誓約の首輪とは
そもそも、ルロイが卒業課題として制作して、今も現役で仕事の中心である誓約の首輪について、ここで改めて説明しておこう。
誓約の首輪は、本人に了承させる必要はあるが、決められた内容を必ず守らせることを本人の魔力を強制的に吸い上げて実行する、犯罪者に使用するための魔法具だ。
以前は犯罪者を見分けるために焼き印が使われていた。単なる罰金刑でも、すぐに払えない場合は本人確認のためにも、必ず刑罰によって異なる焼き印が見えるところにされていた。
ルロイは犯罪者への焼き印をやめさせたくて、その代わりになるものとして考えたのがこの魔法具だ。
きっかけは彼の妹だ。幼い頃に不注意で左腕に大きな火傷をしてしまい、火傷跡を隠すために左手だけ常に手袋をしていた。幼い頃は事情を知っている人ばかりで気にならなかったが、成長して接する人が増えた際に、勝手に犯罪者の焼き印を隠していると邪推されることが何度もあったのだ。直接確認してきたならまだいい。否定して、嫌だが傷跡を見せればすんだ。しかし確認せず、勝手にひそひそを噂を流す人もいて、たまったものではない。
だからルロイは、犯罪者の印としての焼き印を憎んだし、犯罪者そのものも憎んだ。
そして出来上がった誓約の首輪。本人では外せず、犯罪者の証としてこれ以上なく明確で、また魔法具として刑罰を必ず実行させる。
そんな、いわば最底辺の人間だと示す奴隷の首輪のようなもの。ルロイも制作はしたが、しかしあくまで卒業課題としてのものだ。まさかそれが国に取り上げられて、一大事業として正式に研究制作部門がつくられ、そこの責任者になるまで想像していなかった。
今までなら死刑にしていたような、反抗的で暴力的な犯罪者を、人手の足りない重労働の真面目な働き手にできるのだ。死刑や懲役刑で管理するよりずっと無駄金をつかわずにすむ。魔法具なので、当然焼き印よりは費用が掛かるが、継続的に魔力をつかわなくてもいいこと、魔法具そのものの材質はありふれたもので作成でき、別の人間に再利用もできることから、準備期間はもちろん必要だが正式にこの国の犯罪者への使用に採用されたのだ。
また、今までなら問答無用で死刑になった、本人に悪気はなくとも機密を知ってしまったなどの場合も、これによって生存の道ができた。さらに重労働は国の管理ではなくて民間に委託しているものもあるのだが、そこでも誓約の首輪のおかげで必ず事前に決めた通りの働きはさせられるが、逆にそれ以外の仕事をさせる違法労働を防ぐことにもつながった。
この首輪の存在によって、いままでは殆ど死刑ぎりぎりの重犯罪者のみがきつく常に命の危機のあるような肉体労働をしていたものが、仮に素行不良であっても本人が刑執行時にいやいやでも同意して装着すれば、必ず規定通り働けると言うことで死刑は減った。牢に入らない程度の軽犯罪者も個人が払うには重い罰金を払わずに、首輪をつけて規定日程の作業で許されるようになったし、焼き印もつけずに済んだ。
図らずも、犯罪者の助けにもなっていたのだ。と言っても、ルロイも昔のような子供ではないので、全ての犯罪者を憎んでいるわけではない。生活苦から仕方なく手を出すものもいるのだから、そういう人間に対して焼き印でなくなってよかったと素直に受け入れられた。
こうしてルロイの発明品は、刑罰のあり方を変えて、国の人手不足解消にもつながるまさに革命とも言うべき変化をもたらした。
しかし、誤算があった。あまりに、便利過ぎた。首輪さえつければ、絶対に規定通り働くと言う信頼になり、また事前の取り決め以外のことを強要されない安心でもあり、機密保持や裏切りのない、安全な雇用関係として認知されだしたのだ。
誓約の首輪は、国が管理する形でのみ制作し、ルロイがその責任者として一括管理をしている。責任者とは言え、使用用途や政策方向にルロイが口をはさめることはほとんどない。実施行されてしばらくして、国の要請もあり、実際には犯罪者ではなくても貴人に仕える者の多くが首輪をつけだすことになった。
そしてその影響もあり、首輪をつけていることは一種のステータスだとみる人間まででてきたのだ。貴人に仕える為に、忠誠を示すために犯罪者がつける首輪をつける。
そこから歪みが始まった。
軽犯罪者で首輪をつけたものは、絶対の機密保持が約束されることから貴族が欲しがり、終わった後も機密保持のために労働義務を外してにはなるが首輪を生涯外せないが、それがまた、貴族に仕えた証になると人気がでたのだ。
軽犯罪者といってもピンキリだし、貴族はそれぞれの罪状などを鑑みて、これなら欲しいと選ぶため、さすがにわざと犯罪者になって貴族のところで働きたいというものは選ばれないため、そこまでには至らなかったが、つまり逆に言えば元犯罪者と言っても軽微で情状酌量の余地があり人間的には信用できると思われたから、貴族に仕えられたのだと言う認識の為、世間の目が確実に変わっていった。
そしてついには、単なる労働者が首輪をつけたいと言い出したのだ。それによって信頼されて、貴族に仕えて、普通より多くの賃金と、普通なら得られない知識を得られるなら、是非つけさせてくれ、となったのだ。
