13・落ち着いたので手合わせする事にしました
「小鳥遊殿、本当によろしいのですか?」
「大丈夫、ノープロブレム、無問題。良いから早よ掛かってらっしゃいな。それに、むしろ俺の心配をするよりも、自分達の心配をした方が良いぞ?」
そう言いながら、槍を右手で小脇に抱えて構えつつ、左手の掌を上に向けたまま、指だけクイクイッと動かして、俺の目の前で武器を片手に展開している彼女達を挑発半分に『掛かって来なさい』と促す。
「……流石に、ここまで虚仮にされますと、『うっかり』当ててしまうかも知れませんわよ?」
「……流石に、甘く見すぎ」
「……でも何だろう、先生、凄く『嫌な予感』がする、と言うよりも、『嫌な予感』しかしないんだけど気のせいかな?」
そうして、俺を取り囲む様に展開した四人と、その中でも友人である久地縄さんを応援してつつも、自分も参加しようとしたのだが、選んだ武器の関係で参加を禁止され、何処か不満気な表情を浮かべる阿谷さんと、自分が参加しなくて済んだ事を喜びつつも、比較的仲の良い亜利砂さんと音澄さんが参加しており、オロオロしながらも怪我をしないように、と応援する桜木さん。
そして、何故か友人達が居る女性側ではなく、どちらかと言えばこの場では『悪役』となっている俺の方を応援してくる乾と、『結果は分かっている』と嘯きながらも、一応は見ておこうか、と食器(木製、一人につき皿・お椀・フォーク・スプーン・箸を支給予定)を制作しながら観戦する腹を決め込んでいる二人を合わせた俺以外の全員を視界に納めながら、この状況になった理由を思い返す。
事の起こりは数分前、俺が三人(乾・桜木さん・阿谷さん) の適性を判断し、その上で阿谷さんに『竜殺し』を渡した後に、小屋へと向かって皆と合流した後の出来事であった。
当然の様に、行きは手ぶらだったのに、帰りでは刀身だけで2mも有り、人の肩幅程の刃幅を持つ様なブツを持ってきた事に、残っていた面子からは質問の嵐が発生したし、タツとレオは現物を見ていた以上、一目でそれが何かを見抜いていたが、何故それを選んだんだ?と言わんばかりの視線を向けられてしまうと言う場面すらあった。
そして、それの後直ぐに小屋は完成し、それから造り出した俺達用の縦穴式住居も、もう少し壁を厚くするかどうかで話し合いが持たれてはいたが、ほぼほぼ完成を迎えており、後する事と言ったら、各人用に食器でも作るかね?と言ったタイミングでの発言から始まったのだ。
『……落ち着いたなら、手合わせ願える?』
そう、俺に聞いてきたのは、俺が渡した長刀片手に、鼻息を『フンスッ!』と吹き出し、表情をキリリ!と引き締めながらも、その目を隠しきれていない興奮でキラキラと輝かせている音澄さんだった。
……確かに、落ち着いたら手合わせする、とはここ(湖)まで移動する際に約束したし、その時の反応から、音澄さん本人も楽しみにしているのだろうなぁ~、とは分かっていた。
分かってはいたけど、まさかここまで楽しみにしているとは思って無かったわぃ。
まぁ、そんなに楽しみにされていたのなら、と思って、隣に居たタツとレオに視線を向けると
『こっちは良いから行ってやれ』
『こっちは~、僕達でやっておくからさ~』
との言葉と共に、俺が作りかけていた分と、まだ手をつけていなかった分の材料をヒョイと自分達の方へと移動されてしまい、ならお言葉に甘えて、と相棒を片手に、開けて場所へと移動しようとしたのだが、その時、偶然なのか、はたまた道中で聞いていて『その時』を狙っていたのか、亜利砂さんと久地縄さんも、俺達の手合わせに参加したいと言い出し、ついでに、と同じく戦闘要員と化していた先生も、巻き込まれる形で参加する事になったのだ。
……まぁ、ここまでは良かったのだ。
俺が順番に相手するなり、空いている人同士で手合わせするなり何なりして、暫くやっていればそれで済んだのだから。
処が、それでは済まなくなったのだが、それは亜利砂さんのこんな一言が原因だった。
『そう言えば、私、小鳥遊さんの戦っている所を見たことが無いのですけど、本当に仰っていた通りに強いのかしら?』
その言葉を耳にした俺の米噛みがピクリと動くが、それに気が付いていない様子で、女性陣が会話を始める。
『……それは、どうでしょうか?拙も直接目にする機会に恵まれ無かったものでして、小鳥遊殿の実力に関しては、亜利砂殿と同じく聞き及ぶ限りになってます。
しかし、三人掛かりとは言え、あれだけの大物を仕止めた実績が有る以上は『それなり』の腕前と見るべきかと思いますが?』
『……小鳥遊は多分強い。でも、どの位強いかは、正直分からない。
でも、見た感じ『私と同じか少し上』程度だと思う。やってもなくては分からないけど、多分『勝てなくは無い』』
『まぁ!その程度の腕前なのでしたら、私の実力から考えれば、『負ける方が難しい』でしょう!
