一
気が付くと、そこは商店街だった。いつの間にか八百屋の前に俺はいる。
「よう! 今日は大根が安いぜ!」
八百屋のおっちゃんがいつも通りの陽気な笑顔で迎えてくれた。
「じゃあ、大根一本に、長ねぎ三本……あと玉ねぎ四つと、人参二本ください。それと……」
無意識に多くの野菜を購入する。俺はその行為に疑問すら抱かなかった。
おっちゃんは手際よくビニール袋にがさごそと要求された品物を入れていく。その間、俺はそれらの価格を見て、お釣りが出ないように財布から小銭を取り出した。
ぴったりその額と同じように支払えると、なんだか分からないが気持ちが良い。
「これで間違いねぇな」
袋を受け取るのと同時に、おっちゃんへ代金を渡す。
「はい、ちょうど。いつもあんがとな! まいどあり!」
いつもありがとう、と、毎度ありがとう、で意味かぶってないか? そんなに感謝されても……。
その場から去ろうとすると、おっちゃんに引き止められる。
「おいおい、ちょっと待った! スタンプカードは持ってねぇのか? お前さんが持ってないわけねぇよな。ほら、出しな」
すっかり忘れていた。何故忘れていたのだろう。今日はこれを埋めるために来たと言っても過言ではなかったはずなのに。
慌てて財布をもう一度開き、スタンプカードを出す。
「お、これで最後みたいだな。よし、じゃあ豪華な景品と交換だ! ちょっと待ってくれよー……あった、あった。ジャジャーン、豪華景品、商店街で使える千円分の商品けーん!」
でしょうね。そんなことだろうと思いました。八ヶ所買い物して回るだけですもの、そりゃあこの程度ですわ。いや、しかし千円分の商品券って結構すごいんじゃないか? うん、わりかしいいじゃない。
「もっと嬉しそうにしろって! って言ってもお前さんには酷な話だな。まあ、また来てくれや。じゃあな!」
元気な声を聞き届けた後、両手いっぱいに買い物袋をぶらさげ商店街を出て、自宅を目指した。
うちは両親共働き。何の仕事をしているか、俺は知らない。聞いても教えてくれないのだ。だが、大人の事情に深く首を突っ込む気はないし、しっかりと養ってもらっている分、文句を言える筋合いもない。
……というのは建前で、めちゃくちゃ問い詰めたいのが本音だ。得体の知れない職に就いている親。不安なのは至極当然であろう。
さらに、ほとんど、いや、まったくと言っていい程、いつからか親は家に帰って来なくなり、実質独り暮らし状態。一戸建てで五〇坪。なかなか良い家だが、一人で暮らすには少々大きすぎる。
何でもあるが、何もない。
信号が赤から青に変わったのを確認して、家へ向かうまでにある最後の大きな道路を渡り切った。
もうすぐ家に着く。暇なのでいつも通り、今日一日の残り時間を何に使うか考えることにした。
金曜日。週末。明日の予定は特に何もないから今晩はたっぷり夜更かししてもいいだろう。でもまぁ、夜更かししてまですることも特にない。どうせ結局、布団の中でごろごろして、いつの間にか寝落ち、朝を迎える。というパターンだ。何も変わりはしない。
そういえば、今日の金曜ロードショーはあれか。滅びの呪文を聞けるぞ。またサーバー落ちるのかねぇ。はぁ……サーバーは落ちなくていいから、女の子落ちてこないかなぁ……。
親方! 空から女の子――
!?
轟音と共に、空から何かが降ってきた。衝撃で地面が揺れる。俺はよろめきながらもなんとか体制を整え、煙が上がる落下地点を凝視した。何やら丸い物体が地面に転がっているのが確認できる。
……顔? 女の子の……顔!?
地面に突き刺さって頭だけ地上に曝け出している少女は、ゆっくりと瞬きを二度した。そしてそのあと、俺の方にゆっくりと、ゆっくり状態の彼女は視線を向ける。
目が合ってしまった。
沈黙を保ちつつ、俺と首だけホラー少女は互いに目を合わせ続ける。
なんだこの状況……。目の前のは……女の子……だよな? いや、確かに、確かにね? 俺は望んだよ、こういう出来事を、ついさっき。
けどさ、なんか違うでしょ! もっとこう、ふわっと、そう、ふわっと天から舞い降りてくるものじゃん? こういうのって。
でも見てみ? 刺さってるよ! 完璧に刺さってるよ、これ! 地面貫いてるよ! むしろなんで頭だけ地上に出てるのかが不思議だよ! もうそこまで言ったら全部刺されよ! ってか、色々どうなってんの?
一分弱、世界が膠着していた。それをやっと少女は打ち破る。
「堕ちた!」