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ナディアの自重

 ルイズを見送り、さっそくヴァイオレットの元に戻る。もう食べ終わっているだろう。眠っているならいいけど、起きているなら一度着替えてもらおうか。体を拭いたほうがいいかもしれない。

 そんな風に考えながら戻ると、ちょうど着替えようとしていたところだった。


 ベッドから出て立っていた姿を見て、思わず慌てて注意してしまったけれど、本人はけろっとしているので、そこまで神経質にならなくてもよかったのかもしれない。反省しつつ、でもこんなにナディアが気をもんでいるのに、無理するなんてやめてほしい。

 とにかく、ヴァイオレットをベッドに戻して、水とタオルを用意して体を拭こうとすると、まさかの拒否された。


「……ルイズさんから、そうしてあげるって、聞きました」


 いくら長い付き合いだと言ったって、ルイズはただの友人だろうに、友人に許して家族にと請う相手に許さないなんて、それはどうなの? 怒っていいところ?

 と不満を言ってしまいそうなところを、ぐっと我慢して淡々と尋ねる。しかしヴァイオレットは普通に否定した。


 聞き返すと、返事は恥ずかしいから、とのこと。そう言うことなら、誰にもさせていないというならわからないでもない。

 いやだけども、むしろ、他の人には駄目でもナディアにはいいよと言うところではないのか?


 とさらに突っ込むと、ナディアの方が恥ずかしいとか言われた。

 しかも恥じらいげに目を伏せ気味に言われた。か、可愛い。と動揺したけれど、でも、家族にって言ったのはヴァイオレットだ。

 家族になれば、いずれは肌を見せることになるはずだ。と言うか、無理強いすることはないけど、体調悪いなら少しでも手伝いたいし、恥じらうヴァイオレットが可愛いので見てみたい気もする。それに、ここまで言ったら引くに引けない。

 なのでもう少しだけ食い下がってみる。


「で、でも、恥ずかしくてもよくないですか? だって、その……しょ、将来的には、どうせ、見ると言いますか」

「えぇ……いや、まぁ、それはそうかもしれないけどさぁ」


 するとヴァイオレットは誤魔化すように頭をかいた。

 その姿に、ちょっとむっとした。どうして、そこまで拒否をするのか。別に変な意味じゃなくて、純粋に言っているのに。ルイズに教わった通りにするのに。


「……じゃあ、恥ずかしくないルイズさんになら、やらせるんですか?」


 そう尋ねてから、今日一日胸の中でたまっていた思いが破裂するように、聞きたかった疑問が一気に口から噴き出す。


「どうして私を選んだんですか? ルイズさんとか、そうじゃなくても、マスターなら他にいくらでも人はいたんじゃないですか? 他にもっと条件がいい人がいれば、その人を選ぶんですか?」

「え、ちょっと、何を言ってるの?」


 尋ねてから、きょとんとしたようなヴァイオレットに、はっとする。何を言っているんだ。ヴァイオレットはカゼの病だというのに。元気になってきたと言っても、まだ熱があるのに。

 だからダメなんだ。自分の感情を優先させてしまうようだから、ヴァイオレットは看病をさせてくれないのだ。


「……すみません、病気なのに。変なこと言って」


 自分勝手な自分が恥ずかしくて、ナディアは顔を伏せた。そんなナディアを気遣うように、ヴァイオレットが口を開く。


「いや、えっと、あのさ、どうしてナディアがここにいるかっていったら、まぁ、あの時に紹介してもらってちょうどよかったって言うのが、本当だけどさ」


 がつん、と殴られたような衝撃だった。わかっていたはずなのに。あの出会いで、まだヴァイオレットはナディアをちゃんと好きになんてなってくれてなくて、たまたま選ばれただけだって、わかっていたのに。


 だけど、聞いていられなかった。耐えられない。気を紛らわせたくて手を動かそうと、とりあえずナディアはタオルを水桶につけた。

 耳をふさいでしまいたいくらいだ。だけど、自分から尋ねたのにそんなことできない。


「でも、今はそうじゃないよ。今はナディアじゃないと、駄目だよ。ナディアと過ごして、ナディアのことを知って、すごく大好きになったし、傍にいて楽しいもの。だから、他でもないナディアに死ぬまで傍にいて面倒を見てもらいたいんだ」