もっとも、勝負には絶対が無い以上、全力でお相手させていただきますけれど』
その会話を聞いた俺から、怒気とも闘気とも殺気ともとれるモノが立ち上ぼり、同じく会話を聞いていたタツとレオは『あちゃ~』と言わんばかりの雰囲気で手で顔を覆う。
……あの『小娘』共。
自分達が『強者』の立場に居ると思い込んで驕るならともかく、よりにもよって俺を、一度戦場に出れば、空飛ぶ鷹に届く程の屍の山を築くと謳われた『飛鷹流』の継承たるこの俺を『弱者』扱いしてくれている訳だ。
別段、自らが『最強』である!などと驕るつもりは毛頭無いが、それでも元居た世界では『強者』の域に、指先位は引っ掛かっていたハズ、多分、……きっと、程度の『強さ』は持っていたと自負している。
なので、彼女達の俺に対する今回の物言いは、著しくその自負を傷付け踏みにじるモノであろう事は間違いない。
……これは、ちょーっとばかり、キツ目なお灸を据えてやる必要が有るみたいだなぁ……?
そして、もはや俺との対戦ではなく、それ以外の組み合わせについて熱心に話し込み出した彼女達に、俺はこう言い放った。
『一々一人づつ相手にしてやるのも面倒だ。全員纏めて相手にしてやるから、さっさと掛かって来い』
……そして、それを聞いた三人が半ば激昂しかけつつも了承し、ついでに先生も巻き込まれて参加する羽目になり、それらを見ていた阿谷さんが飛び入り参加しようとしたが、使う武器が武器なだけに、殺し合いするわけでもないのだから、と参加を規制されると言った事を経て、現在の試合(果たし合い?)開始直前に至る、と言う訳である。
そんな事を思い返していると、まずは自分から、と言わんばかりに一人だけ前に出てきて、刺突剣を構える亜利砂さん。
「……先程から大口を叩いていらっしゃいましたけど、貴方程度であれば私一人で十分ですわ!
それに、あれだけの大口を叩かれたのですもの、これで敗けられたら、このグループのリーダーは降りて貰いますがよろしいですわよね?」
「……まぁ、『勝てたら』、な」
……もしかして、こっちに着いて来たのって、大神よりも俺達の方が与し安そうだったからかね?
なんて事を考えていたら、隙有りと見たらしく、開いていた距離を一気に走って詰めてくる亜利砂さん。
もちろん気付いている俺は迎撃の為に構えを変えるが、ギャラリーとして見ていた乾達からは
「不意討ちだ!卑怯だ!」
等の言葉が出て来るが、古来より戦場では、相手を殺す為ならば『何でも有り』が作法だし、当然の様に俺の『飛鷹流』にも相手の隙を突いて倒してしまう技法が伝わっている。
故に、亜利砂さんの行動は、卑怯でも何でもない。
むしろ、称賛されるべき行動だろう。
まぁ、相手である俺に気付かれている時点で勇者の称号で称えられる(笑)のは、確定なのだけど。
そんな事にも気付かずに、俺の不意を突いたと思い込んでいる彼女が間合いへと飛び込み、その勢いのままに突き掛かって来る。
首元を狙ったそれを避けてやると、回避された事を驚きながらも、初撃に続く二手目・三手目と連撃で放たれる攻撃を、彼女の力量を見極める為に観察をしながら避け続けてみる。
……フム。
速さは十分。
鋭さも合格点をやっても良いだろう。
……だが
「……それ以外は不合格、だな」
そんな呟きと共に、当てるつもりで放っていた攻撃を全て避けられた焦りからか、渾身の一撃として放たれたであろうソレを、左手の親指と小指で挟んで完全に止めて見せる。
「なっ!?」
自身の渾身の一撃を、僅か指二本で止められた事に驚愕しながらも、反射で刺突剣を引いて距離を取ろうとするが、俺の指から刺突剣は抜けず、逆に俺の腕の動きで彼女の体勢が徐々に崩れて行く。
そして、彼女の右腕が肘の内側が上に来るように誘導し、更に肩の高さまで押し上げてやってから、挟んでいた先端を指で弾く様に解放してやる。
すると、まるで最初からそういう風に細工がしてあったオモチャの様に腕が肘の部分で跳ね上がり、そのままバランスを崩して尻餅を突く形で倒れ込む。
『飛鷹流』の技の一つで、無手で相手の武器を抑えて無力化する『啄み』と呼ばれる技法の応用なのだが、面白い位に綺麗に嵌まってしまい、笑いたいのを堪えて一足に近付くと、まだ座り込んだままな彼女の喉元に槍を突き付けて降伏を促す。
が、そのタイミングで烈迫の気合いと共に、久地縄さんが抜刀しながら飛び込んで来た。
全員で来い、と言った手前、確実に多対一になるだろうとは思っていたが、それでも一人くらい脱落してからなるかと思っていたが、想定よりも鈍くは無いらしいね。
「ちょ、ちょっと!久地縄さん!まだ私の番は終わってませんわ!!」
「……亜利砂殿。既に分かっておられるハズです。拙達では、小鳥遊殿に一対一で挑んだ処で、勝ち目が無い事は。そして、拙が割って入らなければ、亜利砂殿は脱落させられていた事も」
「そ!そんな事!まだ決着が着いていなかった以上、まだ分からない「小鳥遊殿が本気であったのなら、拙も亜利砂殿も、一太刀目を撃たせて貰えなかったであろう事は、もう分かっておられるでしょう!?」……そ、それは……」
「なればこそ、複数で掛からねば、その程度して見せなければ、小鳥遊殿を失望させる事となりかねません。……それは、避けねばならない事柄でしょう。
では、拙から掛からせて頂きます!
