5 女神の憂鬱
「ねぇ、ルーリエ?終わった?」
「ルナって呼んでよ、わざわざそっちの名前で呼ばないでもいいじゃん。・・・まだ終わんないよ」
真っ黒な空間で、ルーリエと呼ばれた少女は1つの光源の下、色とりどりの本をパラパラっと目を通すと後ろにあるカゴに放り投げていく。
その後ろで退屈そうに座っているもうひとりの少女。
「適当にやってもわからないんじゃない?」
「もう適当にやってるよ。でも、多過ぎるの!マナも手伝ってよ」
「えぇ~」
マナと呼ばれた少女は立ち上がり数冊の本をめくるとため息一つ。
「こんなの、どうでもいいじゃんね」
「あんた、それ神様に聞こえたら知らないわよ?私たちの仕事でしょ?魂の選定は」
魂の選定。
女神ルナの仕事の一つ。月の女神ルナは女神の中でも下級な位置付けとされ何かとあれば雑用を押し付けられていた。
マナは、ルナの姉妹。月の女神ルナ。星の女神マナ。ふたりの作業は魔族のせいで通常の数百倍に増えていた。
人間界の死んだ者はいくつかに分類される。
度重なる重度の犯罪者。
軽度な犯罪者。
自分の罪を償おうと努力した者。
神の信仰を生涯貫いたもの。
男。
女。
寿命の半分以下で死んだもの。
寿命の半分以上を生きたもの。
殺されたもの。
様々な要因で本は色分けされ、厚みも変わってくる。
もちろん、行き先により本を収納するカゴも変わる。
魂の本はそれぞれの行き先で浄化されてい、再び人間界へ生まれ変わる。
ふたりの女神はそれらを読み、魂の行き先を決める仕事が命じられている。気が遠くなるほどの雑用だ。
「あくびが止まらないんだけど・・・」
ルナは本をカゴに放り投げると大きなあくびをひとつ。
「目が疲れるよねぇ。これ。」
「ここ最近、魔族に殺され死亡。のフレーズが多いのよね。下界では何が起きてるのかしら。魔族が暴れまわっているの?勇者は?天使や他の女神たちは何をしているのかしら?」
「新しい魔王がやり手でさぁ。今までは復活するまではのんびり構えていたりしたけど、復活する前に5人の幹部に命じて勇者を探しだして殺せ!って命令が出ているらしいよ?だから、神様も大天使さまもなかなか勇者を転生できないって聞いたわ」
「私、全人類の本読むの嫌よ。これ、疲れるのに」
「うち、めんどくさぁい」
「あぁーっ!!もうやめた!!今日の分終わり!息抜きしよ!マナ!」
ルナは手に持っていた本をヤケクソ気味にカゴに放り込む。
「さんせーい!!どこいく!?」
「天界の散歩よ。散歩。体にキノコが生えちゃうわ。こんな薄暗いところに引きこもってたら」
そう言うとルナは指をパチンっと鳴らし姿を消した。
「ふぅあう~・・・外は気持いわね」
「ちょっと!おいてかないでよあの部屋1人だと地味に怖いんだからっ!」
大きく背伸びするルナのもとに、涙を浮かべて転送してくるマナ。
「ごめんごめん、早く出たくて・・・。つい。まぁ、お茶でも飲もうよ」
そう言ってルナは天界を歩き出す。
大小の島が空に浮いて、その島を橋で繋げてある。と言えばわかりやすいだろうか。
今ふたりがいるのは魔法陣が描かれた小島。ここに転移されてくるらしい。
神のいる神殿は最新部。入り組んだ橋を超えて、一番送まで行かなければいけない。
2人は転送の小島から歩き出し、島を渡り小さな喫茶店にたどり着く。
「これはルナ様、マナ様。いらっしゃいませ。何になさいますか?」
「こんにちは。すこし、気分転換したいの。おすすめのお茶があれば下さい」
「わかりました。お菓子と一緒にお持ちしますね」
ここは天界。働くものは天使か女神しかいない。もちろん、今の人も天使。
天界にもランクが存在する。
最高峰は神。
大天使
女神
天使
の順番だ。
天使の中には魂の選定で選ばれた元人間もいて、品性のなさには頭を痛める時がある。
まぁ、だいたいそのような人間が選ばれたときは2人が適当に選んだことが原因なんだが。
