ナディアの悩み
ナディアが王子様候補であるヴァイオレットと出会って、早一ヶ月がたった。
家事がお休みと言うのはよくわからないけど、要するにヴァイオレットと仲良くする日と言うことなのだろう。とても素晴らしい日だ。
ヴァイオレットと一ヶ月一緒に暮らしてみて、ヴァイオレットの初対面だけではわからない、意外な姿がたくさん見れた。
可愛い可愛いと息をするように口説いてくるので、ちょっと軽薄なところもあるのかな、なんて感じたのは最初だけだ。毎日早くから遅くまで仕事をして、聞いてもよくわからないけど、すごいお仕事をしている。
働き者は素敵な人だ。エルフはじっと寝て魔力消費を抑えれば自然の恵みだけでも生きていくことはできるけど、だからって日がな一日ぼんやりして過ごす人はとても王子様とは認められない。まあ、そんな人はエルフの中でも一握りだけど。
疲れるほどお仕事してるだけでも素敵だけど、もちろんそれだけではない。疲れているのに、ちゃんとナディアを気にかけて、魔力の残量は、とか、必要なものはないか、とか訊ねてくれる。それだけじゃなくて、1日どうだった? 何か困ったことは? 気になったことは? どんなことをした? 楽しいことはあった? 家庭菜園の具合は? と、色んなことを聞きたがる。
まるでナディアの一日を全部知りたいとでも言うように、だ。もちろん、疲れているヴァイオレットだ。あまり長話はできないし、ナディアも心配なのでお風呂用意できましたよ、と促して終わらせているけど、嬉しいに決まっている。
そんな風に、疲れていても人を気にかけて、思いやることができる。そして何よりナディアに対して興味を持ってくれている。そんなの嬉しく思わないはずがない。どんどんと、だんだんと、じわじわと、あー、この人は本当に気のいい人だな。優しくて、気遣いのできる素敵な人だな、としみ込むように実感していった。
そしていよいよのお休みの日には、改めてたくさんお話しようなんて嬉しいことを言ってくれるし、お出掛けもした。要するにデートである。こんなにさらっと誘ってくるのだから油断できない。
そしてゆっくりと同じ時間を過ごした。いつだって、どきどきして、だけどそれを落ち着けるように、いつもヴァイオレットは王子様のように優しく促してくれた。
だからつい、子供みたいに、お姫様扱いされたいことだって匂わしてしまって。だけどヴァイオレットは少しも馬鹿にすることなく、いつも子供扱いするくせに、色っぽく微笑んで、お姫様と呼んでくるのだ。
こんなの、好きにならないほうがどうかしている! もう、もう、ナディアは無理だった。好きだった。最初から好きだったけれど、ここまできたら、もう自分の中で意地を張るために好きじゃないからと無理やり誤魔化すのが不可能なくらいもう好きだ。
好きを通り越してもう愛してるし、完全にヴァイオレットの子供を産みたい。いやでもしばらくはお姫様扱いで独り占めしたい気も。
まぁ、それはまた、おいおいヴァイオレットと要相談になるだろうから、ひとまずおいておく。
「……はぁ」
ナディアはつい、ため息をついてしまった。
今日は一日起きておいて、睡眠のリズムを変える予定だ。それは別に、それほど苦しいわけではない。寝た方が魔力消費が少ないので、魔力が少なくなると眠くなったりはするけれど、豊富な今はそうではない。
勝手に体が習慣的に昨日と同じ時間に眠ろうとするので、多少の眠気は来るけれど、ヴァイオレットの魔力をもらっている今は無視してしまえる程度だ。
その為に、いくつかの本と、布等時間を潰せるものを用意した。
用意したけど、つい、考えてしまう。手を動かして無心になりたいけど、ヴァイオレットのことを思ってしまう。
好きだ。愛してる。でも正直自分でも、それは、初めて出会った時からこうなるのは時間の問題だった気がしている。
だからこそ、大事なのはヴァイオレットの気持ちだ。気になるのは、その思いだ。他に気になることなんてないくらいだ。
「マスター……」
最初から気になっていたこと。ヴァイオレットが、ナディア個人をちゃんと好いてくれているのか。ちょうどいいからとか、たまたま居たからとか、そう言うのじゃなくて、ナディアが嫌だと断っても、諦めずに食い下がってほしい。ナディアを思って、ナディアだから結婚したいって、そう思ってほしい。
少なくともヴァイオレットは全力で好意を示してはくれている。だけど最初から過ぎて、それが本当にナディアだからか、ちっともわからない。
一緒に過ごして、ヴァイオレットもナディアに慣れて気安く、距離が縮んだ気はする。でもそれが恋愛感情なのか、わからない。
ナディアには恋愛経験がなくて、ヴァイオレットが好きなのだけでいっぱいいっぱいで、ヴァイオレットの微笑みが、その優しさが、単なる親愛なのか、恋情の熱い思いからくるのか、判別することができない。
「はあぁぁ」
