過去の傷痕
「逃げろ!アイト!」
それは父の口から唐突に告げられた一言だった。
辺りは夕焼けのように紅く、それでいて暗い雰囲気を醸し出している。
今、目に映るものといえば燃え盛る民家と両親の姿、そしてその正面に立つ2体の悪魔。
悪魔と言ってもお伽話に出てくるような羽があって尻尾が生えて先の尖った槍を持っているような可愛らしい姿ではない。
それはもう見るからに黒く紫色の魂やら気やらが身体から湧き出てるかのような出立ち。手は人より1回り大きく、指先は鋭い4本の爪が備えられている。だが、身長はさほど変わらない。
人間は悪魔を襲わない。それと同じく悪魔も人間を襲わない…はずなのだが、何故悪魔が人間を襲ってくるのかは未だ理解できない。
「アイト!何をやっている!お前だけでも生き残るんだ!父さん達のことは心配するな。今は自分のことだけ考えろ。」
俺の思考を切断するかの如く父はそう叫んだ。
ようやく足を動かし始めた俺はただひたすら両親とそして悪魔のいる方角とは真反対の方へ走った。
正直、分からないことだらけだ。でも今はそんなこと考えている余裕は無さそうだ。とりあえずこの街を出よう。それからまた考えよう。
燃え盛る街の真ん中を突っ切るように走る俺は、たぶん陸上選手に勝るとも劣らない速さで走っている。そう感じる。
あともう少し、あと数十mで街の出口だ。その思考がフラグとなったのか、地面から急に悪魔が湧き出てきた。
「そう簡単には逃がしませんよ?」
そう、この世界の悪魔は言葉を理解し、また発することができる。それが故に頭がいい。
「見逃してくれる…ってことはないよな。まぁ分かってたけど。俺もさ、そう簡単に殺されるわけにはいかないんでね。」
そう言って足元に落ちていた鉄パイプを拾い上げるとすかさず悪魔に向ける。宣戦布告と捉えられても仕方が無いだろう。
「ほう、威勢はいいようだな。これなら少しは楽しめるかもな。」
案の定、どうやら俺の感は的中したみたいだ。
さて、どうする?なんて考えてる余裕は無さそうだ。これは先手必勝を狙うほかない。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
俺は悪魔との間合いを一気に詰め振り上げた鉄パイプを勢いよく叩きつけた。しかし流石は悪魔。まるで俺の動きを読んでいたかのように後方へ軽く躱した。
だが、次の瞬間ーーー。
ーーーシャッーーー
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
俺の右手の表面を悪魔の鋭い左手が引き裂いた。
右手の表面には3本の爪痕が削られ、そこからは大量の血が流れ出ている。爪痕の深さは指の第1関節ほどあり、尋常ではないくらいの激痛が手から身体へと走る。
ーーードタッーーー
身体から急に力が抜けた。俺はそのまま赤い地面に倒れ込んだ。神経が麻痺し、身体が思うように動かない。右手に至っては感覚すらも無い。意識が朦朧としてくる中、声が聞こえーーーー
「……イト!……かりしろ!……ト!」
僅かな神経を振り絞って右目を開ける。映ったのは俺を引き裂いた悪魔と父らしき人物。その男は腰に下げていた剣を抜き、悪魔に切りかかっていた。どうやら助けが来たみたいだ。
しかし、少年は力尽きそのまま右目を閉じたーー。