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甘いもの

 唇を潤すためのお茶を用意して、どんな感じで話そうかと二人してややまごつきながら始めた朝のおしゃべりは、すぐにスムーズになった。

 お互いに、お互いのことに興味があるのだ。あの時は? その時は? それってどういうこと? と、質問が入ればそれに対して答えればいい。


 一日ずつ、お互いの日々を手に入れるように確認しあって、たわいなさすぎることまで、全部話した。

 そうすると、すぐに時間もたって、お茶もなくなってしまった。


 だけどそれ以上に、胸があつくなった。

 一か月の時間は、お互いが、二人が住むこの家で生活する環境、お互いの存在自体に馴染むのに必要だったといえよう。ヴァイオレットが仕事に追われたからこそ、ナディアも落ち着いて仕事や環境の変化に向き合えたし、ヴァイオレットという存在になれることができた。

 それはヴァイオレットも同じだ。家に帰って、おかえりなさいと迎えられて出来立てご飯、清潔な衣服、熱いお湯での入浴に癒される。そして朝起きて、余裕をもってゆっくり朝食を食べてから仕事をする。

 そのすべてに、とてもドキドキして興奮していたけど、さすがに日を重ねることで、いちいち興奮せず、静かに幸せをかみしめられるようになった。


 だからこそ、今こうしてお互いのことを話して、たくさんの会話が、お互いの心の距離を近づけてくれた。

 あのままの勢いで、ヴァイオレットがべったりでは、ナディアも落ち着かないままでストレスになってぎくしゃくしたりしたかもしれない。


 だけど今だからこそ、おしゃべりをして、余裕をもって楽しんで、相手が自分に興味を持って、好意を持ってくれているとわかる余裕ができて、自然に距離をつめることができた。ヴァイオレットはそう確信したし、ナディアもそう思ってくれているに違いないと感じた。


「ねぇ、ナディア」

「はい、なんですか、マスター」


 にっこりと微笑みかえすナディアはやっぱり可愛くて、少しどきっとしてしまう。だけど、それも飲み込んで冷静でいられる。


「慣れてくれたみたいだし、そろそろ、追加で必要なものとか出てきたでしょ。買いにいこうか」

「え、うーん。そうですねぇ。でも、特に思い付きませんよ?」

「まあまあ、とりあえず、出かけてみよう。お昼とおやつが待ってるよ」

「おやつって、私、子供じゃありませんよ」

「子供じゃなくたって、みんな好きだよ。それとも嫌いなのかな?」

「……もう。そうやって、また意地悪を言うんですから」


 意地悪だろうか。好きだともう聞いて知っているのに、あえて嫌いかと尋ねたのだから、確かに、ちょっと意地悪だったかもしれない。だけど、またって言うほど、意地悪をした記憶もヴァイオレットにはないのだけど。

 だけど、少しむくれたように唇を尖らせて眉を寄せ気味にした顔があんまり可愛くて、何度だって見たいと思ってしまった。この可愛さは、また言ってしまうかもしれないので、えへへと笑って誤魔化すヴァイオレットだった。


「えへへ、まあまあ。ごめんね。可愛いからつい」

「か、可愛いから意地悪って。子供ですか」

「うーん、そうかも。ナディアの前だと、そうかもね。ごめんね」


 人は年を取ると精神年齢が逆行することが少なくない。なのでそうかもしれないし、そうでなくても、ナディアに気を許している分、つい気安くそうしてしまう。


「う。ひ、開き直って……もう。ほんとに、ずるいですよ」

「まあまあ、気を取り直してさ。とにかく出かけよ。美味しいデザートが待ってるよ」

「もう、わかりました。子供なマスターに付き合ってあげます」


 根負けしたのか、苦笑してナディアは頷いてくれた。ヴァイオレットはご機嫌にナディアを引き連れて外に出ながら、さて何を買って、どんな店に行こうかと考えた。








 買い物を見て回るのもそこそこに、先に昼食にした。朝が早かったので、ヴァイオレットのお腹が減っていたのだ。それからいくつかのお店をまわり、消耗品や食料の補充をした。

 そしてナディアが自分から必要なものを言わないので、髪留めや衣類、雑貨などを見ながら、これ可愛いじゃん絶対似合うってーなどとやり取りしながら見繕った。

 遠慮するナディアに、髪飾りを二つ購入して、それから本人が望んだので布だけ購入した。


 ナディアの実家では、家事の一つに服作りがある。故郷内で生地から作っていたらしいが、さすがにそれは無理なので、布から作りたいらしい。簡易的な裁縫道具はあったが、ボタン付けくらいにしか使っていなかったので、本当に簡単なものだ。

 しっかりした道具セットを買おうかとも言ったのだが、そのセットを見ても、見たことない道具ばかりだ、というのでやめた。本当に針一本で十分だったらしい。


「あとで、マスターのサイズもはからせてくださいね」

「わかったよ。なんだかちょっと、恥ずかしいなぁ。でも、すごく楽しみ」

「あ、あんまり期待しないでくださいよ? その、私がつくれるのは、普通の服だけですから、流行とかデザインとか、知りませんから」

「ナディアがいいと思ってくれるなら、十分だよ」

「……はい」


 何故か少々不満そうなハイだった。眉を寄せて、唇を尖らせている。可愛いのでなごむが、しかし言い方がまずかったのだろうかとヴァイオレットは発言を振り返ってみる。

 投げやりと言うか、ナディアに丸投げするように聞こえただろうか? いや、しかし最終的にそうなるのだから、間違っていない。なれてもらおう。


「さて、そろそろ、お待ちかねのおやつタイムにしようか」

「……あの、だからそう、子ども扱い……」

「私が、お待ちかねってことだよ」

「……わざとやってますよね?」

「なんのことかな。ささ、行こ行こ。こっちだよ」


 子供扱いをしたいわけではないけど、外見は普通に未成年かどうかくらいの華奢な少女だ。子供でなくても、女の子なら甘いものが好きな人が多い。というかヴァイオレットも好きだ。