また息をついてしまった。だけどこれはため息ではなく、ヴァイオレットの笑顔を思い浮かべてしまって漏れた心の声である。あー、好き、的な。
「……くうぅっ、かっこいいよぉ」
私のお姫様、なんてふざけてたときめきすぎて死ぬかと思ったセリフを言った時なんて、ちょっと悪戯っぽい子供っぽさを見せつつも、優しく包み込んでくれるような声音で、もうとにかく好き。かっこよすぎる。なんであんな素敵な笑顔ができるのか、もはや謎だ。
それに、お花に魔力をこめてくれたのも、エルフ的にもときめきポイント過ぎる。そもそも、魔力が大事なエルフに、食事として必要分以外に魔力をあげるなんて、それだけでもちょっと意味深長である。
エルフ同士では体内に取り込み自分のものとした魔力をあえてだしてやりとりしたりなんてしないから、別にエルフ的に特別な意味が決まっているわけではない。だからこそ、ナディアの脳内は自由に好き勝手な意味や演出をしてしまって、なんだかプロポーズみたいにすら見えてしまって、違うとわかっていてもどきどきしてしまった。
あー、好き。もう好きしかない。嫌いなところ一切なさ過ぎてもう怖い。ちょっと意地悪して、わざと子ども扱いしたりしてくるところも、気持ちに余裕があるからできるわけで、大人感を感じる。子供ですか、なんてムキになって言ったのに、ナディアには、何て返されたらもう、どう言っていいのかわからないくらいだ。好き。
もう間違いない。きっと、ヴァイオレットこそ、ナディアが探し求めていた理想の王子様なのだ。ちょっぴり恥ずかしい形で出会ってしまったけど、きっとそれも運命だったのだ。
ヴァイオレットと出会う為、ナディアはあの里をでてきたのだ。予想以上に砂漠の気候が厳しくて想定以上の魔力消費があったり、川を渡る際に魔石の一部を紛失してしまったりして、あんなことになったのも、全てはヴァイオレットと出会うために、運命の神様が仕組んだことだったのだ。ヴァイオレットだけがこの世界で唯一、ナディアをお姫様にしてくれる人なのだ。
「はぁ」
でも、だからこそ、確かめないといけない。
ヴァイオレットはナディアの運命の相手だから、きっといずれはナディアに夢中になるに決まっている。でもまだわからない以上、ちゃんとナディアを真剣に思ってくれているのか、それを確認しないといけない。
そうじゃないと、もしまだナディアにそこまで夢中じゃなかったら、結婚しようなんてとても言えない。恋人から始めましょう、何て言って、結婚はするけど恋愛じゃないのに恋人? みたいに思われたら恥ずかしすぎる。いずれ両想いになった際に絶対ナディアから積極的だったみたいに揶揄うに決まっている。それはそれで悪くないけど、でもやっぱり悔しいから嫌だ。
「……」
しかし、そこから先に思考がすすまない。
いったいどうして、ヴァイオレットがナディアをどう思っているかを確認するか。それが問題だ。いずれはナディアにちゃんと恋をしてくれるだろう。それは間違いないと思う。
だけど、それはいつだろうか。そしてどんな風になればそう確信できるのだろうか。それがわからないと、話がすすまないのに。
例えば、何か困ったことができたといって、ヴァイオレットにお願いしてどれだけ助けてくれるか? 例えばどこまで甘えさせてくれて、無茶を聞いてもらえるか?
そんなことでははかれない。だって、すでに家族になりたいとプロポーズしてもらう程度には好かれているのだ。しかもヴァイオレットはお金持ちで親切だ。今現在の好意程度でも、ナディアが思いつく大抵のことは叶えてくれるだろう。
それが条件とか、そう言うのをとっぱらった純粋な好意であるかが問題なのだ。そんなことはないと思うけど、もしナディアと全く同じ条件の他の女の子が出てきたとき、目移りしないか。そういうことを、ちゃんと確認したいのだ。
「……うー」
だけど、全然ピンと来ない。
ナディアが我儘を言って好意をはかるのは、まず嫌われたら最悪なので論外だ。では他に条件があう人を用意して、目移りしないか確認する? 万が一されたら立ち直れないし、そもそもそんな当てもない。
では、正面から尋ねる? ナディアに恋をしてくれてますか、と? そんなの、恥ずかしすぎる。自分は恋しちゃってますと言っているようなものだ。これで返答が、恋なんて一時の感情より大事に思ってるよ的な返事だったら、嬉しいけどやっぱり違う!
他に、どうやってヴァイオレットのナディアへの真剣度をはかる? 前に読んだ本では、ヒロインはヒーローに、仕事と私とどっちが大事なの? みたいなことを聞いていたが、馬鹿馬鹿しい。
そんなのは当然、ナディアを選ぶだろう。仕事が家族より優先されるわけがない。そしてその家族の為に仕事をする必要があるのだ。そんなことでは恋愛感情かははかれない。
ナディアはこうして、うんうんと時折唸ったり、ヴァイオレットを思い浮かべてはにやけたりしながら、堂々巡りで結論の出ないまま、翌日を迎えるのだった。




