235・制圧して終わらせるつもりだったのですが……
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総員、制圧せよ。
そう号令を下した俺の事を、乾は信じられないモノでも見るかの様な目で見ていた。
乾だけでなく、俺と相対している久地縄さんや、タツと切り結んでいた阿谷さん、リンドヴルムとアンフィスバエナさんを妨害していた佐藤先生も動揺し、息を呑んでいる事が気配から伝わってきている為に、確認はしていないが同じ様な状態に在ると見ても良いだろう。
「……そんな……ねぇ、ウソでしょう?冗談なんだよね……?ウソだと言ってよ、小鳥遊君!?」
「……実際に先制攻撃仕掛けておいて、今更何寝惚けた事抜かしてやがる?もうお前らは俺の『敵』になったんだから、情けの類いを掛けて貰えると期待はするなよ?」
すがる様に言葉を連ねる乾に対し、こちらも切り捨てる様に言葉を返す。
それと同時に手にしていた相棒を構え直し、少し前とは打って変わって呆然とした様子を晒している久地縄や、苦々しい感情を隠そうともしなくなったレイヴンクローへと向き直る。
乾の野郎はまだ自失から立ち直っていないので勘定に入れなくても良さそうだが、問題はこちらの二人の得物だ。
本来なら、間合いの広さから転じて、得物の長さは『使いこなせるなら』と言う前提を必要とするが、ほぼイコールで強さに直結する。
広い間合いから相手をより一方的に攻撃出来るし、何より一撃の威力が高まるので相手を倒し易くなるからだ。
しかし、特定の環境下では話は変わって来る。
例えば、現状の様な比較的狭い空間、即ち室内に於ける戦闘だ。
そもそも、長柄の得物を扱う場合、こう言う狭い場所での戦闘は避けなければならない。
何故なら、十二分に振り回せない長柄は取り回しに難が在り過ぎる為に、十全にその本領を発揮出来ないだけでなく、容易く懐へと潜り込まれてしまう可能性を引き上げ、自身の命を危険に晒す事になりかねない。
それ故に、長柄を扱う者達は、そう言う盤面でも闘える様にと短剣の類いをサブウエポンとして持ち歩き、その扱いに習熟すると同時に体術の類いも修めるのだけれど。
まぁ、とは言え、俺も一応小太刀術と体術の類いは習得しているが、その程度はご察しだし、相手の得物はこの閉所でも取り回せる程度の刃渡りの太刀と突きに特化した刺突剣だ。練度は言わずもがな。割りと不味い状況に在る事は否定出来ない敢然たる事実だと言っても良いだろう。
まぁ、どうにかするんだけどね?
内心にてそう呟くと、チラリとアストさんへと視線を送ってから前へと駆け出す。
流石に、自分から距離を詰めて来るのは予想外だったのか、こちらを窺っていた割には驚いた様子を見せながらも、それでも迎撃の構えを見せる久地縄とレイヴンクロー。
どうやら、得物の間合いの関係上、あくまでも自分達が攻める側であり、俺は迎撃に徹する事になるとでも思っていたのだろう。明確に、と言う程ハッキリと現れている訳ではないが、それでもそれなりに付き合いがあれば判断出来る程度には動揺している事が見て取れる。
……向こうで修行を付けられた、との話だったが、どうやら大した事は教えられていないみたいだな……。
そう判断した俺は、以前の二人ならば絶対に対処出来ないが、軽く見た限りでは今の二人ならばギリギリ対処出来るだろう、と言う程度に力を抑えた中段の踏み込み突きを放つ。
自画自賛ながらそれなりの鋭さを持ったその一撃を、直前まで呆けていた久地縄をレイヴンクローが叩き起こして必死の回避をして見せる。
当然、ギリギリながらも回避出来るであろう事を予測した上での攻撃であった為に、次の手としての追撃や、更にその次の手としての追い討ちとして準備していた攻撃を次々に繰り出して、確実に二人を追い込んで行く。
