143・手合わせする事になりました…… 2
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…………ペチッ……ペチペチッ…………
……何かが、顔を叩いている様な感触がする。
しかし、覚醒に至る程の刺激ではない為に、無意識的に無視してしまう。
…………フワッ……フワフワ、モフッ……!
……何かが、顔を撫でている様な感触がする。
大変柔らかく、暖かなその感触は大変好ましいモノだったので、反射的に捕まえて懐へと抱き込んでしまうが、それでも意識を覚醒させるには至らない。
……ペロッ、ペロペロ、ズシッ!モフッ、ペロペロペロペロ!!
湿った何かが顔を撫でる感覚がした。
そして、それが激しさを帯びると同時に、何やら大きくて重くてモフモフした暖かくて柔らかい何かが俺の身体へとのし掛かり、その上で俺の顔中を湿った何かが激しく往復して行く。
「…………ぅ、一体何が……うおぅ!!?」
それらの刺激に溜まらず飛び起きると、目の前には巨大な狼の顔面が在り、一心不乱に俺の顔を舐め回していた。
一瞬、何かの襲撃か!?とも勘違いしかけたが、流石に毎日モフり続けている毛並みの感触と、独特なサイズから俺を舐め回しているのがリルだと言う事に思い当たる。
そうなると、と思い直して胸元に抱えて無意識的に指先を突っ込んでいたモフモフへと視線を下げると、そこに居たのは案の定カーラであり、無意識的な俺のテクニックによって蕩けた様な表情をしながら心地好さそうな鳴き声を上げていた。
それを認識して嫉妬に駆られたのか、それとも単純に俺が起きた事を認識したからか、更に俺の身体へと体重を掛けてより一層そのモフモフとした身体に埋もれさせる様にすると同時に、それまでよりもより一層激しく舐め回し始める。
最初はしたいがままにさせておいたのだが、あまりにも止める気配が感じられなかったので、流石にこれ以上涎でベトベトにされるのは不本意だった為に、少々可哀想だが半ば無理矢理押し退けて舐めるのを中止させる。
すると、リルの方もリルの方で悲しそうな目をしていたが、それでも俺が無事に起きた事を認識したからか、舐め回す事は止めて代わりにその鼻先を俺の襟首に突っ込んで匂いを嗅ごうとしてくる。
それを適当にあしらっていると、俺の意識が途絶える寸前までの出来事が思い出され、それと同時に頭頂部へと激痛が襲い掛かる。
思わず患部に手をやってみると、案の定最後に獣王から踵落としを貰った部分が腫れており、見事なたん瘤が出来ていた。
触れてしまった事により再度発生した激痛に耐え兼ね、思わず半泣きになりながら何か冷やせるモノか、もしくは『回復薬』の類いでも無いかと当たりを見回すと、何故かリンドヴルムだけが近くに居ない事に気が付く。
気になって探してみると、俺達が獣王と手合わせしていた場所から少々離れた処にタツ、レオと共に居るのが見えたのだが、そこには何故か『そう在ってはならないモノ』が在る様に見えてしまう。
……その幻覚を具体的に描写するとすれば、『襤褸雑巾にされた獣王カニス』と言うべきモノだろうと思われる。
まぁ、実物(実際にそうなっている本人)を見た事が無いので断言は出来ないが、着ている衣服等から察すると多分本人なのだろう。
そんな幻覚を振り払うべく頭を軽く振っていると、俺が視線を送っていた二人と一頭も俺が起きた事に気が付いたらしく、獣王(の様なモノ)を放置したままこちらへと歩いて来る。
「……起きたか……」
「いや~、負けちゃったねぇ~。ルール的には勝てたと思うけど~、あの状況じゃあ勝てたとはとても言えないよねぇ~」
そう言いながら、何故か用意してあったらしき氷嚢と『回復薬』を投げ渡して来る二人。
それを受け取り、『回復薬』を摂取してから効き始めるまでの間、たん瘤を冷やすべく氷嚢を押し当てる。
そして、視線で獣王らしきモノをチラリと示してから、二人へと『何が起きた?』と問い掛けると、二人からは俺達専用のハンドシグナルにて衝撃的な返答がもたらされた。
タツ曰く、アレをやったのは従魔達である、と。
レオ曰く、油断していた様子だったが、ほぼ一方的な蹂躙であった、と。
