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花畑

 ピクニックの目的地についた。森の手前、なだらかな丘があり、そのさらに手前には花畑が広がっている。特になんということはないけど、学園生時代に、研究棟のてっぺんから見つけてからのピクニック一等地だ。

 他に人が来ているのは滅多に見ない。そもそも、この世界にピクニック自体が一般的ではないようで、あら綺麗なお花となっても、あらちょうどいい丘、あがって寝転がってのんびりしよ、とはならないようだ。いや、ヴァイオレットの昔いた世界でもなる方が少数派なのだが。


 そんなわけで、公共の地だが二人占め状態だ。


「ここが目的地ですか?」

「うん、どう?」

「えっと、普通に、いいところだと思いますよ。魔力が豊富で、大地の力が比較的あります。故郷にもこういった場所はありましたけど、人が良くくるので、ここまで花が咲いていることは少ないですね」

「エルフは花畑が好きなの?」

「というよりは、おやつ感覚ですね。花は、蜜もあって魔力も草木よりはつまってますので」


 幼い頃、蜜のある花をついばんだことはある。あるけど、エルフはそれを大人もこぞってやっているのか、と思うと微妙な気分になるヴァイオレットだった。

 石だけではなく、花も食べる。まさに雑食である。


「そういえばエルフって、砂は食べられないの?」

「馬鹿にしてるんですか? 食べれるにきまってるじゃないですか」

「あ、はい」

「でも普通に、小さい分魔力密度も低いですし、砂漠なんて魔力抜けてすかすかなので、食べても何の意味もないですよ」

「そうなんだ」


 馬鹿にしてるんですか、と言われた瞬間、そんなの食べない、とか言われると思ったのに、普通に食べられるらしい。むしろ雑食であることを誇られた。


「そうです」

「ごめんごめん。じゃ、行こっか」

「あ」

「え?」


 一歩踏み出したところで、ナディアが声を上げた。その場で停止して振り向くと、思わず出たのか自分で口元を抑えている。


「どうかした?」

「あ、いえ、もったいないなー、なんて」

「ん? ああ、花が。お腹へってる?」

「そんなことは。マスターの魔力があれば、他のなんて。その、ただ……やっぱりちょっと、勿体ないかなー、と」

「なるほど」


 要するに、ナディアにとって花畑は無料である飴畑みたいなものだ。別におなかが減っていないし、生きるのに必要でもなくめちゃくちゃ美味しいわけではないけど、でも踏みつぶしてしまうのはもったいない、と。

 わからないでもない。食いしん坊さんだなぁとは思うけれど。まぁ、お花さんがかわいそう、みたいに言われるよりはいい。


「じゃあ、迂回しようか。目的は丘なわけだし」

「すみません」

「いいよ。あ、いくつか摘んでく?」

「いえ。マスターの魔力の方が美味しいですから」

「そう」


 魔力の味なんて自分ではわからないし、どうしようもないことだけど、褒められて悪い気はしない。そこまで好んでくれていると思うと、なんとなくにやついてしまう。


「じゃあ、これなら?」


 なので一輪、つないでいない左手で手近な白い花を摘んで、魔力を少しだけ込めながら差し出してみた。

 ナディアは、ぽっと頬を染めた。それからはにかみながらそっと右手で受け取って、眼前に持ってきて匂いを嗅いだ。


「はあぁ……ふふ。ありがとうございます。マスター。デザートにしますね」

「う、うん。じゃ、改めて行こうか」


 大きく息を吐いてお礼を言われたが、なんだかその様は年齢に似合わない艶っぽさで、どぎまぎしながら頷いて、誤魔化すように迂回路を歩き出した。


「はい」


 従順に後ろをついてくるナディアは、ぎゅ、とさらにヴァイオレットの手を強く握った。









 そうしてゆっくりとした歩みで、花畑の向こうへ到着した二人は、こんなところまで来る人は少ないけど、花畑から見えないよう反対側まで行ってなだらかなところで敷物をひいて腰を下ろした。

 反対側なので花ではなく、山が見えるが、丘部分は短い草が生い茂っていて、太陽の下それが風にゆるく揺れている様もなんとも言えずさわやかで気持ちのよい光景だ。


「これ、ほんとにふかふかですね」

「でしょ。拘ったんだ。今回多めに魔力入れたから、厚めだけど、もっと分厚くして寝具とか、逆に薄くして、下の感じを味わうようにもできるよ」


 そう言った使い方はしていないが、防水なので逆に丸洗いできるので、汚したくないものにかぶせることもできる。そのためにあえて薄いままということも可能だ。いろんな使い道があった方がいいよね! と暴走した結果だ。

 ナディアは3センチほどに膨らんでいる敷物をむぎゅっと押してその感触で遊びながら感心したように息をつく。


「はぁ、これがあんなに小さくなるなんて、すごく便利ですね。これってマスターがつくったんですよね? 商品化はされてるんですか?」

「されてないよ」

「どうしてですか? すごく便利そうですけど」

「材料がねぇ。防水で、かつ伸縮する素材にするのが大変なの。加工も時間かかるから、商品にしたらかなりの高額になるんだけど、それだけ出す人がどれだけいるかと言うと、ね」

「へぇ。色々なことに使えそうですけどね」

「防水技術とかは、別に提出して、幌とかに使われているけど、元々のやつでも十分だしね。高級品にしか使われてないよ」

「ふーん? なんだか、大変そうなお仕事ですね。凄いものが作れればいいってものじゃないんですね」

「まぁ、色々あるね」


 これ自体は、別に仕事で開発したことではない。学生時代のお遊びだ。一応、長期休暇のグループ課題として提出して、評価はされたけど、それだけだ。

 だけどナディアが言うのも尤もだ。ヴァイオレットも、研究職を目指した最初は、自分が欲しい便利なものをつくれたら、自分も嬉しいみんなも嬉しいついでに儲かりうはうは。などと簡単に考えていたけれど、実際に作るとなると、そう簡単にはいかない。

