ヴァイオレットのお仕事
「……」
「……」
何だか、ナディアの様子がおかしい。昨日眠っていないからなのかと短絡的に考えてしまいそうになるが、本人大丈夫だと言っているし、眠そうとは違うようだ。
何かに考え込むように、じっとヴァイオレットを見てくるのだ。これが微笑んで、とかならともかく、真顔、むしろ少し険しいくらいだ。
「ナディア、もし、体調が悪いとかなら、無理しなくていいからね?」
「へ? いえ、全然大丈夫ですよ」
玄関口までお見送りにきてくれる時も、妙な視線のままなので、そう伝えたのだけど、ナディアはきょとんとしている。どうしてそう言われるのか、全く心当たりがないようで、少なくとも体調面の問題はなさそうだ。
では、後は心の問題になる、のだろうか? 昨日はあんなに楽しんでくれて、夜も普通に挨拶したのに、今日いきなりそんなことが? いったい何が起こると言うのか。全く見当がつかない。
「そう? 今日、家にいようか?」
「え、いえいえ。お仕事ですよね? 頑張ってください」
にこっと微笑んで言われた。可愛い。仕事頑張ろう! と言う気になる。
「う、うん。今日は夕方には帰るから」
「そうなんですか? マスターこそ、私の為に無理しないでくださいよ?」
「いや、元々、家で仕事する方が多いんだよ。最近が珍しかっただけで。今日でうまくいったら、しばらくは家にいるから、お昼も頼むと思う」
「そうなんですか?」
「うん。そうなんだけど……お昼は自分でした方がいい?」
ヴァイオレットが外に仕事に行く変な習慣を覚えさせてしまったみたいだけど、最初からそのつもりだった。でもそれで、ナディアのリズムが崩れると言うなら、お昼くらい別にいいのだけど。
頭をかくヴァイオレットに、ナディアは首を傾げた。
「いいえ、どうしてですか? そんなの、私がするに決まってるじゃないですか」
「あ、そう? よかった。嬉しい。じゃあ、お願いね」
すでにナディアの料理の腕前は、ヴァイオレットを超えている。しかも味付けに関しては百パーセントでヴァイオレットの好みに寄せてくれているのだ。こんなの胃袋をつかまれないはずがない。なので作ってもらえるなら、手間だけじゃなくて普通に嬉しい。
「え、は、はい……別に、当たり前のことです」
「それでも嬉しいからね」
何故かちょっとつんとした反応だったけど、照れ隠しだろうと見当をつけたヴァイオレットは、微笑ましさでにやけそうなのを自分の顎を撫でてごまかしながら笑った。
「じゃ、行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい、マスター」
軽く手を振りながら家を出る。門扉までの間の右手にある庭には、芽が出てきた家庭菜園があって、それを横目に、なんとなく、この家がナディア色になってきている気がして嬉しくなった。
先輩の仕事は先日で終わった。今日からはまた、自分の研究になる。先日は新しい暖房器具の試作品を作ってもらうと言うことで、城付きの職人と打ち合わせた。
まずは作ってみる、ということで、すぐ手に入る材料等でできるか試してもらえることになっていた。その進捗がどうなっているか、それによって方針が変わってくる。
機能はどうか、機能が完全にできたとして、その材質で採算はとれるのか、耐久は、安全対策は、等などこれから話し合うべきことはたくさんあるけど、まず形にならないとしょうがない。
もし機能がまず実際にできない、となれば最初の段階から考え直す必要がある。
と言うことで、まずは職人を訪ねる。専用の研究所もあるが、今回ヴァイオレットが依頼するのは、民間の職人だ。どんなものでも城で研究すればいいと言うものではない。今回のような一般市民にいきわたらせるようなものは、一般の職人が扱えないと生産が追い付かないし、庶民の感覚を持った職人の方が適任だ。
なので城から信用があり、こういった際に研究を依頼する契約を常時結んでいる、大手の魔法具製作所に向かう。ヴァイオレットの家から少し離れた、職人街にある。
「すみません、先日お邪魔した宮廷魔法使いのヴァイオレットです」
「あらあらまあまあ、宮廷魔法使いさん。わざわざすみませんねぇ。すぐ呼びますから、こちらに座って少々お待ちください。あんたー! 城の人来たわよ!」
開けっ放しの玄関を覗き込んで尋ねると、職人の女将さんが愛想よく応接間に案内してから、大きな声で奥に声をかけた。
城の人って。丸聞こえなんだけど。いやその通りではあるけど。
すぐに奥から派手な音がして男が出てきた。職人のアレックがでてきた。立派な髭をたくわえ、筋骨隆々の中年オヤジだが、丸耳族なのでもちろんヴァイオレットより年下である。
アレックは自分の上半身ほどある大きな魔法具をかかえてやってきて、机にそっと置いてから向かいの席に座った。
「おう。ヴァイオレットさん、待たせてすまねぇな」
「いえいえ。突然押しかけてすみません。どうでした?」
「おう。一応形はできてるし、機能も言ってたようになってると思うけどよ」
「ありがとうございます。早速確認しますね」
まずは自分に向ける。大きさから想像していたが、思った以上に重い。部屋をまるごと暖めるのだ。多少重いのは仕方ないが、あまり重いと流通にも影響する。
まあ、まずは機能だろう。
