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神童  作者: クロ
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新生活

私の朝は着替えから始まる。


まずしっかりと胸にサラシをまき、腰の括れを隠すために布をあて、それを固定するために今度は全体にさらしをまく。


コンプレックスだった胸の大きさに感謝する日がくるとは思わなかったが。


そうして身支度を終えると厨房におり、簡単な朝食を頂く。


こうして自分の用意が整ってからトキ様を起こしに行く。


これらの手順はこのお屋敷に来てから教わった訳ではなく、かつての侍女の真似をしただけだ。


何事も覚えておいて損はない。




「トキ様、おはようございます。」


「ん・・・おはよう・・・っユーリ!」


まだ眠そうなトキ様だったが私に気付いて驚いてしまったようだ。


「今日から学校なのでそろそろ御起こしした方がよろしいかと思いまして。」


「ああ、ありがとう。」


「お着替えはお手伝い致しましょうか?」


「っいい、一人でできるから」


そう言った途端、トキ様は顔を真っ赤にさせている。

私はもちろん恥ずかしいが、同性同士でも恥ずかしいものなのだろう。

それならば早く退出するべきだな。


「それでは失礼致します。」



しばらく待つと今日から私たちが通う学校の制服を着たトキ様が現れた。

同じ制服なはずなのに、すごく輝いて見える。

そのままトキ様と下に降り、朝食の給仕をし、登校した。



15分ほど歩くとエトワール学園が見えてきた。

その伝統を示すかのような荘厳な作りの建物の中に入っていく生徒たちは、誰もがやる気に満ち溢れているように見える。

それも当然だ。エトワール学園は伝統ある男子校で、ほとんどが良家の御子息か、もしくは私のように大きな屋敷で働きながら通わせてもらっているかのどちらかである。

元から家を継ぐべく育てられてきた生徒と、働きながらでも学びたいと思うぐらいやる気のある生徒しかいないのだから、当然と言えば当然だ。


その余韻に浸っていると2人の少年がこちらに近づいてきた。


「トキ、久しぶり。」


「エリックに、アート、久しぶり。」


「中等部以来だな。あれっそっちの子は?」


「彼は、ユーリ・トリアノン。これから僕の屋敷で働きながら、この学園に通うことになった子だよ。

まあ、屋敷で働くとはいっても、僕の専属みたいだけどね。」


「ユーリ・トリアノンです。エリック様、アート様よろしくお願い致します。」


「よろしく。っていうか僕達のことは様付けしなくていいよ。

ユーリの主はトキなんだからさ。

僕らとは普通に仲良くしてよ。ね、エリック?」


「ああ、敬語はいらない。だが俺はお前と仲良くするつもりはない。」


「お前、何言ってるんだよ。」


「トキ、悪いがこいつは信用できない。いつかきっとお前を裏切る。」


「ユーリはそんなことするような子じゃない。」


「そんなことするような子じゃないだと?

