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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

彼女とキスをするのが私のお仕事です

作者: 升釣 くりす
掲載日:2018/06/12


 チュ、と軽く唇を合わせる。

 その一瞬で体の奥から魔力が奪われていく感覚がある。奪われた魔力の代わりに私の体は熱を帯びる。


 「いつもありがとうね、レイちゃん」

 「行ってらっしゃい、シュリアちゃん……いえ、シュリア様」


 微笑む彼女に赤くなった頬を隠し、頭を下げる。

 ああ、クラクラする。あまりに純粋で眩しすぎる。


 十八歳になった彼女はついに今日、国王になる。


 私が彼女と出会ったのは三年前、彼女の十五歳の誕生日だった。

 もう三年。まだ三年。長いようで短い時間だった。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 三年前、こんな噂が国中に広まっていた。


 『王家、テンダー家には魔力が強すぎて閉じ込められている息子がいる』


 結局これはただの噂に過ぎないということを、私はその日知ることとなった。


 その日、私の家には王家の側近を名乗る男がやって来ていた。

 膨大な魔力を有し人々から嫌われていた私にとって、彼は何年振りかの訪問者だった。


 膨大な魔力を持っている、といって国民が最初に思い浮かべるのは王族でもなく、魔術師でもなく、娼婦だ。

 唇を交わすということは魔力を受け渡す行為だ。今どき子供でも知っている。


 幼い頃から膨大な魔力を有していた私は、汚いものを見るような目で見られ続けた。

 学校ではいじめられ、ご近所さんにも噂される毎日。

 両親たちは私のことで喧嘩が増え、離婚。母親に引き取られた私だったが、母は私が十二歳になったときに蒸発してしまった。



 いや、私の過去のことはどうでもいい。


 まあ、そうして私はこの小さな町でひっそりと暮らしているのだ。



 「レイ・ロゼルフ様、あなたの魔力でテンダー家を救っていただけないでしょうか」


 唐突に本題に入った男に、私は混乱した。

 意味が分からない。国王家を私が救う? ドッキリなのか?

 あまりに丁寧な口調で深く頭を下げた男が、嘘をついているようには見えないが。


 男が続けた言葉には少し心当たりがあった。


 「次王には、どうしてもあなた様のお力が必要なんです」


 次王、それは国中で噂されている“魔力が強すぎる息子”のことだろう。

 町の外れでコソコソ生きている私に届くほど大きい噂だ、さぞ深刻なのだろうか。


 閉じ込められるほど強力な魔力の持ち主の相談役に、同じように魔力の強い私をということか。


 「本当に私でお力になれるのでしょうか」

 「ええ、もちろんでございます。レイ様のその膨大な魔力があれば……」


 この魔力ゆえに嫌悪された私が、その魔力で誰かの力になれるなら。

 まあ悪くはない話だ。


 「わかりました。ぜひお手伝いさせていただきます」


 この返事こそが次王、シュリアちゃんとの出会いだった。




 結論から言うと、“魔力が強すぎて閉じ込められている息子”などは存在しなかった。

 代わりに私に紹介されたのは、天真爛漫な少女だった。


 「シュリア・テンダーです。シュリアちゃんでいいからね!」


 子犬のようにふわふわな綺麗な髪に、丸い瞳。

 十五歳になるという彼女は、年齢の割にずいぶん子供っぽく見えた。

 初対面の私に抱き着き、ニコニコと笑う彼女は到底同い年には思えなかった。


 「ど、どういうことですか!」


 未だまとわりつく彼女を引きはがし、王に詰め寄る。


 「噂を耳にされたのですか」

 「ええ、あまりに大きい噂ですから」

 「そうですか……

 あの噂はどこから出たのでしょうか。

 確かに、シュリアをこの城から出したことはありません。ですが……」


 そこまで言って王はコホンと咳払いをする。


 「レイ様に来ていただいたのは他でもありません。

 このシュリアに、その膨大な魔力を分けていただきたいのです」






 王の話をまとめると、こうだった。


 シュリアちゃんは王家の一人娘で、次王になる身だ。

 しかし生まれつき魔力はゼロに等しく、国民を不安にさせないために城に閉じ込めていた。

 そうしている内に、国中にあの噂が広まった。出所はわからないが、噂が噂を呼び尾ひれが付きすぎた結果だという。


 十八歳で王の座に立つまであと三年。

 さすがにこのままではまずいと私が呼ばれた、というわけだ。



 「わかっていただけましたか?」

 「ええ、ですが私に何ができるのか全くわからなくなりました」


 魔力が強いがゆえの相談役かと思って、ここまで着いてきたのだ。

 それがなんだ? 魔力がゼロ? 王家の娘が?


