これから一緒
俺が目覚めてから3日。
そこからさらに2日はチェインがあまりに身体を心配するので養生していたところ、送っていた連絡鳥が王都からの返信を持って帰ってきた。
「兄上、どうです?戻って来いと書いてありますか?」
「アグナム、そう慌てるな。チェインの事なんだぞ」
「わかってますよー。というかこんなすぐに見つけちゃって良かったんですかね?」
「何か問題があるのか?早ければ早いで国が安定するのが早くなるだけだろう」
「ん~、まぁそうですけど・・・。兄上、覚えてます?」
「何をだ?」
「任務を無事終えて帰ってきたら・・・」
「おはようございます。ヴィルヘルム様・・・と、いらっしゃったのですねアグナム様」
チェインが朝食を運んできてくれた。
「ああ、おはよう」
「何々ー?俺がいたらいけない??」
「あっいえ、その、いつも朝帰りなので珍しいなと・・・」
「あー・・・」
「チェインの言う通りだな。昨日はお前の言う素敵な女性に出会えなかったのか?」
「兄上まで俺が盛りのついた猫か何かだと思っているのですか!?」
『・・・・・・』
「はい、そこ!二人で目配せしない!!笑わない!」
「ふふ、・・・ヴィルヘルム様、お体の方は?」
「兄上だって王都に戻ったら――・・」
「大丈夫だ。むしろこれ以上休んでいたら体が鈍ってしまう」
「ちょっと俺を無視しないでくださいよー!」
出会いは突然だったが5日が経った今ではチェインも俺達二人にずいぶん馴染んだものだ。
まぁ、チェインいわくよく視ていた俺は初対面な気がしないらしく、アグナムに関しては俺と一緒にいるのが視えていたそうで特に警戒心を持つ必要を感じなかったらしい。
それはそれで男としてどうなのかと疑問に思わないこともないが、チェインが俺達に気を許してくれているのが伝わってくるので嬉しいと感じている。
どちらかと言えば俺は女性が不得手なとこがあり乙女心を読み取る才は皆無のようだが(アグナムからすると酷いレベルらしい)それによってチェインを見る限り困らせてしまうような事もしていないと思う。
それに不得手になった原因は把握しているがそれを克服しようとも思ってはいないのでチェインとの関係が一番心地良いとすら感じているくらいだ。
「チェインさんが来てから俺の扱いが雑に感じる・・・。というか!兄上だって王都に帰ったらお見合いが待ってるんですからね!!!」
「ん?」
「やっぱり忘れていましたね!そうでなければ早く王都に帰ろうとは思わないでしょうし。出発前に『任務が終わればお嫁さんを選んでいただきます』ってお婆様に言われているの、隣で俺も聞いてましたから」
「うっ・・・」
「兄上、きっと『あの人』から逃げられませんよ」
『あの人』と聞いて背筋がヒヤリとする。
「俺には理解できませんね。兄上はなぜ『あの人』が苦手なのか」
「お前は知らないから言えるのだ。あの人・・・いや、彼女は―――・・・というか俺は結婚なんかしている場合じゃない。チェインもそう思わないか?」
「・・・・・・・」
「チェイン??」
「チェインさん?」
「あっ!すみません・・・。ちょっと視えてしまいました」
チェインの能力は先代達に比べると弱いらしく動揺したり不調だったりすると意識とは別で視えてしまう事があるらしい。この150年の間に血が薄まった事が原因かもしれない。
だとしてもこの能力は喉から手が出るくらい欲しいと願う人がいるだろう。
王都からの手紙には『急ぎ連れてまいれ』と記されていたし、今後チェインを私利私欲の為に利用しようと目論む輩も出てくるだろう。
もちろん危険な目に合わせないように守るつもりではいるが、いかせん俺の騎士団長という立場上いつもかも傍につれて歩くわけにはいくまい。ましては戦場に赴く事があれば、傍にいる方が危険だ。
「兄上!兄上!!!」
「っ!何だ」
こちらがチェインの今後を心配しているというのにアグナムときたら何にそう興奮しているのか・・・。
「チェインさんが兄上の見合いの場を視たんだそうですよ!」
「・・・勝手にすみません」
「あ、いや構わない。能力は仕方のない事だ」
悲しいことにこれで俺がお見合いをしなかったという線はなくなった・・・・・・。
「それで相手はどんな人か視えましたか!?」
「美しい人がたくさんおられました。その中でも一際目を引いた方がお一人・・・」
「それって右目の横にホクロがあったりする?」
「なっ!?」
「ありました!その方です!!・・・しかしよくお分かりになられましたね」
「あーまぁ、兄上のお見合いの場にいないはずのない人なんだよ。というかお嫁さん第一候補だと思う」
「おいアグナム、何を勝手に――・・・」
「別に隠す事ないじゃないですか。遅かれ早かれ王都に戻れば知ったでしょうし」
確かにアグナムの言う通りだが、今チェインの前でする話ではないだろう。
というかして欲しくないと言えば良いのだろうか?
