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休日について

 ナディアがヴァイオレットの元にやってきてから、一か月がたった。

 慣れない文化、生活習慣、仕事内容、人間関係。大変なことはいくらだってあるだろう。だけどナディアは、ただの一度も大変だとか、弱音は吐かなかった。

 むしろ、大丈夫? と尋ねるたびに、呆れたみたいに


「マスター、私だって、小さい子供じゃありません」


 何て言われてしまう。確かにその通りだ。心配し過ぎは、ナディアにはできないだろうと言っているようなものだ。そんなつもりは、ない。彼女はいつでも一生懸命で、真面目で、適応能力もとても高い。それに元の能力が高いのだろう。器用で力も強い。

 もっと簡単でいいと思うのに、掃除だっていつもピカピカに仕上げて、庭で家庭菜園まで始めている。ご近所や街の人とも良好な関係を築けているようだ。はっきり言って、出来過ぎているくらいだ。


 これでどうして、食料がなくなって食い逃げなんて形になってしまったのか、不思議でしょうがないくらいだ。少なくなれば焦って思考能力が落ちて短絡的な行動をとってしまうくらい、魔力がエルフにとって重要だと言うことなのだろうけど。

 一応、なければ身体が消滅してしまうし、とても重要視していて、減ると落ち着かないなどと、本人からも教えてもらったが、どこまで切羽詰まったものかは本人でなければわからない。そもそもなぜ彼女ほどの人が、十分な備えもなく家出なんてことになったのか、そこから不思議だ。


 家出の理由は、一度探りをいれたことはあるが、言いにくそうにしていたのですぐに撤回した。きっと、とても口にはできないようなことや、簡単には言えない複雑な事情があるのだろう。

 もっと時間をかけて、心を許されてから、本人から自発的に言ってくれるのを待つべきだ。それが大人の、保護者の持つべき包容力と言うものだろう。


 食事問題も改善された。魔力で構成されているナディアは、食品の栄養素にはよらない。でもむやみと調味料にこめてしまうと、ヴァイオレットのための料理によって多過ぎたり少なかったりしてしまう。と言うことで、別に用意した砂糖にいれることにした。

 料理に後からいれるのは、色んな状態の食材や水分がはいってたりするのに均一に入れるということで、普通に難しい。それも適量入れると言うことで、より難しい。

 なので入れやすく抜けにくい単体の結晶体にそそぎ、抜けにくいよう専用容器にいれた砂糖を用意して、食後に甘いコーヒーを飲んでもらう。好きなタイミングで好きな量摂取できるので、本人の体調で調整もしやすいのもいい。

 ナディアの生活を整えるので、一番苦労したのがこれだった。むしろ、他には殆ど苦労がなかったと言える。元々、家の手伝いで家事も狩りもしていたナディアは、文化が違うだけでやり方さえ教えれば、普通にできた。後は単なる慣れである。見守る必要すらなく、危ないところもない。


 本人が家事に忌避感もなく、積極的になってくれているので、むしろ見ていても邪魔、とまではいわないが、見てなくても大丈夫ですよ、と言われる。あげく、あれ、3日目くらいから何で働かないんだろう? みたいな不思議そうな顔までされてしまった。


 ナディアの存在に関係なく、いつも締め切り後は一週間くらい休むし、それまで根つめてるから普通だし他の人もそうなのに、そんな顔されたらら休めない。

 しょうがないので、3日目にして後ろ髪ひかれながらも仕事をすることにした。と言っても現行の研究では、とりあえず試作品を作る段階まで来ている。

 その依頼を済ませてしまえば、とりあえず形をつくってもらえるまで、どうにもならない。他の研究に着手してもいいが、そうなるとどっちつかずになってしまう可能性もあるので、できれば避けたい。

 と言う訳で、なんか手伝えることもでもあるかな? という軽い気持ちでルロイを訪ねに研究室へ向かったところ、他の切羽詰まっている締め切り前の先輩に泣きつかれ、手伝うことになった。

 それはいいのだけど、まじで切羽詰まったぎりぎりだった。これ、手伝いないと絶対詰むやつ。


 そんなわけで、朝から夜まで根を詰めてがっつり通勤して手伝った。泊まり込みだけは嫌だった、ていうか引き取ってすぐにとかありえないので、断った。しかしその分、締め切り前日の昨日まで休みなしで手伝った。これは大きな貸しである。

 家に帰っているとはいえ、朝はあわただしく、夕食も割と遅くになんとか帰っている程度で、割と疲れているし、真面目にやっている以上、どうしても夕食の時間くらいしか、落ち着いて話す時間はなかった。


 なのでナディアが家に来て一か月ほどになる今日も、あまり距離が近づいた気はしない。でも間違いなく、ナディアは成長している。夕食の際のささやかな会話で、ナディアは細かに味付けについて聞いてきていて、最近では、もう美味しいしか言ってない。

 掃除だって、一通りしてから、まめにまんべんなく掃除しながら、倉庫の掃除、備品整備までし始めてくれていて、リスト化してくれている。

 好きにして、必要なものがあったら買っていいよと財布を渡しているとはいえ、まさか家庭菜園まで始めるとは。全く、最高すぎる。


 締切日当日、ぎりぎりまでねばることにはなったけど、無事に終わり、久しぶりにゆっくりとした気持ちで夕食を食べながら、改めてナディアに説明がてら謝罪する。


「というわけで、今日まではちょっと忙しくて、慌ただしくてごめんね。すっかり任せきりになってたけど、またちょっと休んでから、今度はゆっくりペースで家でも仕事できるから、夜も遅くまで待ってもらわなくても大丈夫になるし、なにかあったらほんと、遠慮なく言ってね」