そう言われて見れば確かに、獣王の身体に残されている痕跡には、噛まれた様な跡や爪で切り裂かれた様な跡、炎によって炙られた様な跡も残っていた為に、おそらくはガセではなくガチなのだろう、と判断してそれ以上の追及はしない方針へと舵を切る。
そこまで考えてふと思い付いた事があった為、近くに居た二人へと問い掛けてみる。
「なぁ、魔王とルィンヘン女王の姿が見えないけど、あの二人はどうしたんだ?」
流石に獣王ならばともかく、あの二人が別れの挨拶も無しに早々に帰還する、何て事は想像出来なかったので聞いてみたのだが、その答えは二人以外の処からもたらされる事となる。
「お?漸く起きたようだな。そら、さっさと準備せよ。次は、余がそなたらの相手をしてやろう」
「あまりやり過ぎない様にお願いしますよ?その次は、私の番なのですからね?」
その声に導かれる様に振り替えると、そこには腰に差していた長剣を鞘ごと引き抜いて地面へと突き立てている魔王と、その横にて普段抑え付けている魔力の箍を外しているルィンヘン女王の姿が在るのであった。
******
何故かやる気満々な魔王に促されるままに得物を構え、誘って来た本人と対峙する俺達。
あの三人の中では、唯一見た目の威圧感と実力とが釣り合っている(獣王カニスもルィンヘン女王も外見的にはあまり強そうには見えない)相手であり、その身体から発せられる圧力は俺達を蹂躙した獣王カニスと並ぶ程のモノを感じさせられる。
……正直、最初に顔を合わせた時から、恐らくは勝てないだろう、と思わされるだけの実力差が在ったが、今に至るまでその差が縮まった様にはとても思えないのが現状だ。
多分だが、あの『試練の迷宮』の底で戦った時のリンドヴルムなら、魔王一人で倒せるんじゃないだろうか?まぁ、多分ほぼ相討ちに近いか、魔王がボロボロになりながら勝利、って事になるのだろうけど。
そんな見立てをしていると、俺達の準備が終わったと認識したのか満足そうに頷きながら魔王が口を開く。
「うむ、では始めるか。先程の獣王殿は少々やり過ぎであった故に、今回はやり方を変えようと思う。
早い話が、そなた達と余とでの多対一での試合だな。
互いに鞘を嵌めた状態にて戦い、有効な部位への攻撃を受けた者は失格。
そなた達は余から一本奪えばそれで良い。当然、そなた達は全滅するまで戦闘可能だ。
流石に、互いに身体強化の類いや飛び道具の類いは無し、その代わりに、余も魔法は使わぬ。これでどうかな?」
「……得物での攻撃以外は無効判定、と?」
「……そうなると、俺は大分枷が着くのだが……?」
「僕も~、既に飛び道具が禁止されている時点で~、大分制限貰ってると思うんだけど~?」
「ふむ?それはそうだろうな。
まぁ、タツ殿の様に無手の者も居る以上、『攻撃として成り立つ行動』であれば有効打として認めるとしようか。
レオ殿に関しては少々心苦しいが、流石に刃引きしてあるモノや鞘が在るモノばかりではあるまい?もし在るのなら、それの使用は認めるとしよう。
他には何か?無いなら、始めるぞ?」
その言葉に返答をする事無く、改めて得物を構える俺達を見た魔王は、それ以上言い募る事を良しとせず、自身も得物たる長剣を構えて切っ先をこちらへと向けてくる。
そして、その視線の真剣さとは裏腹に、口元には獰猛な笑みが貼り付けられている様にも見てとれる。
「……痛つつ。では、開始の号は儂が掛けるとするかの。
では、始めい!!」
そうやって俺達と魔王とで見合っていると、何時の間にか復活していたらしい獣王が起き上がり、俺達の中間位の位置まで出て来て軽く手を掲げ、開始の合図を出しながら振り下ろす。
それに釣られる形で飛び出した俺達とは対称的に、悠然と構えながらゆっくりと歩く様に距離を詰めてくる魔王バアル。
その足取りは決して早いモノでは無かったし、俺達もそこまでグズグズしていた訳でなかったのだが、先に中間地点へと到着したのは魔王の方であり、それ以上距離を詰めて来ようとはせずにその場で待ち構える姿勢を見せる。
格上相手に悠然と構えられているだけで、こちらにとってはかなりのプレッシャーが掛かるので、出来れば勢いのままに仕掛けたかったがなってしまったモノは仕方無い為に、更に足を早めて距離を詰める。
