休日の朝
翌日、まずは朝、ゆっくり起床するところから始める、のだけど、ちなみにいつも何時に起きてるの? と尋ねたところ5時起きだった。
ちょっと、意味が分からない。どうやら日の出とともに目覚めるのが習慣らしい。とはいえ、じゃあ日が沈んだら眠くなるでもなく、そもそも、そこまで睡眠時間をきっちりとらなくても平気らしい。
エルフは魔力がある限り、ほかの人種より丈夫なのはわかっているが、睡眠もとなると、本当に生物として根本的な丈夫さが違うと感じさせられる。
まぁ、そのあたりはいいだろう。体質的なこと、正直ヴァイオレットはとても気になっているが、あまり根掘り葉掘り聞くと、生物学的調査の調査対象としてナディアを引き取ったとか思われても困る。そういう意図ではない。生物学的なことより、ナディア個人と仲良くなるのがより重要だ。
ヴァイオレットにとって、休日と言えばまず二度寝してのんびりだらだらすることから始まるが、しかしこのナディアにそういって、長時間眠るよう強制するのも違う話だ。
しかし、休日の過ごし方が分からないというナディアを、朝の数時間起きてから一人にして、時間あるから掃除でもするか、とかなったらまた全然話が変わってしまう。ではどうするか。結論。ヴァイオレットが起きる。
「と言う訳で、私も同じ時間に起きるから、とりあえず、朝食を簡単につくるね」
「え、あ、はぁ……えっと、じゃあ、私は普通に五時ごろ起きていいんでしょうか?」
「うん、まぁ、そうかな」
「……あの、私に教えてくれる、というマスターの意気込みはわかりましたけど、それでマスターが無理していたら、それはそれでマスターにとっての休日にはならないのでは?」
「ぐ」
正論だった。休日とはどう過ごすのか、と言う問いに、のんびりと好きなことをしてリフレッシュすることだと実地で教えようと言うのに、ヴァイオレットが見るからに無理をしてしんどい素振りでは、全く意味がない。
「……よし、今日はまだ頭がまわらないから、明日考えよう。明日は、とりあえず適当で、朝ご飯は作らなくてもいいけど、お腹減ったなら我慢する必要はないからね?」
いまだ、休日と言うものがよくわかっていないようなナディアに、やや強引に話を終わらせにかかる。
なんだかんだ疲れているので、とりあえず休みたい。明日のことは明日考える。それもまた、休日の在り方である。とヴァイオレットは思うので。
○
翌朝、早めに寝たので、7時前には目が覚めた。休日にしては、破格の早さである。しかしすでにナディアは起きてから二時間も経過していると思うとぞっとする。この言い回しはよくないかもしれない。座りの悪いのは事実だが、仲良くなればそれも変わるだろう。
何事も前向きに考えなければ。
身支度をすませて、ヴァイオレットはダイニングへ向かう。中に入ると、当然のようにナディアがいて、席についてカップを手に持っている。頭ではいるとわかっていたが、入った瞬間からこちらを向いていて、正面から目が合ったので、少しだけびびる。
「おはようございます、マスター」
だけどすぐに、穏やかに微笑みながら挨拶されて、違う意味でどきどきしてきた。エルフは耳もいい。単に気付いてこちらを向いていただけだ。昨日まではばたばたしていて、寝ぼけ眼で出入りしていたので最初から見られていても気付かなかっただけだろう。少し恥ずかしい。
「おはよう、ナディア。今日も可愛いね」
「え、な、なんですか、急に。変なこと言わないでください」
だから気を取り直して、そう軽い気持ちで挨拶したのだけど、一瞬ぽかんと驚いたような顔をしたナディアは、次いでかっと真っ赤になって、睨み付けるような表情になった。
だけど、そんな顔も可愛い。としか感じようもないほど、ナディアの顔は可愛い。全てがヴァイオレットの好みである。この子がいずれヴァイオレットを親のように慕い、手ずから介護してくれると思うと胸が熱くなるくらいだ。
が、とりあえず、唐突すぎたし、意味が分からなくてキモイと思われてもしょうがない。謝っておこう。
「ごめん、ごめん。昨日まで、ちょっとばたばたしてたから、改めて見て、目が覚めるくらい可愛いなぁって思ってさ。ついだよ、つい。許して」
「ゆ、許すとかじゃないですけど……ずるいです」
「まぁまぁ、さ、朝ごはんにしよう。一か月ほど、自分で作ってみてどうだった? こういう味付けが好みとか、できた?」
「んー、特にはありません。あ、でも、柔らかい料理のほうが、食べてて楽ですね。魔石は、味はいいんですけど、硬いので、やっぱり。たくさん食べると、だんだん疲れてくるんですよね」
「そ、そっか」
料理の比較対象が魔石な時点で、ちょっと理解の範疇外すぎる。それは味じゃなくて、魔力の話だ。とはいえ、それを味として認識しているなら、口を出すことではない。
ようは、今日まで料理して普通の食事になれてみても、ヴァイオレットが感じているような味覚については、ほぼ興味がないままだと思ってもいいだろう。魔力の具合でひっくり返るのはしょうがないとして、同じヴァイオレットの魔力で同じ量なら味覚での違いを感じてほしかったけれど、興味がないならしょうがない。
「とりあえず、つくっちゃうね。あ、そうだ。ナディアはどのくらいかけるのがベストなのかな?」