 発想があって、試作品として実現だけならそう難しくはなくても、商品のように普及させるような形にするには、越えなければいけないハードルはたくさんある。それなりに成功を重ねて今の地位にあるヴァイオレットだけど、年単位で時間をかけて、結局没になってしまったものもある。


「確かに、上手くいかなかったり、大変なこともあるけど。でも、やりがいもあるし、楽しい仕事だよ。うん」

「そうですか……じゃあ、もっと、頑張らないと、ですね」

「ん? うん、頑張る」

「あ、すみません。そうではなくて、私が。マスターを、その、支えられるようにって言うか」

「ああ、そうだね。そうしてくれると、嬉しい。でももう、沢山支えてもらっているけどね」

「普通に家事してるだけじゃないですか」

「普通に家事して、いつでも美味しい料理と、綺麗な部屋、暖かいお風呂、明るい家をくれて、それ以上って、もうあんまりないと思うけど」

「う、うーん? 普通、だと思いますけど」


 家事をするってそういう事でしょう? とナディアは首を傾げている。きっと、実家に住んでいて、人がいるのが当たり前の感覚だから、そう思うんだろう。

 だけどヴァイオレットにとって、もう何年も縁遠かった。ただいまと背中をおされ、おかえりと温かく迎えてくれる。それが、なにより嬉しいことだと、最近特に実感するのだ。

 もはや、ヴァイオレットにとって、ナディアのしてくれていることは、幸せの象徴のようにすら思えるのだ。


「じゃあ、普通に頑張ってくれたら十分だよ」

「そうですか……考えてみます」

「え、うん」


 何故かしぶるような返事をされた。真剣な顔をしているので、突っ込みにくいけど、普通に頑張ってに対して、考えてみますって、普通に頑張らない可能性あるみたいに聞こえる。

 もちろんそうではないだろうけど。おそらくナディアなりに、無理をしない範囲で頑張ることがあるか考えてみると言うことだろう。割と言葉足らずなところがある。


「とりあえず、そろそろ昼食にしようか」

「あ、はい。出しますね」


 先ほど下ろして膝の上に置いていたリュックから、ナディアは中身をだしていく。

 飲み物と、カップ、お弁当箱。タオル。タオルを濡らして手を拭いてから、カップにお茶を入れてくれる。


「ナディア、そのカップ、魔法具になってるんだ。裏に魔石あるでしょ? そこにちょっと魔力いれてみて」

「あ、はい」


 魔法具の使い方は、基本的に露出している魔石に魔力を注ぐことで発動する。と言う形に一律で決まっている。この世界の生き物は、全て魔力を持っている。魔法を使うのが苦手な人はいても、全く魔力をいれてみることができない、と言う人はいない。

 ナディアの故郷ではこの街ほど魔法具が生活に密着していると言うことはなかったので、物珍しそうにはしていたけど、魔法具をどう使うかはちゃんとわかっていた。


「あ、温かくなった?」

「そう。あったかいと嬉しいでしょ」

「そうですね。面白いです」


 よくわからないけど喜んでくれたのでよしとする。サンドイッチは普通に美味しい。いいお天気のぽかぽか陽気の中、ナディアといつもの机越しより近い距離で、並んで食べるサンドイッチ。いつもよりずっと、美味しく感じた。


「美味しい。ありがとう、ナディア」

「どういたしまして。美味しくなるようにつくりましたから」

「うん、うん。ナディアはほんと、優秀だね。私の好みドンピシャだもん」

「……マスターの好みに合うよう、つくってますもん」


 当然でしょ、みたいな口調で答えたナディアだけど、照れくさそうに頬を少し染めて微笑んでいる。得意満面と言った感じで、可愛い。


「それができるのが、優秀なんだよ。偉いね」


 なのでそっと、サンドイッチを持っていない方の手でそっとナディアの頭を撫でてみた。


「……」


 ナディアは手を伸ばされた時点で気づいたみたいで、一瞬はっとしたけど、でも黙って受け入れ、それどころか撫でやすいよう頭を傾けてくれた。

 髪、さっらさら。さっきも少し触れたけど、本当に触っていて気持ちいい。ついつい、熱心に撫でてしまって、そうして気づく。ナディアって、頭蓋骨の形も完璧だ。綺麗な丸みで、抱きかかえたくなる。


「ありがとう。綺麗な髪ね。撫でていて気持ちいいよ」


 だけどさすがにそれは調子に乗り過ぎだ。また撫でたいので、あまり長くして嫌がられないよう、ヴァイオレットはそっと手を下ろす。

 ナディアが顔をあげると、赤くなっていたけど、笑いをこらえているような顔で、嫌そうではない。よかった。


「ありがとうございます……その、また、触らせてあげても、いいですよ」

「ありがとう。嬉しいな。邪魔してごめんね。食べよ」

「はい」


 ナディアは自分で、子供ではないとよく言うけど、本当は子供っぽい嗜好なのかもしれない。だからこそ、それで馬鹿にされるから、そう強く主張する癖がついたのかもしれない。

 だとしたら、子供だからじゃなく、ナディアだから、いっぱい甘やかしてあげたいな、とヴァイオレットは思いながら、残りの昼食を食べ切った。



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