貴族でなくとも大きな商店からも要望もあり、またすでに貴族内で犯罪者ではないものにつけさせていたこともあり、世論に押し切られる形で、条件付きで犯罪者以外にもつけられることになった。
まず、管理は今まで通りすべて国が行う。これは当然のことだ。今だから利便性にのみ注目されているが、しかし、悪用しようとすればどこまでも悪用できる。国のもと、ルロイが徹底管理しているからこそ、何の問題もなく信用されているだけだ。
そしてたとえ希望しても誰でもできるわけではない。あくまでこれは非常手段であると言うことで、犯罪は犯していないが、多くの借金があり普通の職ではどうにもならない、または孤児院は出ることになったが職が見つからない後ろ盾もない孤児、などのいわゆる経済弱者救済という名目で許可を出した。
もちろん本人の背景なども調べた上で考慮されるが、認められれば本人の希望を元に、首輪労働者として貴族も一般も匿名で参加するオークションにより勤め先が決まる。借金の場合はその金額を立て替え、その代金分働きをするし、孤児であるならしばらく使い物にならなくても世話を見るかわりに、一定年数まで務める。などの共通規定がある。
オークションに参加するだけでも手数料が必要で、基本的に庶民は相手にしていない。貴族や資金力のある大きな商人あてだ。そうして、首輪をつけた首輪労働者が誕生した。
昨今では誓約の首輪を一般発売するべきではないかとの声まであるが、現状ルロイが自分が最後にひと手間かけないと作れないようにしているため、大量生産できないこともあり、さすがに実現予定はない。
そんな経緯があり、ルロイが誓約の首輪をつくってから、12年。他国からはまるで時代に逆行して奴隷制度を始めたようだとひそひそされているが、首輪をつけられた労働者が徐々に増えていっているのが現状だ。
ルロイは全ての人間の誓約の首輪を逐一確認している立場なので、当然誰より犯罪者や首輪労働者のことは把握している。
なのでその気になれば、こうして職権乱用することは可能だ。
だが別に、単に美しい少女だから助手として雇おうとかそう言う目的で連れてきたわけではないらしい。
「耳長族、だったんだ。文献では見たことがあるけど、実際に見るのは初めてだから、わからなかったよ」
「見たらすぐわかるだろ?」
「え、そう? だって、鼻長族も耳長かったし」
「そこじゃなくて、目だ。この独特の目は、妖精の類型である耳長しかないって話だ」
「! そ、そういう事か」
この世界には多数の種族が存在する。例えばこの国は丸耳族が王であり最も多数を占める国だ。多数種族の中で最も平均的な寿命、平均的な能力だが毛長族に次ぐ多産体質と、毛長族の倍の平均寿命から最も数が多いと言われている丸耳族。特出したところがないことから、数だけ多く能力が欠けている亜人などと揶揄されることもあるが、特にどの種族とも揉めていない種族だ。
丸耳族を基準に、100年以上の平均寿命の長命種とそれ以下の短命種に一般的に分かれている。種族は一応細かく分かれているが、おおざっぱに同じ種族を名乗っていたり地方によるので、すべての種族に会ったことのある者はいないと言われている。
もちろんヴァイオレットも、全種族を把握しているわけではない。だが耳長族や妖精のことは知っている。有名な種族だ。妖精自体は、人族として認識されていない。はっきりした肉体を持たず、魔力によって形をなしている。なので寿命と言ったものはなく、成長もない。いつのまにか存在して、いつのまにか消えている。そんな存在だ。
価値観があまりに離れており、また人族のような群れて生活することもないので、国などもない。別種の存在と言うのが一般的な認識だ。
そしてその妖精に近いが、しかししっかりと肉体を持ち、それでいて魔力によって生命維持をしている種族が耳長族だ。肉体がある分、価値観はかなり一般的な人族に近く、群れをつくるが、寿命が長く繁殖能力も低いことから、それほど人口は多くない。食事を魔力で判断するので、魔力があればなんでも口にして消化することができる。妖精のように美しくいっそ儚げな容姿なのに、魔石をがりがりと平気で食べることがあまりにも有名だ。
多くの人族にとって、食文化が異なり会うことが少なく、そのくせ噂だけは有名なので、なんかそう言う伝説的な種族がいるらしいね、みたいな風に割と多くの人間が知っている。
またわかりやすい特徴として、魔力を目で見分ける為、他の人族とは違いその瞳は常に淡く輝き、瞳孔は綺麗な円ではなくギザギザしている。さすがにそれは一般には知られていないが、種族特性を紹介する図鑑や資料などにはだいたいのっているので、ヴァイオレットも知っていた。
知っていたが、そんな昼間の明るい室内で、淡い光がどうとか、瞳孔が微妙にとかわかるわけがない。そもそもそれ以前に顔に見とれてそれどころじゃなかった。
「で、どうだ? この娘なら、この間言っていた条件にピッタリだろう?」