久地縄 時雨、参る!」
話し合いが終わったのか、俺へと向き直る頃には既に、斬りかかって来た際に抜刀していた刀は納刀されており、最初と同じ様に居合術の抜き打ちから組み立て始めるつもりの様で、再度突っ込んで来る。
槍の間合いの広さを利用して迎撃してやっても良いのだが、それだとつまらないし、居合術は初撃の抜刀はとにかく読めないので、ここは避けずに相棒で防ぐ!
キィン!と高い金属音が辺りに響くが、互いの得物に損壊は無く、そのまま戦闘が続行される。
……成る程、速さはまぁまぁとしても、一太刀一太刀がそこそこの重さで斬り込まれており、かなりの鍛練を積んだことが感じ取れる。
これは、中々将来的には有望だが……まだダメだな。
連続される斬撃を避け・止め・流していると、どうやら俺が攻めあぐねているらしいと勘違いした様子で、多分フェイントだと思われる動作を仕掛けて来た。
面白そうだったので乗ってみたら、やはりフェイントのつもりだったらしく、空振った事で若干体勢が悪い今だと避けるのが困難だろうと思われる一撃を放ってくる。
……まぁ、そうするように誘導したのはこっち何だけどね。
体勢が崩れていた様に見せていたのをコンマ数秒で整え直すと、確りと受け止めつつ柄を斜めに傾けて受けた刃を上へと滑り反らす。
そして、スキルを使って左手の中に出した小太刀を、刃を反らされ防ぎ様が無くなっている久地縄さんの喉元へと添えて確認を取る。
「……一応、これで脱落って事で。まさか、文句は言わないよな?」
「……ええ、確かに拙はここまでの様です。……参りました」
そう言って、刀を納めながら両手を上げる久地縄さん。
しかし、その顔には敗北の苦味は浮かんでおらず、むしろ『してやったり!』と言った表情すら浮かべている。
そして俺は、その表情に気付きながらも何も言わずに、俺の後ろから突き掛かって来ている亜利砂さんの刺突剣を無造作に掴むと、そのまま手首の力だけで捻り折り、ほぼ同時に斬りかかって来ていた音澄さんの斬撃の連打を全て右手だけでの捌きだけで捌いて行く。そして、それらの斬撃の嵐の合間を縫い通す形で折り取った刺突剣の剣先を投擲してやると、予想外の行動だったのか一瞬身体が硬直した。
そんな隙は見逃してやれないので、固まっている間に長刀の刃を巻き込んで地面へと誘導し、刃を地面へと突き刺させた上から足で踏みつけ、相棒の刃を喉元へと突き付ける。
「……参った。でも、私達の勝ち」
その言葉と共に、『カァン!』と弓鳴りが辺りに響き渡り、俺目掛けて一本の矢が襲い掛かる!
まぁ、知ってたけど。
空いていた手で飛来した矢を、空中で掴み取る。
流石に『模擬戦』の体でやっている以上、鏃は外した上で先端に巻き革をしてあるが、まともに当たれば痣は確定するだろう程度の威力は当然有るだろうソレを、俺がそちらを向くまでもなく掴み取った事に愕然としていた先生へと投げ返し、その綺麗なおでこに『スコーン!』と良い音と共に突き立てた。
そして、悶絶している先生を除いて、正直侮っていた俺に敗れて呆然としている三人に、スキルでそれまで使っていた武器と同じモノを出してやりながら声を掛ける。
「ほらほら、まだ『一回目』が終わっただけだろう?さっさと武器を取って立ち上がりたまえ。あれだけの大口を叩いたんだ、まだまだヤれるだろう?」
……それから暫くするまでは、辺りには若い女性の悲鳴と男の笑い声が響いていたとかいないとか。
次回、サービス回(予定)