 「先ほどもお伝えした通り、あなたにしていただきたいことはシュリアへの魔力の供給です。

 シュリアはもう十五歳になります。そろそろ次王として国民に認識してもらわなければなりません。ですが、彼女の魔力ではこの国民も不安がるでしょう。

 だからあなたに来てもらいました。その膨大な魔力を、少しシュリアに分けていただきたい。」


 王は深々と頭を下げる。

 嫌われ者の小娘に対して、態度が丁寧すぎる。それほど深刻なのだろう。


 確かに私も、魔力ゼロがトップを率いる国なんて不安でしかない。

 まあ仕方ないか、ここまで来たのも何かの縁だ。


 「頭をあげてください。

 わかりました。私がお役に立てるのであれば」


 王はパッと明るい顔になり、私に駆け寄り手を取る。


 「ああ、ありがとう! シュリアを頼むよ!」


 掴んだ手をブンブンと上下に振り何度も私に感謝を告げる姿は、一国の王に見えなかった。


 「今日はシュリアの誕生日パーティなんだ! レイ様も参加してくださいね!」




 誕生日パーティは城内で盛大に行われた。

 王とその奥様、沢山の側近たち。広い広いホールは飾り付けられ、軽快な音楽が流れ続けている。

 町の外れでひっそりと生きてきた私にとって、初めての経験だった。


 主役であるシュリアちゃんは大変嬉しそうだった。

 その場で私は彼女の教育係として紹介された。



 パーティの途中もシュリアちゃんは私を気遣ってくれた。


 「レイちゃん、楽しんでる?」

 「ええ、お食事も美味しいし、みなさんお優しいので」

 「かたいねー、もっとお友達みたいになろうよ!」

 「う、うん。シュリアさ……ちゃん」


 えへへ、と笑った彼女は本当に子供っぽく、三年後に王になるだなんて信じられなかった。




 パーティが終わると私は城の一室へ案内された。

 どうやら私はこれからこの部屋で生活していくらいしい。


 広い部屋に大きなベッド。私には到底不釣り合いなものばかりだった。


 「明日からシュリア様をよろしくお願いいたします」

 「あ、の、はい。こちらこそ」


 その日私は夢を見た。今では内容も思い出せないが、とても楽しい夢だった。






 次の日、呼び出された私に手渡されたのは子供用の教科書だった。


 「あの、このレベルから始めるのですか?」

 「はい、シュリア様は魔力を扱われたことがありませんので……」


 とは言っても、さすがに簡単すぎやしないだろうか?