「大丈夫ですよ。まあ、ここ2、3日は本当に夜遅くて、昨日何てふらつかれてたので、さすがに心配でしたけど。終わったなら、よかったです」

「うん、心配かけてごめんね。お詫びに、明日はのんびりしてもらって大丈夫だよ。というか、お休みについて考えてなかったよね。本当にごめんね? とりあえず、2日くらいゆっくりする?」


 話しながら、自身がいつも不定休みたいなもので、今回も締め切り前なので休みとか関係なく働いてすっかり忘れていたが、ナディアに休みをあげていないことに気付いた。

 本人が何も言わないのをいいことに、とんでもないことをしてしまったとヴァイオレットは慌てた。週休二日制、なんてものはない世界だが、ナディアの仕事は言うなれば休憩のない24時間の仕事だ。実際、朝早くから食事をつくり、夜遅くまで待っていてくれていたのだ。言わば、肉体が合間合間に休んでいても精神に休みがない状態だ。こう言った仕事は、裕福な家に仕える前提なので気温や気候に関係なく一年中働くのが普通だ。必ず定期的に休み、年に60日以上休むことが法律で決まっている。

 商家にも適用されるよう、繁忙期等も考慮して月に何日なんていう決まりはないが、大体月に4回くらい休んで、季節ごとに何日かずつ休んだりするパターンがおおい。


 だというのに、いきなりの一か月休みなし。そもそもその取り決めもなく、説明もせずにだ。これはまずい。訴えられたら、首輪労働者の保有者として失格扱いされてしまう。

 と慌てるヴァイオレットに、しかしナディアはきょとんとした。


「え? お休みって、私のですか? 家事なのに、休みなんてないでしょう?」

「ん? うん、まぁ、そりゃ食べないとかってわけにはいかないけど、だから交代するってことだよ」

「あー、いえ、うーん? あ、もしかして、私のやっている家事そのものが仕事で、定期的に休みがあって何もしない日が存在するってことですか?」

「え? う、うん、そうだけど」


 仕事以外の何物でもない。というかさんざん仕事として家事をしてもらうと言うことを最初に説明したはずなのだけど、どうしてそこから首をかしげているのか、こちらのほうが首をかしげたくなる。


「そう、そうですよね。すみません。なんと言うか、確かに、お仕事されてるマスターにお休みがあるのは普通に受け入れてたんですけど、私のいたところだと、普通に家事に休みとかないですし、狩りをした上で家事もして、天候とかで狩りをしない日は隅まで掃除したりとか、保存食や服をつくるとか、うーんと、つまり、あんまりお休みの日って意識したことなかったんですよね」


 だから普通に毎日してる家事をしてるだけなのに、休みがあると言われると、え? みたいな感じになってしまうらしい。

 なるほど。自給自足生活だからこそ、定休日と言う概念がないらしい。言われてみれば、畜産業などでも、順番に休むことはあっても、丸々休みなんてないだろう。


 休みがなかったここしばらくについて、全く気にしていないというなら、それはそれでよかった。今後も、忙しくなるときっちり同じ日に休みをあげれるかというとそうではない。

 が、それはそれとして、休みという概念は持ってもらいたい。だって、ヴァイオレットの休日にもずっと真面目に家事されても、気を遣う。


「というわけで、急で悪いけど、明日から二日はお休みにしよう」

「はい。わかりました、けど……お休みって、えーっと、どのくらいお休みなんですか?」

「うーん」


 ナディアの素朴な疑問に、言葉に困る。

 確かに、ナディアの仕事は生活に直結している。食事も出来合いでいいのだけど、それにしたって買ったり出かけたりする必要はあるし、お風呂だけははいりたい。そのくらいは普通に、休日はヴァイオレットがする、としてもいいのだけど、休日はヴァイオレットもナディアもお休みということだ。

 二人とも休みで家にいる休日。家族とはまだいなくても、同居人には変わりない。普段は雇用主と首輪労働者という立場があれど、休日はいわば対等な関係だ。対等な関係の同居人の二人の休日に、片方だけが多少とはいえ一方的に決めて家事を負担するのもおかしい。

 いや、いいのだけども。なんというか、ヴァイオレットの脳内の仲良し家族イメージっぽくはない。お互いに気が付いたほうがする、みたいなもちつもたれつみたいな感じがいい。と我儘なことを考える。


「じゃあ、とりあえず、明日、一緒に過ごしてみよっか」

「あ、はい。わかりました。頑張ります」

「ふふっ。が、頑張らなくてもいいよ。のんびりしよ」

「う……笑わないでくださいよ」


 気合をいれたようなナディアの反応に思わず笑ってしまったヴァイオレットだったが、それにナディアは顔を赤くして、拗ねたように唇をとがらせるものだから、ますます可愛くてなんだか家族っぽくて、声に出して笑ってしまった。


平日毎日更新はここまでです。

来週から月曜木曜の週2回更新になる予定です。

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