第八夢「弱者」
――おかしい。
そう気付いたのは、アンモラが事務室に訪れなくなって二日目だった。
悪魔バクの大量発生という異常事態を解決するため、俺たちはドリームワールド中を駆けまわって化物を切り裂いた。
アンモラは戦闘に参加せず。まあ、俺が一撃で倒してしまうので仕方ないだろう。迎撃の余地なしだ。
そうして働き詰めだった俺は、神様に休暇を求めた。今回ばかりは正式に休みを取ってくれたので、街でショッピングを楽しめたという訳だ。
しかし、翌日。アンモラは事務室に来なかった。
神様はその器の大きさで、アンモラの馬鹿を許してくれた。
しかししかし、その翌日。またしてもアンモラは来なかった。
これにより、俺の心は怒り心頭だった。まともに休ませてくれなかった神様の許しを請わずに、勝手にサボるだなんて……。今までの俺の苦労はなんだったのだ、と文句を言いたい。
そして今日。三日目の正直に、俺は書類の溜まった事務室で、とうとう神様に物申した。
「アンモラが来ない」
「ああ、そうだな」
椅子をぐるりと回転させ、俺に身体を向けて言う。
それだけでいいのか神様。一応アンモラも部下だろ。
「落ち着けラッカ。実はな、私にも『管理者』としての能力は備わっているのだぞ?」
「管理者……?」
「なにしろ神様だからな」
そう言うと、神様は椅子から立ち上がった。
神様は事務室の右方に設置されている棚に手を伸ばし、一枚の地図らしきものを取り出した。地図とは言っても、一部にしか描き込まれていない中途半端なものだ。おそらくドリームワールドの地図だろう。建物などないに等しい場所なのだから。
神様が地図に両の手を向けると、青白い光が地図と手の間に生まれた。
「“探知せよ"」
神様の口から鈴のような音が紡がれる。やがて光は消え、地図の一部に薄紅色の印が記されていた。
「ここにアンモラがいる」
その小さな指で、薄紅の印を指差す。
俺は神様に問いかける。
「この地図は持って行ってもいいのか」
「予備ならいくらでもある」
可愛らしい顔が、ニヤリと笑う。俺は地図を丸めると、事務室を退出した。
――☆――
ドリームワールドを廻る時は、大体俺の勘だったりする。
という訳で、俺は地図に一部だけ描かれているものを目印に、薄紅の印目指して歩いていた。
勘を頼りにして。
「困ったな……」
突然だが、俺は結構方向音痴だと言われる。
この身体の勘は素晴らしいものだが、未知の場所が目的地の場合は……どうしようもない。
つまるところ、俺は迷子になっていた。
(こういう時は勘に頼ろう。この高スペックな身体だ、いつか辿り着くだろ)
そう考える俺が甘かった。
勘頼りに歩く、都市から遠ざかる、道がわからないので勘頼りに歩く、都市から遠ざかる――この繰り返しだ。
――逆に迷子になってるじゃねぇか!
と、心の中で困り果てていた時のことだ。
白い地面に、紅の血液を見た。
(ドリームワールド内では、こういった汚れはすぐに浄化されるはずだ)
と、いうことは、誰かがここらへんで戦っている可能性が高い。
少しでも気を紛らわせる事ができるなら――、と、俺は血痕の後に続く。
血液の量がどんどん増え、それに伴い血溜まりは大きくなる。
そこで、俺は見てしまった。
「……これは」
血溜まりに倒れるアンモラ。
傍目から見ても、彼女の身体はボロボロだ。
彼女は、何者かの膝に乗せられていた。
視線を上げる。
「あ、久しぶりー。また会えるとは思ってなかったなぁ」
少年が笑っていた。
――それは、かつて戦った少年の姿だった。
「何故貴様がここにいる」
「え、それ答えないとダメー? 面倒くさいからやだ」
「……そうか。では、彼女だけでも返して貰おうか」
どうせ、この世界では死ぬことはありえないのだから。
俺は戦いを好まない。だから早く帰りたい。
「じゃあ、さ――」
俺たちの周りの空気が淀む。
黒い瘴気が立ち込める。少年は屈託のない笑顔を見せた。
「僕と戦ってよ」
少年は、座ったままに拳を構えた。
俺はそれを無視して、少年に問いかける。
「何故彼女を攫った」
「んー、せっかくだから種明かししちゃおうか。
悪魔バクの大量発生、あれの首謀者は僕だ」
……この少年が、黒幕?
「なんとなんと、僕にはとても便利な『道具』があるんだよね。
ジャジャーン! 上位交換ー!」
某ドラ●もんを思い起こさせる言い方だ。
「この道具はねぇ……上位の存在にランクアップ、もしくは任意の存在に変化できる便利モノなんだ。
そこで思いついたのさ。悪夢を悪魔バクに変換していたら、解決に乗り出す強い戦士――お姉さんみたいな人が現れるかもしれない、ってね! お見事、僕の夢は叶ってくれたみたいだよ」
「……つまらない夢だな」
「ま、ここは夢だしね!」
少年はアンモラを片手で抱えて立ち上がり、好戦的な笑みを浮かべる。
……彼の言っていることの真偽は分からない。が、『アンモラを返してもらう』だけでも闘う理由付けになる筈だ。
俺は、鞘に収まっているヘリオドールに手をかけた。
「あ、そうそう。お姉さん、どうしてこの戦士を取り返そうとしてるの?」
「……部下だからだ」
「ふーん、部下、ねぇ。君の上司って確か、神様だったよね?」
「答えてあげる義務はない」
変なことを言う。
緊張感のない会話を繰り広げる俺たちだが、その様子を見れば、一発即発なのは明らかだ。
「話は変わるけど、どうして僕はこの戦士を攫ったのだと思う?
僕は強くなりたいんだ。強くなって、強いやつを殺して、平等な世界を作り上げる。
あ、また話が変わっちゃったね。ちなみに僕の武器は上位交換なんだけど、その用途は多肢に渡るのさ」
「……何が言いたい」
「例えばねー……。悪夢を悪魔バクに変えたり、とか」
コロコロと話題が変わる。少年の言いたいことが分からない。
「あとは、戦士を『人間に変えたり』とか」
――空気の重圧が、重い。
「ねえ知ってた? 戦士と人間って、身体能力の差が激しいんだよねー。ま、人間のひ弱な戦ったところで、一方的になぶり殺されて終わりだけど」
思わず、目を見開いた。
「お姉さん、人間にしちゃった」
カラカラと笑う少年を横目に、俺は倒れた。
――☆――
僕は、人間が怖かった。
容赦なく道を妨げてくる人間が。
笑いながら見下ろしてくる人間が。
怖い人間が怖かった。
そんな僕が、ようやく行き場を見つけた。
『ドリームワールド』。強者のみが生き残り、弱者は淘汰される世界。
あくまでも現実的に言うのならば、僕は確実に弱者だ。
しかし、この世界では、明らかなる強者。
僕にはそれだけの力があった。
――なのに。
僕は、僕より強い存在がいる事を思い知った。
許せなかった。
僕より強い奴らが。
だから、僕は決めたんだ。
弱者だけで構成された、正しい世界を作ると。
その頂点に立つのは、この僕。僕は王様。世界の支配者だ。
神様なんていらない。僕に必要なのは、絶対的な強さのみ。
強者なんて、いらない。