そして、魔王の身長と得物の長さから予測される間合いのギリギリ外側から、俺は鞘が着いた状態にて造り出した短剣を、レオは鞘を着けた状態でしまっていた小柄をそれぞれ魔王に向けて投擲し、それと同時に魔王を取り囲む様な形に散開する。
対する魔王は、俺達が先制攻撃としてまず投擲してくる事を知っていたかの様に落ち着いたまま得物を構えると、まるで何処に飛んで来るのか予め把握していたかの様に一筆書きに得物を振るい、一切の無駄な動作を行わずに全ての投擲物を打ち払ってしまう。
その様な動きを披露していて尚、視界から外すとすぐに何処に居るのか把握出来なくなるレオの事は決して視界から外そうはしないのに、その上で的確に俺とタツの居場所も把握しているらしい素振りまで見せてくれるのだから手に負えないと言うモノだろう。
まぁ、だからと言って、一合も斬り結ばないで敗けを認める様な事は、死んでもしないのが俺達なのだけど。
そうして展開が終わった俺達は、現状互いに鞘を着けたままなのだし、どうせ死ぬことは無いのだから思い切って行くか!とある種の楽天的な思考に行き着き、取り敢えずやるだけやってみるか、と魔王の間合いへと踏み込んで行く。
すると、最初は様子見から入る、とでも予想していたのか、魔王の顔に予想外だ、と言いたげな表情が浮かべられるが、そんなモノはお構い無しとばかりにそれぞれが最適な間合いへと踏み込んで行く。
流石に、その段まで行けば魔王も悠然と構えているばかりでは居られなかったらしく、そのまま囲まれない様に、とゆっくりとしている様に見えて実際に速度は素早い例の歩法にて動き回るが、その度に先回りする形で俺とレオとが短剣や小柄を投擲して牽制する為に、包囲から逃れる事を諦めたのか足を止めて迎え撃つ体勢へと移行する。
が、わざわざそれを俺達が見逃してやる理由も、待ってやる理由も特には無い(と言うよりも待つと多分負ける)故に、最初手は最も間合いが広くて攻撃速度も速い俺が、絶対的な死角であるハズの背後から仕掛けてみる。
無論、この一撃が呆気なく直撃し、そのまま決まってしまっても構わないつもりで相棒を握り込み、俺の『飛鷹流』の奥義である『天穿ち』を使う際にも使用する技術である『抜き』の技術も使用して、『練気』未使用の状態では最速であるハズの一撃を魔王の背中目掛けて突き放つ。
しかし、空気すらも摩擦で焦がしそうな程の勢いのその一撃も、何故か背中を向けていたハズの魔王には感知されていたらしく、それまで視線を向けてすらいなかったのに流れる様な動きにて紙一重で回避されてしまう。
そして、それだけでなく、俺の一撃を回避した魔王は更に一歩大きく踏み込み、俺の間合いである『槍の間合い』の内側、自身の間合いである『剣の間合い』まで一気に入り込んで来る。
そこまで近付けば、その頬に一筋の切り傷が出来ている事や、額に冷や汗と思わしき汗が浮かんでいる事、視線が完全に俺へと固定され、俺を真っ先に排除しようと焦っている事等が読み取れるが、流石にそこまで近付かれてしまうと組打ちが本職や小太刀が本職程にゼロ距離戦闘の技量が無い俺では対抗出来ない為に、懐への強者の急接近に思わず身体が固まりかける。
だが、それは即ち他の面子への警戒が薄れてしまっている、と言う事でもあり、同時にその分奇襲が仕掛けやすくなっている、と言う事でもある。
そう、今の二人の様に。
「……俺達から視線を完全に外すとは、案外と余裕だな……」
「嘗められている訳ではないと思うけど~、ハッキリ言ってその選択は悪手じゃあ無いのかなぁ~?」
「なっ!?しまった!!?」
あれだけ警戒していたハズのレオや、ああ見えて実は意外と隠密行動も得意なタツから視線を外してしまえば、こうして奇襲や強襲を仕掛けられるのは目に見えていたハズなのだが、それだけ俺の一撃を必死で回避していたと言う事でも在るのだろう。
だが、それを考慮して手を抜く様な二人ではなく、既に『剣の間合い』の更に内側、更に近距離の『短剣の間合い』や『無手の間合い』へと身体を滑り込ませた二人が、容赦の欠片も無くその得物を魔王へと振るって行く。
しかし、幾ら間合いの内側へと潜り込まれたからと言って、そこで諦める様な柔な精神をしている訳もなく、魔王の方も時に長剣の鍔や柄の部分にて斬撃をガードし、時に得物を振れぬままに肘や膝等にて攻撃を受け流したりと、審判をかって出た獣王が有効打判定を出す事が出来ない程に、全ての攻撃を捌いて行く。