それこそ、その状態から多少の援護が在った程度では、逆転までは持っていけないであろうと思える位に、だ。
ソレにより、俺が本気である事を、別段死んでも構わない位の気概にて攻撃している事を後れ馳せながら乾の奴も察したらしく、若干顔を引き吊らせながら向こうも号令を掛ける。
「皆!全力戦闘準備!小鳥遊君達が本気で来るなら、手加減なんてしてられない!各自、『技能』の使用を許可するけど、なるべく殺さない様に、でも決して死なない様に立ち回って!お願い!!」
その号令により、俺と相対していた二人を含めた相手方全員の空気が変わり、纏っていた雰囲気が殺伐とした戦闘者のソレへと変化して行く。
同時に、どうあっても俺が手を止める事は無い、と言う事と、応戦しなければ死ぬのは自分達だ、と言う事に漸く思い当たったらしく、それまでの『迷い』や『戸惑い』の多分に含まれていた動きが一段階引き上げられ、キレや戦意が洗練されたモノへと変化して行く。
その切り替えの思い切りに思わず感心していると、自らの頬をかすらせる様にして俺の攻撃を回避して見せた久地縄が、相棒と交差する様にして擦れ違い、俺の懐目掛けて深く踏み込みながら納刀していた太刀を使っての居合い抜きを放って来ようとする。
その視線は俺の右腕に向いているが、柄の向きや手首の角度等から察すると、狙っているのは俺の左足の膝上であると推測出来る。
恐らくは、彼女の所持していた『遠斬』による、得物を振るった際に発生させられる虚空からの斬撃によって俺の右腕を攻撃して戦闘力を奪い、同時に自身の刃によって軸足でもある左足に追撃を入れて無力化を図る、と言った感じのシナリオなのだろう。
左腕を狙わなかったのは、未だに異形と化していると思っているからだろう。あからさまに防御力の高そうな場所だと分かっていれば、狙いから外して然るべきと言うモノだろう。
もっとも、その時点で既に、自分から『鱗によって防御されたら刃を通せる自信が無い』と言っている様なモノでもあるので、狙っている場所両方ともに変化させ、わざと攻撃を受けながらも無傷で反撃、とかしてやろうか?そうした方が、精神的な動揺も誘えるだろうから良さそうだ。
そう判断を下した俺は、予め鱗を服の下に展開し、防御を固めた上でわざとらしく無い程度に迎撃の手を緩め、わざと至近距離まで誘き寄せるとカウンターの一撃を準備しながら久地縄が太刀の鯉口を切り、居合い抜きからの浴びせ斬りを仕掛けようとするのを確認する。
……それと同時に、何故か分からないが、俺の背筋を極大の悪寒が貫いて行く。
突然何故?との疑問が脳裏を埋め尽くすが、常日頃からその悪寒に裏切られる事は無かった為に、頭で考えるよりも先に身体が咄嗟に動き、その場で尻餅を突く様にして身体を沈み込ませる。
すると、寸前まで俺の右腕が在った場所を、俺の背後から不可視の何かが通り過ぎた感触がし、それから少し遅れて抜刀された勢いのままに久地縄の刃が俺へと迫って来た。
寸前で発生した不思議現象に若干パニックになりかけながらも、迎撃の為に相棒を振るって刃を受け止めようとするが、またしても悪寒と共に嫌な予感がした為に、刃を真っ正直から受け止めるのではなく横から叩く様にして攻撃を逸らさせる事を選択する。
すると、振り抜かれた刃が床へと向かって行き、刃その物は寸前で止められた様に見えたにも関わらず、刃の向けられていた床その物は大きく切り裂かれる事となった。
「……ちっ、『技能』が変化……いや、これは、習熟による十全な操作に近い、か……?」
「……ご名答、とだけ言わせて頂きます」
思わず溢れた呟きを拾っていたらしく、久地縄が相槌を返して来る。
……成る程、師匠達に揉まれたって話は、満更嘘でも無さそうだな。なら、全力はもっと上だと思っておいた方が良いか……?
