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出会い

「ほう。期日には余裕があるが、もうまとまったのか」


 まとめた論文を上司に提出すると、上司は意地悪気に、にやりと笑いながら受け取った。


 ヴァイオレットはこの国、オステリアの王が住まう王都にある、王立魔法研究所に所属する魔法使いだ。魔法によって発展したこの世界において、どの国でも重要なエリート職といってもいい。同じく王都にある、王立魔法学園を卒業した中からの数名しかなれない。

 広く多数の施設のある王宮敷地内の端の方にある、研究所にそれぞれの研究室が与えられ、それぞれが与えられた予算内で自由に研究している。


 研究職として、個人の力が物を言う分、日々の通勤すら義務ではなく、気楽な職業と思われがちだが、研究の方向性はそれぞれ決められて、それにあった成果を定期的に提出しなければいけない。

 それができなければ、まず助手に降格し、そこですら必要ないと判断されれば、他の施設での事務仕事や軍属になったりする。王立魔法学園を出ている時点でエリートではあるので、クビになったりはしないし、他の部署でもわりと重宝されるが、研究をしたい人間にとってはもちろんそれが救いにはならない。


 と言う訳でもちろん、ヴァイオレットも期日に追われる人間の一人だったが、今回の夏季考査に向けた提出期限に、何とか余裕をもって論文を提出することができた。これで一安心である。数日はゆっくりしたいところだ。


「はい。次は実際に形にしていきたいと思います」

「年末の考査には間に合いそうか?」

「そ、れはちょっと」


 ヴァイオレットの現在の担当は、冬季の薪消費量上昇に伴う諸問題対策だ。人口の増加等、複数の原因によって起こり、空気汚染や物価変動、木々の開拓スピードなどの諸々の問題があり、複数人がこの課題に取り組んでいる。

 ヴァイオレットはシンプルに、大量の薪を必要としない暖房器具の開発に着手することにした。魔法使いなので、当然魔法具になるのだが、魔法使い以外も使用できるように理論を確立するところから始めた。

 一応、魔法理論自体は形になったが、実際に試作品をつくるにはまず城付きの職人と打ち合わせて材料や予算を話し合うところから始めなけらばならない。特に材質や、安全対策、実物になることで出てくる多数の問題点を考えると、半年で形にとは、確約しかねる。

 特にこの上司、人の発言を殆ど忘れない。軽口でさえかならず覚える。自動手記装置がついているのかと疑いたくなるレベルの脳みそだ。


「冗談だ。しかし、そのくらいの心構えで、仕事に向き合ってもらいたいものだ。いっていいぞ」


 口をつぐむヴァイオレットに、上司はふん、と鼻をならして、ひらひら手を振って追い払った。

 そんな失礼すぎる態度に、しかしヴァイオレットはほっとする。なにせこの上司、間違いなく有能で頼りになるし尊敬できるが、さらに生まれも高貴で権力があり、王にすら覚えのいいどころか親族レベルと噂されるエリートの中のエリート。いい意味でも悪い意味でも、庶民派のヴァイオレットには目をつけられていいことなどない。


「よう! ヴァイオレット、ちょうどいいところであったな。ちょっといいか?」

「ん? ああ、ルロイ。いいけど、どうかした?」


 上司の部屋を出て、ほっと胸をなでおろしながら廊下を歩いていると、王立魔法学園の学生時代からの同期、ルロイが声をかけてきた。


 あのヴァイオレットの誕生日から、一カ月。正直に言って酒を飲み過ぎたせいで勢いで言ってしまった感があるが、あれから顔を合わせてもルロイからあの件に一切触れられなかったので助かった。意外とルロイの口が堅いことに、ヴァイオレットは心の中で評価を上げていた。


「ああ。ここじゃあれだし、とにかく俺の研究所こいよ」

「そう? わかった。じゃあ、お邪魔するよ」


 なので本日、誘われるまま何の疑問もなく、彼の研究室に向かう。手持無沙汰なので、軽く話題をふってみる。


「ルロイ、あなたはそろそろ、次の研究には手をつけたりしないの?」

「んー? どうした急に。俺は首輪だけで手いっぱいだぞ?」

「いや、それはそうだけど、よく飽きないなぁ、と思って」

「お前……仕事だぞ。言うて。新しい機能つけろだの、もっと作れだの、忙しいんだからな」

「いや、一応わかってるけど、期限とかないし、メリハリないし」

「それ、単に納期地獄に巻き込みたいだけだろ」

「そんなことはないけど……」


 とは言えそれが、なくもない。

 ルロイは卒業課題に作った、誓約の首輪が革命的だと評価を受け、実際にこの国全土に革命をもたらしたほどの天才として扱われていて、同じ研究員として所属していながら、唯一考査に関係ない。研究員ではあるが、すでに誓約の首輪が一部門として確立されてその責任者だからだ。

 なので研究所全体がぴりぴりした空気になる中、一人のほほんとしている。それがたまに腹が立つ時もある。しかしそれとは関係なく、ずっと同じ仕事とか飽きそう、と言うか研究者として他にやりたいことないのかな、と言う心配もある。