何故だか隠し事がバレた後の気まずさに近いものを感じる。
「とても・・・とてもお綺麗な方で、お似合いの二人だと思います」
「だよねー。俺もそう思うんだけど兄上は彼女にご不満があるみたいなんだよ~」
「・・・不満ではない。その・・・苦手なのだ」
アグナムの言う『彼女』こそ、『あの人』であり俺が女性に対して不得手になった原因なのだ。
彼女の振舞いによって俺は「女性とはなんと面倒なのだ」と思うようになり騎士の訓練に明け暮れるようになったのだから。
そのせい、と言ったら言葉がわるいようだが見事に俺は貴重な青春時代を女性と関わらずに過ごした。
そして見事に女性の扱いがド下手な魔法騎士団長に・・・・・・。
「まぁ、美人過ぎるのも・・・って感じではありますね」
「いや、美人だから苦手というわけではないのだが」
「と言う事は兄上は美人よりもチェインさんみたいな可愛い系が好みだったのですね!」
「ちょ、いや、チェインは確かに可愛いと思うが、お前の言う可愛い系?が俺の好みかどうかは――・・・」
「兄上ったら無自覚に人をたらし込むのやめましょうよ~。ほら、チェインさんの顔が赤く――・・・」
「なってません!!」
アグナムの言葉を遮る様にチェインが叫ぶ。
「俺はたらし込んでなんかいないぞ?」
「そうです!私、別にたらし込まれてなんかいませんし!!!」
「無自覚ってこわ~い。ね?チェインさん」
「アグナム様!?」
「っと、それじゃあ邪魔者は退散しまーす」
「おいっ明日にはここを発つからな!」
「了解でーす」
騒ぎ立てるだけ騒ぎ立ててアグナムは出掛けていった。
明日には発つと言ったもののお見合いの事を考えると正直憂鬱だった。
「ヴィルヘルム様、明日には王都に向けて発つのですか?」
「ああ、先ほど手紙が届いてな。急ぎ戻れと記してあったのだ。急ですまない」
「いえ。私は構いませんが、身体の方は・・?」
「ん?ああ、紋章痕か。大丈夫、特に変わっておらん」
毎日このやり取りをしては「ほぅっ」と安堵しているチェインを見る度に、この紋章は一体何なのかと問いたくなる。背中を切られた時に使った治癒魔法の紋章痕と言う事だったが、ただの痕ならばそんなに心配しなくても良いはずだ。俺が意識を失っている間に村人の怨霊達と一体何があったのかチェインは言わない。こんな紋章痕は見た事がない為、もしかしてこの紋章痕はその時の物なのではないかと思った事もあるが白き魔女のみが使える治癒魔法だったら見た事がないのも頷ける。
やはり我々の扱う魔法とは異なるものなのかもしれないと思うと聞くに聞けなかった。
「異変を感じたらすぐ教えてくださいね」
「ああ」
それから他愛も無い会話をいくつかしてチェインは部屋を出て行った。
****
夕刻前になりアグナムが帰ってきた。
どうやら今日も相手が見つからなかったようだ。
「どの娘も皆、兄上の事ばかり聞くんですよー」
「聞いてどうするのだろうな」
「・・・・兄上ってほんっとうに乙女心が分からないんですね!」
「うるさい」
「ははは!つーか俺腹減ってきました。飯行きましょう!飯!!チェインさんは?」
「明日の準備をすると言っていたぞ」
「んじゃ、部屋っすかね?行きましょう」
