10・馬鹿言う阿呆は切り捨ててグループを抜けます
「「「なら、俺達このグループ抜けるから、後はお前さん達で頑張ってね?」」」
俺達が言い放ったこの言葉は、反応を見る限りでは大別して四通りの捉えられ方をしたらしい事が見てとれた。
まずは、この場での大多数を占める、二十名近い男子。
こいつらは、先程まで浮かべていた嘲笑が掻き消され、その代わりに憤怒の表情を浮かべている事から、『馬鹿にされた』もしくは『虚仮にされた』とでも感じているのだろう。
何せ、彼らは自分達こそがこのグループは支配しており、この状況では生き残るのにはグループに所属し、自分達の言う事を聞き入れる他に無いのだ!と認識しており、それをあっさりと『抜ける』と、『貴様らには用は無い』と言い切る俺達に対して、もはや殺意と形容しても間違いでは無いであろう感情を向けて来ているのを読み取るのは、そこまで難しい事では無いだろう。
次に、十人程の、俺達とはそこまで交流が無く、おそらくでは有るが、俺達を攻撃する事を容認していたのであろう女子達。
こいつらは、俺達の事を理解する程交流があった訳では無く、また俺達に対して恨みを抱く程のナニかがあった訳でも無いので、せいぜいが『便利な俺達が居なくなる』程度の認識でしか有るまい。
そして、三つ目としては、比較的俺達と直接的な交流のあり、そして反応から察するに、俺達への攻撃を反対していた、もしくは告知されていなかったのだろうと予測される、乾を含めた残りの女子達。
彼女達とは、ぶっちゃけてしまえば、乾達は例外だとしても、そこまで親しくしていた訳では無い。
だが、俺達が何かしらの物資の配給(ヤシの実、帽子、敷物、クリーム等々)をした際には、必ず「ありがとう」と声を掛けてくれた面子であり、そんな彼女達には、こちらとしても手助けしてあげたいと思わせる何かが確かにあった。
そんな彼女達だからなのかは不明だが、皆一様に、この後発生するであろう男子達との衝突について、俺達の事を心配してくれている様であり、出来れば無事に終わって欲しいと言う様な視線を向けると同時に、それまで見せてきた技術から、俺達ならばこのグループから抜けたとしても、むしろ抜けた方が確実に生き残れるのだろう、と言ったある種の安堵が込められた視線を向けて来ている。
……この後を考えるのであれば、出来れば彼女達だけは連れていってやりたいモノだが……。
そして、最後に、この場で俺達以外に、これから起きうる事を、正確に把握できている故に、絶望をその瞳に浮かべている佐藤先生。
何せ、うまく説得出来なければ見捨てるよ?と予め言っておいたのにも関わらず、先程の会話で丸め込まれたのか、それとも最初からそうするつもりだったのかは知らないが、この状況を作り上げてしまっているのは、揺るぎ無い事実である。
そして、そんな状況下において、俺達が暴れださない保証は欠片もないし、暴れないで済ませてやるつもりも欠片もない。
更に言えば、俺達がこの場で『暴れる』と言うカードを切った場合、俺達ではなく大神達にのみ大きく被害が出る事が確定している事も、俺達がこのまま離脱すれば、俺達はともかくとして、この場に残された人間が生き残れる確率は、そこまで残らないであろう事も、先生は理解しているハズだ。
何故ならば、生存の為に必要な情報は、幾らかは既に渡してある(湖の大雑把な位置やどの果実ならば食べられる等)が、実際に必要な情報(湖の正確な位置やどこに果実が生っているのか等)に関しては、まだ渡していない為俺達しか把握していないし、俺達抜きで探しに行こうとしても、大神達ではあの兎公を倒せる可能性は極小だろうし、仮に全員で掛かったとしても、戦闘力的に到達出来るとは到底思えない。
そして、現在おかれているこの状況では、その生存に必要不可欠な命綱たる俺達を、完璧に敵に回してしまい、全員が見捨てられる形になりかけている。
が、だからと言って、数を頼りに俺達を拘束し、無理矢理にでも聞き出した上で従わせる、何て事は、明らかに不可能なお仕事でもある。
何せ、俺達を無理やりそう出来るってことは、少なくともこの森を踏破出来るだけの能力が有るって事になり、逆説的に俺達からの情報は別段必要では無くなるのだが、残念ながらそれを実行出来る者は、俺達以外にはここにいない。
つまりは『詰み』である。
故に、この場の誰よりも、正確に現状を理解出来ている先生の顔には、絶望の色が浮かんでいるのであろう。
そして、この場の中心であったつもりの自分達がほとんど無視されて、他の面子へと視線を向けられていた事に気付いた大神達が、その怒気のままに俺達へと襲い掛かろうとし、それに対して今後の禍根が残らない様に殲滅するつもりで迎撃する為に前に出ようとした俺達との間に、先生が躍り出る。
「……小鳥遊君。どうしても、駄目なのかな……?」
「いや、無理でしょう?そいつらは俺達に従うつもりは欠片もないし、俺達の言う事を聞くつもりも欠片も有りはしない。そして、俺達もそいつらに従ってやるつもりも無い。それに、そいつらは俺達がどう答えたとしても、無理矢理にでも俺達から装備も食料も何もかも、それこそ全てを奪って行くつもりです。
……ここに来る前だったのなら、ある程度くれてやっても良かったですけど、ここみたいにサバイバルするしかない様な状況だったら、それは『殺して奪う』って言っているのと変わらない内容ですからね?いくら『温厚』な俺達でも、自分達の命の危機に他人を優先してやるつもりは毛頭無いですよ?」
そう、既に予測出来ていたであろう答えを返すと、俯いたままで握り締めた拳と肩を震わせながら
「……そう、ですか……いや……そう、ですよね……」
と、声を震わせ、悔恨で泣きそうになりながら、返事をしてくる先生。
……うん。
正直な話、これはちと苛めすぎたかな?