「そっ」


 泣きそうなくらいだったのに、続けて言われた言葉に別の意味で体が固まってしまう。

 ナディアじゃないと、駄目? そんなの、ナディアが何より言ってほしかった言葉だ。ずっと求めていた言葉だ。だけど、そんな、どうして? あまりにそのまますぎて、嬉しすぎて、わかっていてあえて言ってくれたんじゃないかとすら疑ってしまう。


「そ、そんな、う、うう、うまいこと、言って、また」


 感情を制御できなくて、誤魔化すためにタオルを絞ったけれど、全然気がまぎれない。


 大好き。楽しい。死ぬまで傍にいて。どこをとっても、嬉しい言葉しかない。どうしてそんなことをこんなタイミングで言ってしまうの。好き。

 なんだか、もう、ふわふわして自分まで体調不良になってしまった気になる。ナディアのことが大好きだって! 嬉しい! 私も好き! と叫びたい。

 でもいま、ナディアが質問して言わせたみたいなものだし、そもそも病気の時にそう言う会話するのってムードとか別だし、ナディアから今言う雰囲気なのだろうか。


 混乱して返事に迷うナディアに、少しの沈黙の後、ヴァイオレットが静かに声をかけてくる。


「ねぇ、ナディア、ナディアは私のこと、好きじゃないの? 一緒に暮らすのが嫌になった?」

「そっ……」


 そんなわけない! と大きな声をだしてしまいそうになって慌てて止めながら、ゆっくり顔をあげて正面からヴァイオレットの顔を見つめる。

 ヴァイオレットは、まだ熱があるのか赤らんだ顔で、表情は迷子の子供みたいに不安そうにしている。


 でもその表情が、今の会話のためなのか、体調不良もあるのか、わからない。さっきの言葉だって、ナディアが言ってほしいことを察して言ってくれているだけなのか、わからない。大好きって言ってもらえてうれしいけど、でも、ちゃんとした好きなの? 恋愛の好きだって信じて、いいの?