「レイちゃーん、おっはよー!」


 走り寄って来て、むぎゅっと抱き着く。


 「では、私はこれで」


 深く頭を下げて立ち去る男に、私は軽く頭を下げる。

 広い部屋に二人きりにされた。……気まずい。


 「あ、あの、はじめようか……」


 声が震える私に、彼女はプッと吹き出す。


 「レイちゃん、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。

 さ、はじめよう!」


 明るく微笑む彼女に、私は心臓の音が強くなるのを感じた。


 「じ、じゃあいきます……」

 「どんと来い!」


 そう言って軽く目をつぶった彼女の両肩を掴む。

 可愛らしい顔に近づき、唇を合わせる。


 触れた瞬間、体の奥が熱くなる。

 ああ、魔力が吸い取られるというのはこういう感覚なのか。


 唇を離して彼女の顔を見る。

 先ほどまでの余裕はどこへやら、可愛らしく顔を真っ赤にしている。


 「あ、えっと、体調は大丈夫?」

 「だ、大丈夫だよ! レイちゃんは?」

 「わ、私も大丈夫だよ」


 ……一層気まずい。


 魔力を吸い取られた副作用なのか、私の心臓はドキドキと鳴りやまなかった。

 胸に手を当てて深呼吸する。


 「レ、レイちゃん先生! 授業をお願いします!」

 「は、はい! では始めます」


 基礎の基礎から教える必要がある。

 子供用の教科書を開き、一ページ目を指さす。


 「じゃあこのページから……」

 「え、どこ?」


 一冊の教科書を、私と彼女は顔を寄せ合って読み始める。


 「シュリアちゃん、わかる?」


 そう言って彼女の方を見ると、とても近くで目が合ってしまう。

 お互いに少しの間動けなくなり、私はさっきのキスのことを思い出してしまった。


 ああ、気まずい……。


 「あ、え、と、実践からはじめようか?」

 「そ、そうしようかなー」


 ……授業にならない。


 初日の授業はギクシャクしたまま、それでも着実に進んでいった。




 それからの日々はめまぐるしいものだった。


 しばらくはお互いに照れがあった。

 顔を赤くして魔力を受け取る彼女は、それはそれは愛らしかった。

 が、そのせいで授業が上手く進まないことも多々あった。


 最初に渡された薄い教科書が一冊終わる頃、彼女が赤くなることが少なくなった。


 日々赤くなるのは私だけだ。

 授業は、それなりに上手くいっていた。




 十六歳で次王としてお披露目された。

 噂と違い娘だったことに国民は驚いたが、彼女の持ち前の明るさですぐに愛されるようになった。魔力がゼロだということは国民には隠され、全くばれなかったようだ。


 このころには彼女に照れはほとんど見られなくなった。



 「レイちゃん、ちゅー」

 「はいはい……」


 魔力を欲する彼女は、私の肩に手をかける。背の低い彼女はたぶんかかとを上げているだろう。

 何の抵抗もなく私の唇を奪う。


 軽く触れる柔らかい唇に私は慣れない。

 私は魔力を与る代わりに、彼女から熱を受け取る。


 「ありがとー! じゃあ行こうか!」

 「はい、シュリアちゃん」


 私はどこにでもついていった。

 魔力を使い過ぎ、街中で供給し直す必要がでることも多々あった。

 そのたびに私たちは建物の陰に入り、唇を重ねる。



 十七歳になった時、彼女は国政について学ぶ機会が増えてきた。

 今まではほとんど一日中二人で勉強したり遊んだりしていたが、その時間がグンと減った。


 魔力の必要のない座学が増え、一日会えないことすらあった。



 初めて二日連続で会えなかった次の日のことを私はよく覚えている。

 その日は午後から私と授業の続きをする予定だったのだ。



 「レイちゃーーーんっ! 会いたかったよー!」

 「うわっ」


 朝一で私を見つけた彼女は突然走り出し、勢いよく飛びついてきた。


 「お勉強大変だよおおお、もうやだ……」


 珍しく弱音を吐く彼女は言葉通りとても疲れて見えた。


 「私来年には王様になるでしょ? でもさー、ジッケン?を握るのは二十歳になってからなんだって、知ってた?」


 なら今からお勉強する必要ないよねー!と、彼女は不満そうに唇を尖らせる。


 「シュリアちゃん、大変そうだね」

 「あ、そうだレイちゃん。今、魔力ちょーだい!」

 「え、座学に必要ないでしょ?」

 「そうなんだけどさー、魔力を受け取る瞬間ってなんだか、幸せ~元気いっぱい~って感じなんだよね」


 わかるかな?と笑って首を傾げた彼女に、思わず唇を重ねてしまう。


 魔力が吸い取られる。私の魔力を彼女の体に充満させる。

 いつもより長い時間そうしていた気がする。


 プハッと苦しそうに息を吐いた彼女は、いつ振りかに真っ赤だった。


 「レ、レイちゃんどうしたの?」

 「え、と、シュリアちゃんが魔力がほしいって言ったから……」


 赤い頬に両手を当て、えへへと笑う彼女。


 「じゃ、じゃあ私行くね! また後で!」


 そう言い残して彼女は立ち去った。


 残された私はポツリとつぶやいた。


 「あつい……」


 顔も体も、鏡を見なくてもわかるくらい熱い。


 彼女が必要もないときに魔力を欲しがるなんて今までなかった。

 いろいろな考えが頭を回る。


 何も手につかないまま、時間は過ぎていく。




 「レイちゃーん、ちょっと疲れたからお昼寝させて……」


 予定していた時間より一時間も早く、彼女は私の部屋の扉をたたいた。

 朝より一層疲れた顔で現れた彼女はそう言うと、ベッドに一直線に飛び込んだ。


 「お勉強頑張ったんだね。

 いいよ、おやすみ」


 私の返事は聞こえていないと思う。彼女はすぐに寝息を立て始めた。

 本当に疲れているようだ。


 それ以来、彼女は夕食の時間まで一度も目を覚ますことなく、授業は行われなかった。

 私は内心ほっとしたような、物足りないような、不思議な感情に包まれていた。



 その日以降、彼女が不必要に魔力を欲しがることはなかった。

 つぎの日からの授業も、(とどこお)りなく行われた。


 あの日の彼女はなんだったのか、今でもわからない。







 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 そうして遂に今日、十八歳になった彼女は王の座に立つことになる。


 この三年で彼女は随分成長した。

 魔力の扱いも上達してきている。とは言っても年齢からするとまだまだだ。




 「あー、緊張してきたー」


 戴冠式を前に、そう言って落ち着かないようにウロウロする彼女は微笑ましい。

 こんなにも緊張している彼女を見るのは初めてだ。どんな時も堂々と、明るく振る舞ってきていた。


 カーテンの向こう側では、現王が国民に向けて挨拶をしている。


 「さあ、もう出番だよ」


 そう声をかけて彼女を振り向かせ、いつも通り唇を合わせる。

 私の魔力が彼女の体に吸い取られていく。


 「いつもありがとうね、レイちゃん」

 「行ってらっしゃい、シュリアちゃん……いえ、シュリア様」


 私から離れ微笑む彼女に、赤くなった頬を隠し頭を下げる。



 『紹介しましょう。

 わが一人娘であり、本日から国王の座に就く、シュリア・テンダーです』


 王の声が聞こえて外が一層騒がしくなる。


 「シュリアちゃん、いってらっしゃい」


 私の声に優しく微笑み、小さく手を振る。



 彼女は大きく息を吐いて、一歩踏み出す。


 カーテンをくぐり私から見えなくなった瞬間、国民の声がより一層大きくなる。




 こうして彼女は国王となったのだ。










 「レイちゃんを、私の奥さんとしてテンダー家に招き入れます!」


 彼女の王としての待望の第一声がそんな爆弾発言だったのは、また別のお話。



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