電源を押してみる。内蔵魔石だけで起動するのは間違いない。起動時間はやや遅い。
しばらく待つと、金属柵で覆われた内部が熱を持ってくる。魔石に込められた魔力を魔法陣に流すことにより、対象に熱を持たせ、間接的に空気をあたためていく形にしている。
高温になることで簡単に壊れず、刻まれた魔法陣を長持ちさせて、かつ手ごろに手に入るもの、ということで普通の鉱物である、その辺に転がっている石を採用してみた。と言っても、本当に適当なものでいいわけではない。
石屋に相談して、熱して使いやすい目的にあって発注可能な石を選別してもらい、試しに作ってもらったのが本作だ。
一応、熱を持つ様は問題なさそうだ。熱伝導がいいもの、と言う紹介にたがうことなく300数えるよりも早く暖かくなった。これは火をつけるよりは遅いが、大量の魔力をつかわずに温かくなるにしては十分な早さだ。元々、初動の速さはそれほど求めていない。
当然だが木材を使わない分、煙も出ない。このぐらい暖かくなると、部屋をあたたかくするのにも問題なさそうだ。上部から露出している魔石の一部に触れて、魔力消費量を確認してみる。
想定した消費量よりは少し多いようだ。魔法陣を描く方法、目的との接続線の素材によってももちろん魔力量は変わるのだが、そちらに関してはすでに別件で研究されていて、すでに計算に入っている。なのでこの想定外の消費は温めている石材の問題だろう。
このくらいなら問題はない、ように感じられるが、長期間の使用が想定されるのだ。少しでも削っておきたい。もちろんそれで、肝心の本体費用が上がり過ぎては意味がない
「基本的な機能はよさそうですね。でも規定値より少し魔力消費が多いみたいですけど」
「ああ。起動時にかかるみたいだ。一応、他の石材でも一つ試してみたが、起動時はあまり変わらなかったぞ」
「あ、そうなんですね。さすが、話が早いですね。じゃあ、それもこちらで確認しておきますね。連続起動時間は確認されました?」
「一応、連続だと三日目に壊れたな。半日使用はまだ壊れていないから継続中だ」
「連続だと三日ですか? 意外と早いですね。石なのでもう少し持つかと思ったんですけど。どういった壊れ方でした?」
「これだ」
机の上に、布に包まれたものを出されたので、そっと引き寄せ開いてみる。ひびが入り、二つに割れた石があった。白っぽく、軽い。柔らかくはなっていないし、手ごたえはしっかりしていて軽くつついてもヒビすら入らないが、明らかにもろくなっているようだ。
細かい欠片までちゃんと回収してくれている。指先でつまんで押してみる。さすがにつぶれたりはしないが、そのまま転がすと、細かな粒子が指についた。魔力を通してみて、反応がない。空気を通すかのようにすかすかした感触だ。
「元はこっちのと、同じ色だったんですよね?」
「ああ。中もすかすかだ。魔力で無理に発熱されているからだと思うんだが」
「そうですね。石材を別に買って、少し確認してみます。半日使用の方は、まだ確認お願いします」
「わかった。他にこっちでしておくことはないか?」
「そうですね。気温による起動時間と、消費魔力の関係を確認したいですね。一時間程度でいいので、冷蔵室内での使用状況を確認してもらえますか?」
今は初夏にさしかかっている。まだ暑くて汗をかく、と言うほどではないが、半袖で過ごす人が増えてきている。冬に使用したら、これの何倍も魔力が必要だった、となれば話が変わってしまう。
以前に、逆の用途で冷たい空気をだす魔法具をつくったことがある。どうしても魔力消費量が抑えられず、結局一般化はしなかったが、性能自体は問題なく、一部では使われているくらいなので使用には問題ない。それを使って、疑似的に冬の気温環境下で試してもらいたい。
その提案に、アレックはうーん、とどこか呆れたように顎をなでた。
「冷蔵室って、試作品は残っているからできなくはないが、かなり魔力を食うぞ」
「もちろんわかっています」
「ならいいが。あとで補充してくれ」
「はい。他に、使ってみた違和感や感想があればお聞きしたいのですが」
「そうだな。消してからもしばらく暖かいから、消したのかどうかがわかりにくいな。夜間につけっぱなしにしてしまうリスクを考えると、わかるようにした方がいいかも知れんな。一応、いつも通り、まとめてもらっている。これでいいか?」
「ありがとうございます。奥様にはいつも貴重なご意見いただき、助かります」
使用感も当然重要なチェック項目になるが、職人のアレックが時間のかかる検証作業にかかわることは稀だ。下っ端の職人見習いやアレックの妻たちがしてくれているのだが、その意見をまとめてくれるのが先ほども対応してくれたアレックの妻であり、この工房の女将、ローズだ。
ローズは先ほどのまる聞こえの呼びかけのように豪快な性格だが、実家は商家で計算や書類仕事に馴染んでおり、文章をまとめるのも得意なのだ。非常に助かる。別のところへ検証を頼むと、時間的にも費用的にもかさんでしまうのだ。いくら城から出るとはいえ、予算は無限ではない。ついで、という形で割安料金でしてくれてしかも文章が見やすいのは非常に助かる。
「ああ。伝えておくよ」
書類と試作品、そして余っていると言う今回つかった石材も受け取り、工房にある実験用の魔石に魔力をいれるのを忘れずに、ヴァイオレットは工房を後にした。