 本当は、今聞くべきではない。こんなのは、改めて元気な時に、ちゃんと場を整えて、雰囲気のいい中できくべきだ。

 そう思っているのに、ナディアは心のままに聞いてしまった。


「……もし、もしもですよ? 私が、嫌だって言ったら、どうしますか?」


 信じたい。でも、臆病なナディアは、ちゃんと肝心なことを言ってもらえないと不安になってしまう。


 ナディアの問いかけに、ヴァイオレットは、わかりやすく顔を曇らせた。

 それを見て、言わなければよかったと後悔した。どうして、いつも穏やかに微笑む大人のヴァイオレットが、表情さえつくろえないくらいの精神状態の今、聞いてしまったんだ。

 自分が聞きたいからと、とても残酷な、ずるいことをしている。すぐに、嘘です。そんなことありえません。と否定してしまおうとした。


「嫌だ」

「え?」


 だけど、それより早く、ヴァイオレットはつぶやくようにそう言った。

 その、いつになく強い感情そのままの言葉に、思わずきょとんとしてしまうナディアに、ヴァイオレットははっとしたように目を見開いた。


「あ、ごめ、ちがくて。えっと」


 言葉を忘れたように黙るナディアに対して、ヴァイオレットはゆっくりと思考するように、視線を一周させてからナディアを見つめた。

 そして真剣な、でもまだどこか熱に浮かされたような表情のまま、熱い思いのこもった声で言う。


「努力するよ。ナディアに傍にいてもらえるよう、好かれるように、努力する。だから、いなくならないで」

「あ、ぐ」


 それは、懇願に似ていた。子供が寂しくて泣き出しそうな、その直前みたいな顔になっているヴァイオレットに、ナディアは喜び以上に申し訳なさで泣きたくなった。


 ヴァイオレットを追い詰めるつもりはなかった。でもそんなのいいわけだ。いつだって立ち止まれたのに、質問を繰り返したのはナディアだ。

 ナディアは喜びで全身が熱くなるけど、でも同時にそんな自分が恥ずかしくてたまらなくて、ヴァイオレットと視線をあわせられなくなった。


「ご……ごめんなさい。あの、いなく、なりません。傍にいますから。マスターが望むなら、私、いますから」

「うん……うん、ありがとう。ごめんね」


 なんとか絞り出した言葉に、ヴァイオレットはほっとしたように微笑んでくれて、ナディアもまたほっとした。

 ひとまずヴァイオレットが不安から脱してくれたと胸をなでおろしていると、今度はヴァイオレットはいつもの大人びた感じになって、遠慮がちな微笑みで口を開く。


「あの、それで……それでも、まだ恥ずかしいから、とりあえず、自分で拭くね」

「あ、は、はい!」


 しまった。すっかり忘れていたが、それが発端だった! 今思えばめちゃくちゃしょうもないことで、こんな無理強いさせてしまったなんて、本当にめちゃくちゃ申し訳ない!

 と猛省しながら、ナディアは慌ててタオルをヴァイオレットに渡す。


「すみません。私、じゃあ、片付けますので!」

「あ、ナディア」

「はい!」


 そしてすぐに立ち去ろうとするも、ヴァイオレットに呼び止められたのでそのままくるっと回ってヴァイオレットを再度向く。そんな無駄に元気なナディアに、ヴァイオレットはどこか気まずそうに自身の頬をかいて、そして、ナディアにまたこの部屋に戻ってくるように言った。


 それどころかまた、手を繋いでほしい、と言うのだ。そんなの、嬉しいに決まっている!

 無神経に質問攻めにしたナディアを怒るどころか、そんな風に求めてくれるなんて!


 ナディアはすぐに片づけをすませ、かといって早すぎてヴァイオレットがまだ脱いでいたら大変なので、他にも多少必要最低限の家事をすませてしまってから部屋に戻った。

 迎えてくれたヴァイオレットは、すっかりさっきの子供みたいな不安さはなくなり、いつもの穏やかな雰囲気になっていた。

 ナディアを隣に座らせ、朝と同じように手を繋いだ。ベッドの中のヴァイオレットは少し照れくさいのか、はにかみながら口を開く。


「ごめんね、忙しいのに。寝るまでだけでいいから」

「いえ。いますよ、ずっと」

「……ありがとう」


 掛布団を顔半ばまでかぶりながら、ヴァイオレットはそうお礼を言った。めちゃくちゃ可愛い。

 それに、お礼を言われることなんてない。ナディアが傍にいたいからいるんだ。ヴァイオレットはそれを許してくれているだけだ。


「ナディア」

「はい、なんですか? マスター」


 ヴァイオレットが、ナディアを呼ぶ。それだけで、胸が高鳴る。

 さっきは自己嫌悪で押しつぶされそうだったけれど、でも、どんな経緯でも、ヴァイオレットがナディアを好きでナディアが拒否したとしてもあきらめないくらいと言ってくれたのは、間違いない。

 たとえまだ、恋でなかったとしても、今はそれで、十分だ。


 ヴァイオレットは、優しく促すナディアに、はにかんでうるんだ目元のまま、布団越しに少しくぐもった声で告げる。


「大好きだよ。だから、ずっと傍にいてね」


 んんんっ! 私も好き!! 結婚して!!!

 あ、あぁ、だめ。だからダメ。病人に、これ以上余計なことを言ってはダメだから。治ったら、このカゼが完全に治ってから、改めてナディアの思いを伝えるんだ。それが、ちゃんと思いを伝えてくれたヴァイオレットへの誠意と言うものだろう。


 ナディアはなんとか口からでてしまいそうな思いを閉じ込めながら頷いた。


「はい、マスター。ずっと傍にいます」


 まぎれもない本音で、でもヴァイオレットと同じ程度の熱量で。このくらいならいいだろう。

 ナディアの返答は正解だったらしく、ヴァイオレットは微笑んだまま目を閉じた。そして安心したように、眠りについた。

 ナディアはその様子を、ずっと見守った。

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