戦の喜悦か、もしくは俺の今更ながらに警戒を深めた空気が愉快なのか、その口元に笑みを浮かべ始める久地縄。
随分と調子に乗ってくれちゃって、と若干の苛立ちと共にその顔を注視すると、つい先程までとは『何処か』は良く分からないが、確実に『何処かが』変化している様に思えた。
今度はこちらから距離を詰め、これまでしていた一切の手加減をせずに攻め立てながら観察する。
すると、一気に守勢に回らされた事によって歯を食い縛り、所々攻撃によって散った血飛沫にて赤く濡れているものの、その唇と目元を紅く染めて施された化粧と僅かに流血する指先から違和感の正体へと辿り着く。
「成る程、習熟による十全な操作に加えて、別の『技能』との併用か。差詰め、以前は使っていなかった『血化粧』でも使ってるんだろう?効果は……身体能力全般の強化と、あと『技能』の効率的な運用って処か?デメリットとして、自らの血で化粧を施す必要が在る、って感じかね」
「…………まったく。何故この僅かな時間で、そこまで見抜けたのでしょうか?所持している拙ですら、全貌を把握するのに数ヶ月は掛かったと言うのに……!」
苦し気に息を荒げ、悔しそうに顔を歪めながら、俺の推測を肯定してくる久地縄。
その首元へと穂先を差し込み、これ以上抵抗すれば息の根を止める、と無言のままに脅しを掛けて周囲を見回す。
タツの処は、どうやらパワー勝負になったみたいだが、意外な事に阿谷の奴が思った以上に頑張ってしまったらしく、タツの方は『練気』まで持ち出して事に当たってしまっているのに、完全に押し負けている。
タツが例の大剣を拳で白刃取りし、一応拮抗状況が保たれているようにも見えるが、タツの方は既に膝が床へと付けられてしまう程に押し込まれてしまっており、表情からもあまり余裕が在る様には見られない。
一方レオの方も、最初に遊びを入れすぎたからか、やや苦戦している様子だ。
流石に、何体にも分裂し、その上で『技能』でも使っているのか急激に加速する音澄相手に決めきれていないらしく、何時も通りに微笑みを浮かべてはいるものの、若干の苛立ちが入り交じっている様だ。
龍二人の方も、一応均衡状態になっていると言っても良いだろうが、若干押され気味だと言っても間違いは無い様に見えた。
当然、佐藤の放っている矢は二人の防御を突破出来ている訳ではない。人の姿を取っていても、それでもやはり龍である以上は当然だろう。
だが、どうやら佐藤の所持している『技能』の中に、何かしらの条件を満たすと攻撃の威力を上げる様なモノが在るらしく、完全に足止めされてしまっている様だ。
一本一本が分裂して複数の矢として襲い掛かって来るので、威力の上昇幅は不明だが、あれだけの数を一度に当てている以上は衝撃も相当のモノであり、前に出ようにも出られないのだろう。
流石に、龍の姿へと戻りさえすれば、幾らでも強引な手が使えるのだろうが、この狭い室内にてそんな事は出来ないし、そもそもそんな事をしてしまっては、奪還目標であるこの魔王城を自らの手で破壊する事になる以上は選択する事は出来ないだろう。
むしろ、しないで下さいお願いします。
そして、視線を正面に戻せば、未だに踏ん切りが付かずにどうしようか悩んでいるらしいレイヴンクローと、完全に後方支援に能力が振り切れている以上は何も出来ない桜木。それと、ちょくちょく邪魔をしてやっている上に、アストさんとの魔法の打ち合いをしながらも、それでも詠唱と魔法の発動に必要な手順と思われる『何か』を止めずに続けている乾の姿が目に入る。
正直、何をしようとしているのか不明ではあるのだが、これだけの規模で何かしようとしている以上、まともな事ではないのは明らかなので早めに片付けたいのだが、状況的に少々厳しいと言わざるを得ないのが残念な処だ。
流石にこの状況で乾の処に向かっては、折角抑えた久地縄も再度動き出すだろうし、未だにどちらに付くのか判断しかねているレイヴンクローが乾の側について攻撃してこないとも限らない。
だが、このまま乾を放置しておいて、何かデカイ事をやらかされても厄介なのも確かなのだ。
……部屋の外に待機させている面子がここにいればもっと早く片が付いたのだが、身体の大きさ的に入れない様な連中ばかりなのだから言うだけ無駄だとは分かっているのだが、それでも言いたくなるのは仕方無い。
なんて思っている内に、どうやらレイヴンクローが立ち位置を決めたらしく、俺へと向かって駆け出して来るのと同時に、俺の周囲へと無数の攻撃の気配が発生する。
その不可視の攻撃に対して、相棒を全方位へと振るって対処していると、その隙を突かれて久地縄に逃げられてしまう。
もっとも、俺を攻撃して行く程の余裕は無かったのか、一目散に俺の間合いから離脱する事を選択し、今は桜木の元で治療を受けているみたいだ。
おまけに、乾の奴が本命の展開を行いながら下位の魔法で弾幕援護をしてくるつもりらしく、俺の目には無数の小さな魔方陣が展開しつつあるのが見える。
……これは、ちょっと不味いかな……?
そう判断した俺は、このまま制圧するのが困難であると判断し、皆へと新たな号令を下すのであった。
「総員、一時撤退!場所が悪すぎる!一旦引くぞ!!」
一時撤退を選択した主人公達
果たして、今後の展開やいかに!?
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