「なんで天界は、魔族を滅ぼさないんだろうね?」
「そりゃ、世界の均衡ってものが崩れるからでしょう?」
世界の均衡・・・。神が居なくなれば魔王が世界を支配する。
魔王がいなくなれば神が世界を支配する。
ただ、古い文献を読むとどちらが支配しても世界は大きく変わらないらしい。
従って、買っては負けての戦を繰り返すことが、暗黙の了解だったのだ。
先代の魔王までは。
「それは知ってるけど、ここまでやられ放題で、なにか方針があるのかな・・・」
天使に出されたお茶をすすりながら2人はぼーっと空を見上げながら魂の選定から解放される手段はなにかないか考えていた。
「それは、私たちに対しての不満かしら?」
彼女たちに投げかけられた言葉は、とても刺々しい言い方だった。
「そ、そんなわけじゃ」
ルナが言葉弱く言い返す。
目の前には2人の女神が立っていた。
豊穣の女神、シルウィア。
風の女神、シルフィード。
2人は6大元素を司る女神の中でもトップに位置する者だった。
ルナやマナが逆立ちしても勝てるわけがない。
「あなたたちは魂の選定をやっていればいいのよ。今の仕事もろくに出来ないくせに、文句は言うのね。恥
を知りなさい!」
「はい・・・。申し訳ございません。シルウィア様」
「まぁまぁ、この子達は何も知らんのよ。女神って言っても、全員に情報が行き渡るとは限らないんだから。あなたもわかってるでしょう?」
「そ、そうだけど・・・」
「じゃあ、あまり相手にしたらいけないんと違う?豊穣の女神。なんやろ?」
「・・・わかったわ。あなたには勝てない。何も聞かなかった。それでいいわ。早く行きましょ」
「そやね。シーちゃんのそういうとこ、可愛くて好きよぉ?」
「変なこと言わないで!あんたたちも、文句ばっかり言わないでちょうだい!」
「それじゃ、またね~」
シルウィアはプリプリと怒って行ってしまう。
その横で笑いながら手を振っているシルフィード。
2人は頭を下げて見送っていた。
「あんたが、余計なこと言うから」
「ルナだって、言ってたじゃん」
ふたりの姿が見えなくなると2人は軽くいい合いをしていた。
その様子を天使はお茶を淹れながら呆れてみているのみだった。
「まぁたここかぁ・・・」
ルナはマナと自室?に戻ってきた。
「なんか、本が増えてない?」
そこには、出て行く前よりも格段に増えた本の山。
下界では、ヴァネットが聖都を攻略している時だった。
「・・・だ」
「ん?なに?」
「もぉおぉぉ!!いやだぁ!!」
ルナが叫んだ。
「ちょ、ちょっといきなりどうしたの?」
「家出する。」
「はぁ!?」
「耐えらんない。こんな生活。」
「た、耐えらんないって。私たち、ほかに何ができるのよ?」
ルナは1冊の本を拾ってマナに放り投げる。
「なに?」
「中を見てよ」
マナはパラパラとページをめくる。
とくに、変わったところはない。
生まれてから、大人になり、結婚し、子供が生まれ、育て、老いて死ぬ。
普通の人生が書かれていた。
「これが、なに?」
「私たち、生まれてからずっとここにいるのよ?2人で。」
「うん、神様にそう創られたから」
「だから、それがもう嫌なの!私も、人間みたいに行きたい!」
「女神のあなたが?」
「そう!たくさんの人生を見て、下界のことを読んで、想像して、憧れてさえきたわ。私にあるのはこの真っ黒の部屋。来る日も来る日も終わらない選定の日々。もううんざりなのよ!」
「ちょ、ちょっと待って!考え直して!」
マナの言葉が終わらないうちに、ルナは転生魔法陣でその姿を消してしまった。
このことがバレれば、ルナは当然命の危機もある。
天界追放もありえる。
「どうしよ・・・これ」
マナは残された魂の本を見ながらこれから1人でこれを選定するのか?という疑問と、失踪した姉のフォローを考え力なくその場に座り込んだ。