちらもヴァイオレットが週一で魔力をこめるので日々使えるが、そうでなければランニングコストがかかりすぎる逸品だ。

 水を送る方は、一定量で自動的にとまるのだけど、その後使う熱の方が一定温度でとめると言うのが難しい。なので普通に自分で温度を確認して止める必要がある。


 ヴァイオレットは浴室に移動して、指先を湯船に入れて温度を確認する。少し熱すぎるくらいだ。十分な温度であることを確認して、魔法具をとめてキッチンに戻る。


「大丈夫だったよ」

「ありがとうございます。じゃあ、いい時にどうぞ」

「うん、ありがとう……」


 お風呂か、とヴァイオレットは心の中でつぶやきながら、回想する。

 最初、ヴァイオレットがこの家に来た当初、ヴァイオレットはナディアとお風呂に入ったり裸の付き合いもありかとか考えていた。一方的にまじまじと見られるならともかく、軽く隠しながら入れば胸のことはそこまで気にならないし、そもそも家族になるんだしと浮かれて軽く考えていた。


 でも親しくなって好きになるほどに、変に思われたらと思って先日の風邪の時も断った。今となってはまた別だけど、しかし、本当、あの頃に変なこと言わなくてよかった。

 女同士でもありな世界で、下手なことを言っていたら完全にセクハラ。下心ありありでナディアを誘ったことになってしまう。いやほんとうに、最初からめちゃくちゃ可愛い子だと思ってはいたけど、下心満載ではなかったから。


「ん? なんです、マスター。背中でも流してほしいんですか?」

「うえっ、な、何言ってるの。違うって、そんなんじゃないって」

「え、何ですかその反応。怪しいんですけど」


 ぼんやりナディアを見ながら手持無沙汰でとりあえず席につくヴァイオレットに、ナディアが悪戯っぽく問いかけてきたのに、一緒に入りたいと言う願望も0ではないのでヴァイオレットは動揺しながら否定する形になってしまった。

 逆にナディアからジト目をいただいてしまった。そんな顔も可愛いけど、心臓に悪い。


「う、いや。そ、そんな、そんなあれではないよ。ただ、うん。私、体もちょっと変わってるからね。それだけ」

「ん? あー? 子供ができないだけじゃなくて、見た目にも違いがあるんですか?」

「うん……ん? え、どうなんだろう。よく考えたら、私他の人の裸見たことないから」


 ヴァイオレットが以前にいた世界と照らし合わせて乳首がない、などと恥じらっていたが、そもそもこの世界の人間に乳首があるのか。ヴァイオレットは改めて思い返してみるが、記憶にない。


 そう言えばそもそも、この世界は服装からしてあまり露出のない服装ばかりだ。確か水遊びの時でさえ男も半裸になったりしなかった。水遊びの際に服を絞るのにお臍辺りが出るだけで人目を気にしろと言われて友人たちに目をそらして注意されてから、ヴァイオレットも気を付けていたけれど。

 改めて言われるとそれが自然なので他の人の体をあえて見たことはない。そもそも繁殖さえ異なる生命体なのだから、シルエットが同じだからと言って中身が同じとは限らない。実際肌の下の臓器構造は異なっているのだから、実は乳房が複乳だとか、トイレも全て同じ穴から出しているとかそう言った違いがあっても不思議ではない。


 一応、他の動物類には乳首の存在を確認したことがあるし、人間も授乳をしていることは間違いないらしいので、乳首はあるだろうけど。もし排泄行為を口で行っているとかだったらちょっと、ナディアのことは大好きだけど、口づけるのはちょっと。でもこれ、いくら説明したからってどうやってトイレするのとか完全にセクハラ質問だし。


「そうなんですか……あの、もしかして、マスターって今まで他の人とお付き合いとかされてない感じですか?」


 考え始めて嫌な発想になってしまって悩みだすヴァイオレットに、ナディアが相槌をうちながら、伺うようにヴァイオレットに尋ねた。


「え、うん。そうだけど。え、ナディアはあるの?」

「いえ! ありません!」


 答えてからまさか、と思って聞いたけど、全力で否定された。それはいいのだけど、これまたいい笑顔をしている。

 だけどいないのはよかった。ナディアの見た目では違和感だけど、年齢的には付き合ったことがあってもおかしくはない。ヴァイオレットはほっと胸をなでおろした。


「そう。ならよかった。あ、ごめん、よかったって言うのは変な意味じゃなくて。その。ナディアのことが好きすぎて、昔のことだとしても、恋人がいたとしたら嫉妬してしまいそうだから」


 そして慌ててフォローする。付き合ったことがなくてよかった、は本音ではあるけど、侮辱に思うこともあるかもしれない。ヴァイオレットのように意識的にも遠ざけて、恋愛とは無縁と開き直っているのでなければ、恋愛経験がないと言うのは恥ずかしがることではなくても、声高に主張したい内容ではないだろう。