「つーか、今更他のをつくってもな。それより、もっとよりよく、改良してぇってのが本音だ」

「真面目だなぁ」

「ヴァイオレットが、意外に不真面目、ってわけじゃねぇが、うーん、気が多いんだよ。あれもこれも作りたいってんだから」

「そういう訳じゃないんだけど。まぁ、いいか。で、今日は何があるの?」

「まぁ、慌てるなって。会ってからのお楽しみだ」

「会ってから?」


 どうやら、誰か会わせたい人が待っているらしい。サプライズ好きなので、珍しくないが、しかし、誰だろう。見当がつかない。

 首を傾げつつも、ヴァイオレットは素直についていく。


 先ほどの上司のいるメインである本棟の長い通路を抜け、少し離れたところの一棟を占有しているルロイの研究室は、複数人が中で作業している。直接会って邪魔をしないよう、作業場ではなく研究資料のある部屋に直接通る。


「呼んできたぞ。紅茶をいれてくれ」

「はい」


 先に入ったルロイが命じ、可愛らしい声を耳にしながら部屋に入る。簡易の応接間にもなっていて、仕切りの向こうにちょっとしたキッチンになっている。ちょうど返事をした主は衝立の陰に隠れて見えなくなった。

 何とはなくそれを目で追いながら、いつものようにソファにつく。この部屋は貴重な資料もあり、限られた人間しか入れないため、やってきたヴァイオレットがお茶を入れることもあるくらいだが、今日は人がいるらしい。ルロイが最も信用する助手のまとめ役であれば、珍しくはないが、男性だ。

 居間のは間違いなく少女の声だった。新しい助手だろうか。だとしたらもう中に入るほど信用するとは珍しいし、よほど有能なのか。


「あ、どうした? 今の美しい声の持ち主が気になるか?」

「あ、ああ。そうだけど、なに、その言い回しは。まさか……そういう事?」

「ん? どういう。あ、違う違う。俺のいい人を紹介するとか、そう言うのではないぞ」

「そ、そうなんだ」


 はっとした顔で尋ねるヴァイオレットに、一瞬首を傾げかけたルロイだが、すぐに苦笑するように大げさに手を振って否定した。


 焦った。もちろん、ルロイに恋愛感情を持っているとかそんなことではない。しかし学園で仲良くした同期生たちの中で、数少ない独身仲間だ。しかも唯一の宮廷魔法使い同士。勝手に家に入ってくるのはうっとうしいが、気の置けない仲には間違いない。

 そんなルロイが結婚するとなると、別に結婚願望はないが、めちゃくちゃ焦る。置いていかれた感じが半端ない。しかし、そんなことはなかった。一安心だ。……いや、実際のところ、ルロイは32と男盛りだ。普通に、結婚してもいい年頃だが。全くその予兆がないのもどうだろうか。


 ヴァイオレットは内心、なんかちょっと申し訳ないな、と思いながら、衝立の向こうからやってくるお茶を待った。

 それほど待たせることもなく、少女がお盆を手に出てきて、ローテーブルに膝をつくようにしてカップを並べる。


「お待たせしました。お砂糖は一つでいいですか?」

「……う、うん。お願い」


 その少女が、下から見上げるように尋ねられて、ヴァイオレットは詰まりながら相槌をうった。驚いた。彼女がまるでこの場に似つかわしくない、使用人が着るような給仕服をきていたのも、もちろん面食らったが、それ以上に、少女はまるで動き出した芸術品のように整った顔をしていた。


 美しい青い瞳はこぼれそうなほどクリッとして意志の強さを感じさせ、反比例するような小ぶりの唇は、しかし頬とそろえたようなピンクの色づきをしていて、なまめかしささえ感じさせられる。

 すっと通った鼻筋が、赤らんだ頬や大きな瞳、丸みのある頬から感じられるはずの幼さを抑えて美しさを強調するようだ。また、その美しい顔を彩る額縁のように、輝く金髪は光を放つかのように煌めいていて、波打ちながらまっすぐ伸びて背中まで飾っている。


 息をのむほど、美しい。そうして、砂糖をいれてからカップをヴァイオレットの前において立ち上がり、ルロイの隣に座るところまで見てから遅れて、金髪の間からにょっきり生える耳の先に、異種族なのかと気づいた。

 そうして呆然とするほど見つめるヴァイオレットに、向かいの席からそれを見ていたルロイは呆れたように口を開く。


「ヴァイオレット、顔、顔」

「な、なに。顔って」


 完全に、向かいにルロイがいることを忘れていたヴァイオレットは、慌てたようにカップをとって平静を装うが、もちろんそんなごまかしが通じるわけもない。


「いや。じっと見すぎだろ。めっちゃ見とれてたな」

「み、見とれるって。まぁ、たしかに、綺麗すぎて驚いたけど」


 見とれるまではいっていない。普通に、誰が見たって常識はずれなほど美しい少女だ。だから当たり前だ、そう言いたかったのが、ヴァイオレットの言葉に少女は頬を赤くして眉を寄せてうつむき、膝の上の手が自身のスカートをぎゅっと握りこんだ。その反応に、可愛すぎて言葉が止まった。

 いやむしろ、ああああ、みたいな変な声がでそうだったので口を閉じた。そして妙に空いてしまった間を誤魔化すように、紅茶で唇をしめらせてからなんとか口を開く。


「……ど、どこから連れてきたの? あ、ていうかこの子、誓約の首輪してるじゃない。え、え!? まさかあなた、あまりにこの子が美しいからって、職権乱用して連れてきてるの?」

「その言い方はあれだけど、まぁ、職権乱用になるかどうかで言ったら微妙だけど。まあ聞けよ」

「う、うん」


 ヴァイオレットは、ルロイの説明を聞くのに尽力した。


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