タツとレオも、何となく俺を非難する様な視線を向けて来ているし、ここは少し優しくしてみるかね?
うん、そうしよう。と、言葉には出さずに決めて、一つ頷いてから、だけど……と呟きを漏らしてから、言葉を続ける。
「……だけど、俺達が出す条件を全部呑んでも良い、って奴が居るのなら、そいつは連れていってやっても構わないですよ?」
その呟きに反応して、俯けていた顔をガバッ!と効果音が付きそうな位の勢いで上げて、こちらを見詰める先生。
「そっ!それは本当!?」
その勢いに、若干引き気味になりながらも嘘ではないと答える俺。
「……え、ええ。そこについては本当ですよ。まぁ、こちらから出す条件を全部呑めるなら、って事が最低条件ですけどね?」
「それでも!それでも『生き残れる』目が残るのなら、全然良いから!だから、早く教えてくれないかな?場合によってはだけど、私が肩代わりしても構わないから!」
あらあら、随分と必死です事。
まぁ、これからの生き死にが掛かっているのだから、当然と言えば当然なのかね?
「まぁ、条件と言っても、二つだけですけどね?
一つは、『俺達の指示には絶対従って貰う』事。もちろん、反抗は赦しません。
もう一つには、『自分達の事は自分でやる』事。お客さん扱いはしません、って事です。
以上、二つの条件が呑めるのならば、俺達が確実に……とは言い切れませんが、取り敢えずつれて行く事は約束出来ますけど、どうします?」
こうやって提示してみた条件だが、何も無茶苦茶な事を言っている訳では無い。
あの兎公並みの化け物が出てくる可能性の有る森を突っ切って湖まで行くのであれば、道中でのグダグタとした文句の類いを受け付けてやる程に、心理的な余裕何て産まれるわけも無いだろうから必須だし、仮に無事に着けたとしても、俺達がその後の生活まで、おんぶに抱っこのお客様状態でもてなしてやる程、俺達とて余裕綽々って訳でもないからね。
それに、この条件は予め先生にも伝えてあったモノだし、それについてはその時に了承していたから、多分大丈夫だと思うけど、どうだろうかね?
「ハッ!馬鹿め!そんな条件、呑む奴が居るわけが「分かりました」……え?」
俺達へと否定の声を上げようとしていた大神の出鼻を挫く形で先生が声を上げ、俺達と大神達との中間地点から俺達の元へと歩み寄って来る。
「……歓迎する」
「持っていきたい荷物って~、何か有りますか~?」
こちらへと到達した先生の対応は二人に任せて、俺は他にも希望者が居ないか、再度確認を行う。
「……他には、もう居ないか?居ないのなら、もう締め切って移動するが?」
そんな俺の言葉に対し、激発したらしい猪戸が突っ掛かって来る。
「あぁ!?て前、まだそんなふざけた事抜かしてやがんの「待って!私も行く!!」か……って、なんだと?」
そう声を上げながら、俺達の方へと歩を進めて来るのは、初日から半病人になっていた、女子側のクラス委員の乾だった。
「おいおい、お前さん良いのか?こっちに来るってことは、残るやつら全員に喧嘩売っている様なモノだぞ?」
「あはは~、まぁ、そこについては触れないで頂けると有難いかなぁ?それに、小鳥遊君達に着いていった方が生き残れる様な気がするし、私は着いて行きたいかな?」
それに、と声を潜めて、俺だけに聞こえるように、耳元へと顔を近付けながら、小声でこう続ける。
(……それに、只でさえ苦手な人がリーダーやるってグループの方が危なそうなのに、そっちに残らないといけない、ってルールは無いよね?)
……女性って、意外と怖い……。
そして、そんな乾の決断に感化されたのか
「紗知殿が参られるのでしたら、拙も共に参りましょう」
「ま、紗知が大丈夫って言ってるなら、大丈夫だろうし、オレも行こうかな?」
そう言って立ち上がったのは、昨日の夜に乾と共に俺達の夕食を強奪していった友人二名。
名前は……そう言えば聞いて無かった気がする。
「えーっと、……取り敢えず歓迎するよ」
そう言いながら迎える俺。
そして、追加された二人からの呆れを多大に含んだ視線を無視し、もう居ないのかを確認する。
すると、
「あ、あの!私も行って良いですか!?」
「……私も」
「私もそちらに参加しても宜しいですわよね?」
と、声を上げて、俺達を心配してくれていた(と思われた)グループの三人が、荷物をその手に、多少慌て気味にこちらへと駆けてくる。
……締め切り発言のせいかな?
そんな三人の追加を最後にして、それ以降は誰も名乗りを挙げる者が居なかった為、そこで締め切る事にする。
「んじゃ、俺達は此処等で抜けさせて貰うわ。そっちはそっちで頑張れよ?後……」
そこで一旦言葉を切り、身振りでレオに相棒を出してもらい、その場で軽く振り回してから脇に構えて、ある程度本気で殺気を全方位(同行者除く)にぶち撒きながらこう続ける。
「……後、俺達の跡を着けて、情報だけ貰おう何て考えていたら、気付かれない様にしろよ?でないと『うっかり』殺っちまうかもしれないからな?」
そして、殺気で動けなくなっている連中を尻目に、俺達は湖を目指すべく、森の中へと進んで行くのだった。