 仕事を頑張ったらご褒美スイーツは定番だ。女友達はもちろん、ルロイ相手にもそうしているくらいだ。なのでついつい、そんな風に言ってしまうのだけど、気にしているようなので避けようと思っているのに、ついしてしまう。


 実際のところ、子ども扱いだとそこまで気にするほうが子供っぽいし、そう言うところがますます可愛いと思うのだけど、気になっている本人はしょうがないだろう。

 何とかごまかして、肩をおすようにして、お目当てのお店に連れて行った。


「あ、美味しいです」

「でしょでしょ!? ここ、私も好きなんだ」


 とても美味しいアップルパイをだすお店で、甘くて、だけどくどくはなくて爽やかな林檎の味がしっかりしていて、見た目もつやつやと輝いていて最高の一品だ。さすが自分が目をつけた店。この店は儂が育てた。とばかりにヴァイオレットは勝手に自分の店のように思っているので、自慢げにナディアにこれもあれもおすすめなんだよーと説明していく。

 そのドヤ顔に、何の関係者でもないよね? と少し不思議そうにしたナディアだったが、確かに美味しいので相槌をうちながら真剣にメニュー表を見る。


 生きた状態から加工され時間がたつほど、基本的に魔力は抜けていく。お菓子なんて魔力は0と言ってもいい。だけどその分、味覚はストレートに伝わってくる。

 ナディアの今までの人生では、魔力0のものをあえて口にすることは滅多になかった。故郷は他の種族の住む人里とは離れていて、自給自足していないものは高価になる。日持ちがしないものも無理だ。

 なので砂糖はあってもおかしと言えば飴くらいのものだ。美味しいし、たまに食べたいけど、一つ食べれば十分で、二つも食べたら口の中が甘すぎる。それが甘味へのナディアのもつ印象だった。


 この国に来てからも、魔力をとる目的でのみ飲食してきた。しかもそのほとんどが、ヴァイオレットという濃厚な魔力の持ち主の魔力がはいっているのだ。多少の味付けはあってないに等しい。小さじ一杯の砂糖を、大鍋料理に入れたところで、味が変わるものか。

 なので、こうして甘いアップルパイを食べたのが初めての純粋に味わう甘味だと言っていい。

 それが富裕層に属するヴァイオレット一押しの品である。当然、かなりナディアの中でびびっときている。


「パイ系はどれも、ぱりっとバターもきいてて美味しいのはもちろんだけど、牧場と直接契約で新鮮な仕入れをしていて、チーズとかも美味しいんだよね」

「そうなんですか。いいですね」

「あ、そう言えば……あー、やっぱなんでもない」

「え。なんですか? すごく気になるから、言ってください」


 しまった。ナディアがうんうんと興味をもって聞いてくれるものだから、ヴァイオレットはついデリカシーのない質問をしてしまいそうになったのだが、食いつかれてしまった。

 うっかりしていた。ナディアに心を許しだしているのもあるだろうが、そもそもヴァイオレットは割とうっかり屋だ。そうでなければルロイにだってあんな相談をしない。

 さすがに絶対言わないと決めていることを言ってしまうようなことはないが、こうして思ったことを口にしてしまうのは何度もある。何度もあるのに、誤魔化す腕があがっていないのも何とかしたいところだが、とりあえずは目先の問題だ。


 ナディアはやや微笑みながら、わくわくと擬音が付きそうな表情で待っている。しょうがない。素直に言うしかない。


「うん、怒らないでほしいんだけど、エルフって、魔力以外の甘味とかのとりすぎで太ったりとかってするの?」

「怒りませんよ。しませんし。魔力以外のものは、普通に出すだけで、体にたまりません。魔力も、過剰摂取で太るとかはありません」

「へー、なんというか、すごいね」


 ヴァイオレット自身は痩せても太ってもいないし、魔法を使うのにも消費カロリーは生じるので、研究で家にこもって手抜きなジャンクフードばかり食べたとしてもむしろ痩せてしまうくらいだ。

 だからいいけど、余分な脂肪に悩んでいる人が聞けば嫉妬してしまいそうな、羨ましい体質だ。魔力さえとればいいお手軽感も含めて。


「あ、でも太るって概念はわかるんだ?」

「狩りの獲物は、太っているほうが貯蔵魔力が多いですし。あと、牧畜をしている人もいなくはないですし」

「ああ、なるほど。じゃあ、気に入ったなら、他のも注文していいよ」

「んー、いえ、やめておきます」

「あれ、そうなの? 遠慮しなくていいけど」

「はい。また今度、のお楽しみにしておきます」


 そう言って、ナディアはにっこり微笑んだ。その笑顔はとても魅力的で、なんだか、デートを誘われている気になって、妙にドキッとしてしまうヴァイオレットだった。

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