この街にいるのも今日で最後なので「せっかくなら外食しましょう!」とアグナムの提案で街一番とされる店に行こうとチェインを誘いに行く。
コンコン
「チェインさーん?」
コンコンコン
「チェイン?開けるぞ?」
部屋には誰もいなかった。
「宿屋のどこかですかね?」
「そうかもしれん」
チェインと親交のある宿屋の女将に聞くことにする。
「女将、俺達の連れの女の子を知らないか?」
「あ~、あの綺麗な目をした娘ね。確か2時間ほど前に一度見たっきりだねぇ。あんた達、明日王都に向かって出発するんだろう?この街からじゃ次の街へ二日はかかるって話をしたら食料が足りないかもって言ってたから買い足しにいったんじゃないのかい?」
「兄上」
「ああ、買出しだとしても2時間はかかり過ぎている」
「まさか兄上のお見合いがショックだったんじゃ・・・?」
「おい、こんな時にふざけるなよ」
「・・・はーい」
チェインがいそうな場所の検討はついている。
アグナムに街での捜索を頼み、俺はチェインがいるであろうあの場所へ向かった。
****
「やはりここにいたか」
「ヴィルヘルム様・・・」
やはりチェインは村の跡地にいた。
「帰りが遅いから心配した」
「すみません。明日ここを発つと思ったら最後に挨拶を、と思って」
「そうか」
『最後』―――・・・王都へ行くというのがどういう意味を含んでいるのかわかっていたのか。
「すまない」
「謝らないで下さい。これは私が選んだ道です」
沈み行く太陽をを二人で見つめる。
どれくらいそうしていただろう。
しばらくしてチェインが口を開く。
「ヴィルヘルム様にお話しておきたい事があります」
「何だ?」
「私には先代から託されてた使命があります」
「・・・・・・」
「私は嘘をついていました。ヴィルヘルム様を死なせなかったのはその使命を全うする為です」
「そうだったのだな」
「ごめんなさい。ヴィルヘルム様という人を知れば知るほど偽ったままでいるのが苦しくて」
「俺はお前の役に立てているのだな?それなら嬉しいとさえ思う」
「!!」
チェインが振り向き、白銀の瞳が『なぜ?』と揺れる。
「何故なのだろうな・・・。俺にもよくわからん」
以前『国のために』俺を死なせたくなかったと言われた時は何故か釈然とせず己に無理やり納得させていたようなものだった。
だが今回はあの時感じた胸の痛みもない。むしろ心の底から嬉しさが湧き出ているようだ。
「・・・これからもヴィルヘルム様を巻き込む事になると思います」
「ああ」
「私が、・・・私と一緒にいるせいでヴィルヘルム様に迷惑がかかってしまう」
「・・・・」
「それでもヴィルヘルム様のお傍にいたいと思ってしまうっ・・・ぅっ・・・」
「それは―――・・・」
――――それは使命の為だから?
そんなものどうでも良いと思った。
「私は疫病神ですっ」
ボロボロと涙を零すチェインの頭をポンポンと撫でる。
「使命の為だとしても俺は傍にいて欲しい」
「っ・・ヴィルヘルム様っ・・・」
「俺はこの場で誓う。何があろうとチェイン、お前を信じ守るよ」
そうして俺はチェインを抱き寄せた。
やっとスタート地点に立ったという感じ。
投稿まで間隔が開いてしまい前回同様試行錯誤してどうにかのUPです(汗