お前こいつに会ったのいつだよ。どうせここ一週間のことなんだろ?」


「昨日だけど・・・でもユーリはそんなことする子じゃない!」


「ほら、もう絆されてる。まぁいい。とにかく俺は信用できない。

理由が知りたかったらユーリ、放課後一人で俺のところへ来い。」


「一人で?僕は構わないけど。トキ様、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」


「だめに決まってるだろう。エリック、何を隠しているんだ。今ここで言えばいいことだろう。」


「俺はここで言っても構わないが、ユーリは困るんじゃないか。

確かに俺はお前を信用していない。

だがだからと言って疑いだけでお前の人生をぶち壊しにするほどひどい奴ではないつもりだ。

どうする?ここで皆の前で聞くか、一人で聞きに来るか、聞くのをやめるかだ。」


人生をぶち壊すほどの疑い?私の最大の秘密と言えば当然性別を偽っていることだ。

まさか、もうばれたのだろうか?でもどちらにせよ確かめないわけにはいかない。

トキ様は反対しているけど、この様子だと、私を心配してのことだろう。

説得すれば分かってくれるはずだ。


「トキ様、どうしても一人で聞きに行きたいんです。お願いします。」


「分かった、ただし後で全部話してもらうから。」


本当に渋々という感じだ。普段穏やかな笑みを浮かべているその顔から怪訝そうな表情が消えることはなかった。


「ありがとうございます。」


放課後にエリックと2人で会うことを約束して、教室へと向かった。

幸か不幸か4人とも同じクラスだった。

後から分かったことだが、クラス分けはある程度寄付していれば、「お願い」できるものらしい。


授業は本当に素晴らしかった。ここで3年間学んでその後医者になるための勉強を上のコースで受けることができるのだ。

もちろん、サンジェルマン家の期待を裏切ったらその時点で援助をしてもらえなくなるから気は抜けない。

これから夢を叶えるためにこの最高の環境で勉強できるのだと思うと、エリックのつかんだ秘密のことも忘れて授業に夢中になった。


気がつくとあっという間に放課後だった。


「じゃあ、ユーリこっちに来い。」


「分かった。今行く。トキ様それでは行って参ります。一緒に帰ることができず申し訳ありません。」


「気にしなくていいよ。それより、家に帰ったら話してね。」


「トキ、アート、こいつのことを思うなら絶対についてくるなよ。ついてきたら恐らくユーリは明日からお前らとは一緒にはいられなくなるからな。分かったな。」


明日からトキ様と一緒にはいられないほどの秘密・・・やはりあのこととしか思えない。






「何の話かは分かっているだろう?」


「誰しも一つや二つの秘密は抱えているもの。

自らそれを明かすほど愚かではないつもりだ。」


「さすがにそう簡単には口を割ったりしないか、


神童、ユリアンヌ・トリアノンは。」


自信満々にエリックが口にしたのは今は捨てた名前。

さすがにユリアンヌでは性別は偽れないため、ユーリにしたのだ。


あの自信に満ちた顔、迂闊にも動揺してしまった私の反応を見て満足そうにする姿からは確信を持っていることを思わせる。

誤魔化せるとは思えないが諦める訳にはいかない。

やっとの思いで夢への足掛かりをつかんだのだから。


「何を言ってるんだ。人違いだろう。」


「ふーん、認めないんだ。

いいんだぜ、トキたちの前で剥いてやっても。

真実は明らかになるし、男の前で肌を晒すなんて一生は台無しだな。」


「どうして分かった。」


ここまで言われれば認めるしかない。

朝だってその場でばらさずに私にだけ教えてくれたのだからもしかしたらこのまま黙っていてくれるかもしれない。

それに、異性の前で肌をさらすなど言語道断だ。


「知性溢れる美しき神童、ユリアンヌ・トリアノン。

トリアノン家の唯一の娘。

跡取りの男子は他にいるし、伸び盛りのトリアノン家とのつながりをもつにはもってこいだ。

本人もその家名もいいだなんて、是非とも結婚したい相手じゃないか。

俺はエレキシール・ポーツマス。

名前を聞けば分かるだろう、元婚約者さん。」


その通りだ。名前を聞けば確かに分かる。確か、家の没落と同時に破談になったはずだ。


「まぁ、神童としては知られてたが、名前まで知っている奴はほとんどいないから安心しろ。ここの生徒の親達なら知っていたかもしれないが、すでに没落した名前なんてもう忘れてるさ。」


よかった。名乗る度にばれているようでは話にならない。

問題はエリックか。でも、この言い方と雰囲気なら黙っていてくれるつもりなのだろうか。


「エリックも黙っていてくれるか?」


「ああ、今のところはな。

お前が女だと分かった以上信用はできない。

トキを誑かしていつ裏切るかわからない。

だがかつて神童とされていたお前が後ろ盾である実家が没落して、自分を偽ってでも学びたい気持ちも分からなくはない。


だから、今は誰にも言うつもりはない。

だがお前と仲良くするつもりもない。俺までお前と馴れ合ったらお前を監視するものがいなくなってしまうからな。

トキを裏切るようなことだけは絶対にするな。そんなことをしたら俺はお前を許さない。」


エリックは凄く良い奴だ。トキ様が大切だからと言いながら、私のことも信用できなくとも陥れようとは思わないなんて。


ばれたら本当に終わりだ。

以前は少ないながらも女の子であってもこの制度を利用して学んでいる人もいるにはいた。

だけど使用人として働いていたはずなのに家の主人やその息子の慰み者になることも少なくなく、それに耐えきれず逃げかえってくることも多かった。

だがそんな過酷な目に遭った一人の少女は、逃げ帰ることなく心に復讐を誓い、学んだ全ての知識、自らの才能そして魅力を使いその家の息子を利用して、没落へと追い込んだのだ。

それがあってから、卑しい身分の女が知識を付けると碌なことにならないという風潮が強まり、今ではその制度を利用できるのは男のみとなったのだ。


だからばれたら終わりなのだ。

よくても屋敷を追い出され、悪ければその少女の再来として迫害され、普通の生活を送ることすらできなくなるかもしれない。


「ありがとう。だが私はトキ様を裏切ることは絶対にない。

いつか分かってくれたら友達になってくれ。」


「心の底から信用できたらな。」


そう言い残してエリックは颯爽と去っていった。


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