その時には既に、俺も魔王の間合いからは逃れており、超至近距離戦闘を繰り広げる二人の合間を縫う形での支援しか出来なかったが、それでも攻撃に参加して攻め手を増やして魔王の行動選択肢を少しでも奪い、二人が優位に動ける様に支援する。
そんな中、あまりにも攻撃が当たらない事に苛立ちを覚えたのか、タツが俺達へと密かにハンドシグナルにて指示を飛ばして来る。
それを受け取った俺とレオは、その内容に少々ゲンナリしつつも、それで事態が動くのなら、と思ってそれに従いタツと位置を入れ替わる。
突然タツが下がり、代わりに俺が入った事によって攻撃のリズムが変わり、それによって一瞬魔王が表情を歪めるが、その次の瞬間にはもう俺とレオとのコンビの動きに合わせて調律しており、それまでと変わらずに俺達が攻めて魔王が守る膠着戦へと成り果てる。
が、それも下がっていたタツが
「……今だ!散れ……!」
と俺達へと合図を送り、その瞬間には散らばっていた俺とレオとの間を抜ける様に飛び出したタツが、その勢いのままに魔王へと殴りかかる……事はせずに、わざと地面を殴り付ける事で半ば強制的に解除される事となる。
そう、蛟流の奥義の一つ、以前も使った事の在る『地崩し』を、本来の用途である対多数・閉塞空間戦闘の使い方ではなく、攻めても攻め切れない相手を崩す為の範囲攻撃として使用したのだ。
当然、タツが何かしようとしていた事は把握していた魔王だったが、タツが『何を』しようとしていたかまでは把握していなかった為にタツの行動に困惑していたが、それも自身の足元が爆発した様に弾け飛び、突如として足場が無くなった事で否応無く理解させられる事となる。
そして、それをわざわざ見逃す俺達ではなく、空中へと身を投げ出されている魔王へと向かって跳躍し、三人掛かりで攻撃して行く。
攻撃されてた魔王は魔王で、俺達三人から浴びせられた突きや打撃や斬撃を必死に捌き、時に反撃まで交えて来たが、流石に自身で飛び上がった訳でも無い強要された空中戦は不得手の範疇に入ったらしく、俺とタツとが反撃を貰ってしまう事となったが、とうとうレオの刃が魔王の身体を捉える事に成功する。
それを見た獣王が、俺達の勝利と手合わせの終了を宣言しようとしたのだが、地面へと着地した魔王が手を掲げてそれを押し止める。
「いやはや、まったく。カニス殿との戦闘を見ていた以上は解っていたハズだが、やはりこちらの予想を超えて来るとはな。
この手合わせ、余の負けだ。それは認めよう。
……だが、流石にこの世界の『人間』に於ける最強の一角を預かる身としては、己の力の片鱗を見せておかねばなるまい。
これは、余の個人的な我が儘であり、それに付き合わせる形となる事は些か心苦しいが、流石にこの程度で死んでくれるなよ?」
そう言って鞘を着けたままの長剣を掲げた魔王が、何の事は無い、と言う風にしながら、俺達から数m離れた場所に立ったままで、一度だけその長剣を振り下ろした。
すると、突然何の兆候も無しに俺の右肩へと思わず膝が砕ける程の打撃が加わり、思わず相棒を取り落としてしまう。
事態が把握しきれないままに目を白黒させていると、俺の左右に居たタツとレオまで俺と似た様な状態にて肩を抑えて膝を突いていた。
それを把握した俺が魔王へと視線を向けると、直前までは整っていた息を乱しながら、何故か憔悴した様子の魔王が視線のみにて
『これが余の『本気』だが、どうだっただろうか?』
と問い掛けて来たので、謎の打撃によって痛みを発していた右手を含め、両手を掲げて降参の意を示すのであった。
ちなみに、最後の打撃は魔王の所持する『技能』の一つで、一回の挙動によって複数の対象へと攻撃を与える事が出来るモノです。
今回は鞘着きの状態で剣を振るった為に『打撃』となりましたが、鞘無しであれば三人ともバッサリとやられていた事でしょう。
当然、それの効果に見合っただけ消耗するので滅多に使わない『技能』でもありますが。
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