「あ、魔力は、その、もういただきました」
「あ、そうなんだ。じゃあ食事だけだね」
何故かやや恥ずかしそうにはにかんだナディア。よくわからないが、いくら魔力さえあればいいとはいえ、ヴァイオレット一人で食べるのは寂しいし、今までも普通に食べてもらっているので、先に魔力を食べていても問題ないだろう。
久しぶりに料理を作る。といっても、朝食だ。休日で時間があるとはいえ、手早く済ませたい。
「あの、お手伝いしますよ」
「うーん」
ナディアが立ち上がって隣に来ながらそう言うので、いいよいいよ、座っててと言おうとして、別の言葉が出そうだったので濁した。
ナディアが隣に来た瞬間、なにか、とてもいい匂いがした。甘いような、不思議な匂いだ。とりあえず、とても美味しそうな匂いには間違いない。急激にお腹が空いてきた。
「今、何飲んでたの?」
「え? ああ、コーヒーですよ。いつも、魔力をいただいているみたいにして」
「そうだね、コーヒーが気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」
「甘い物って、結構好きですし、コーヒーを甘くすると、甘いだけじゃなくて、ちょっと苦みもあって、美味しいです」
「!? あ、甘いものは好きなんだ?」
「え、はい。あれ? なにか、変ですか? 驚くこと言いました?」
驚きすぎて、少し大きな声で聞き直してしまったヴァイオレットに、ナディアはびくりと肩をゆらして目をぱちくりさせる。驚かせてしまったかと、慌ててヴァイオレットは誤魔化すように手を振る。
「いや、ほら、好みがないみたいなことさっき言ったし」
「それは料理の味付けの話ですよね? 甘いものは元々、好きですよ。もちろん、魔力にはかないませんけど、なんというか、嗜好品? 地元ではとれないので、高値でしたけど、ここではたっぷりつかえるので、嬉しいですね」
言われてみれば、確か最初に会った時に、そんな会話をしたような気もする。しかし、ナディア自身が好きとは聞いていなかったような。何でもいい。ナディアは甘いものが好き、と。
「そうなんだ。ふふ、よかった。なんだか、嬉しいな。私も甘いもの好きだし、あ、そうだ。今日一緒に、なにか食べに行こうよ」
「えっ」
「よし、じゃあ手早くつくっちゃうね。お昼くらいから食べれるよう、軽めにしておくよ。ナディアは座ってて」
「あ、は、はい」
同じものを食べて、美味しいと分かり合えるのは、当たり前のようで、すごく嬉しい。食に関しては分かり合えないのかな、と諦めかけたところだったので、なおさらだ。
ヴァイオレットは上機嫌で、手早く朝食をつくった。残念ながら、甘味以外には大した価値を見出していないようで、普通に美味しいですとは言っても、大した反応ではなかったけど。それは仕方ない。
「つくってもらったので、洗いますね」
「あ、いや、今日は」
「私がお休みなのはわかりましたけど、マスターもお休みなんでしょう? だったら、それってこういうことなんじゃないんですか?」
「あ、はい」
食事を終えると、ナディアが洗い物をしてくれた。早くも手玉に取られているような気さえするが、悪い気はしない。むしろ、適応能力が高すぎて頼もしい。思わずときめいてしまいそうで、ヴァイオレットは微笑みながらその後ろ姿を見守った。
さて、では片付けも終わったし、早速お出かけ、と言いたいが、なにせ朝7時起きだ。片づけをゆっくり終えた今も、8時半と言ったところ。
世間的なお休みの日と言う訳でもないので、店舗はだいたい開店する日だろうが、朝早くから全てが開いているわけではない。今時分では、朝食をだす飲食店くらいしか開いていないだろう。
となると、時間がある。とは言え、ここで家事をしては意味がない。今までなら、休日にたまった汚れを落とすのが定例ではあったけど、ナディアのお陰でたまってないし、何よりナディアに休みをわかってもらうための日なのだ。
さすがに今日は、余分な家事は一切なしでいきたい。
「ねぇ、ナディア、ちょっと、時間もあるし、ゆっくりお話でもしない?」
「え、はぁ、お話ですか?」
「うん。ごめん、改まりすぎたかな? あなたのことを、もっと知りたいっていうか、あ、もちろん、無理に過去を聞き出そうとか、そう言うのじゃないんだ。ここに来てから、どんなふうに過ごしているとか、どう感じたとか、そういうの。まぁ、ようは、最近どうだった? みたいな感じだよ」
この家に来て、何か不満がないかとか、困ったことがないかとか、そう言ったことをさり気なく聞き出そうとしたヴァイオレットだったが、思った以上にしどろもどろになってしまった。
最近どうだったって、親戚のおじさんというか、久しぶりに会った時に言うセリフだろう。一緒に住んでいてこの言い回しはちょっと……と反省するヴァイオレットだったが、ナディアはそれほど気にしなかったようで、少し視線を泳がせたが口を開いた。
「いいですけど、私ばっかりだと、ずるいです。マスターのことも、その、もっと、知りたいです」
「! う、うん。じゃ、じゃあ、順番で」
はにかみながら、照れくさそうに、若干の上目遣いでされて、その可愛らしさに動悸が激しくなりめちゃくちゃにどもりながら頷くヴァイオレットに、ナディアはくすりと微笑む。
「はい、それなら、いいですよ」