 だけど幸いにもナディアは気を悪くしたようではなく、むしろますますにやにやしだした。


「ふふふ、もー。マスタったら。私のこと好きすぎじゃないですかぁ? 恋人なんていませんよ。いたらこうしてここにいませんし」

「ん? それはどういう? もしかして、故郷を出てきたのと関係あるの?」

「んん! なんでもないです! 全然関係ありません!」

「え、あ、い、言いたくないなら無理に聞かないけど」


 強めに否定されたので、関係あります、と言っているようなものだ。だけど無理強いするつもりはない。事情は人それぞれだ。もちろん、ナディアから言うならいくらでも聞くし、それでヴァイオレットの助けが必要だと言うならなんでもしよう。

 だけど言いたくない、大丈夫だとナディアが言うなら聞かない。今すぐ問題があるのではないのだから、ナディアに任せたい。


 だからそう言ったのだけど、片付けを終わらせたナディアはもじもじしながら、またヴァイオレットの隣に座った。そしてヴァイオレットの右太ももをつん、とつついた。


「言いたくないとか、そんなんじゃありませんけどぉ……。恥ずかしいので、また今度で」

「あぁ、うん。わかった。待つよ」

「んふふ。まぁ、そんな大したことではないんですけどね。それでどうします?」

「ん、なにが?」

「お風呂。本当に、背中くらい流しますよ? 村でも別に、親の背中を洗ってあげるくらいありますし」


 本人が言うには、エルフはお湯をわかしてお風呂、と言う習慣はないが、水浴びは毎日ではないがするし、家族では普通に背中を洗うくらいするらしい。さすがに一緒に裸にはならないらしいが、いや、ヴァイオレットとしてはその方が恥ずかしい。

 しかし、子供が親の背中を洗ってあげる、と言うのは微笑ましいけど、すごい平然としている。もしかして、幼い頃だけではなく年齢に関係ない慣習なのだろうか。


「えっと、親の背中って、最近でも洗ってたの?」

「そうですね。別に。普通に。両親どちらとも仲はよかったですから」

「え、両親? 父親とも一緒に入浴してたの!?」

「え? 父親って、まぁ、父親にあたる存在ではありますけど。あれ。もしかしてマスター、知りません?」

「え、なにを?」

「エルフは性別ありませんけど。あー、でも、多分他の種族の女と変わらないと思いますけど」

「んん!? あっ……」


 ナディアの首を傾げてされた説明に驚いたヴァイオレットだったけど、言われてルロイとのやり取りを思い出した。

 ナディアと女同士だし、と言った時に、女ではないだろ、と言われたのだった。その後読ませてもらった論文の女同士でも子供ができると言う内容に頭がいっぱいになっていた。

 だってどう見てもナディアは少女だ。華奢だし、控えめだけど胸元も膨らんでいるし、スカートを違和感なく着こなしている。


 だけど、女ではなくて、でも女と変わらない。ルロイはこうも言っていた。男を退化と認識している、と。歴史上の進化、退化の流れはどうでもいい。そうではなくて、現在進行形で男の存在を退化、とみなしていると言うことは、つまりエルフは退化前、性分化が起こる前の存在と言うことなのではないか。

 そして性分化が起こる前の人類は、女性体そのままである、と。そう考えれば、女ではあるけど女ではないというのもわかる。


 女、と言う概念は男がいなければ生まれない。二つに分かれたからそれぞれに名前があるのだ。男のない状態なら、外見が女に見えたとしてもそれは女ではなく、産むことも産ませることもできるいわば両性、または無性の状態だ。


 結論を出したヴァイオレットは、きょとんとしているナディアに問いかける。


「ナディア、エルフはみんな女、と言ったらあれか。えっと、ナディアと同じ性別ってことなんだね」

「そうです。知らなかったんですか?」

「うん。ごめん、無知で。こういう、基本的なことほど、見落としているみたい」

「いいえ。むしろ、物知りなマスターに物を教えるのって、何だか嬉しいです。さっきも言いましたけど、私でわかることならなんでも教えてあげますからね。遠慮なくなーんでも聞いてくださいよ」


 今日は一日、予想外のことだらけだ。本当に、今まで何を学んできていたのか、自分でもがっかりしてしまう。足元をおろそかにして、遠くばかりを見ていたようなものだ。

 だけどナディアが嬉しそうにそんな風に言ってくれるので、ヴァイオレットも前向きに考えることができた。


 確かに今までは前世の知識の偏見で持って、いい加減にしていたところがあった。でもそのおかげで仕事にもつながっているのだ。

 わからないことは、少し遅くなったけどこれから知ればいい。ヴァイオレットには、それを喜んで教えてくれる可愛い先生がいるのだから。


「ありがとう。こんな私だけど、改めてこれからよろしくね、ナディア」

「はいっ、マスター」


 輝く笑顔のナディアと握手をして、握り合う手で気持ちを確かめ合ってから、冷めないうちにお風呂に入った。もちろん、背中を流すのは遠慮した。


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