第七夢「手がかり」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」
「静かにしろ」
「ごめんなさい……」
アンモラを素手で圧倒した俺は、先日の戦いを思い起こしていた。
――武器を出さず、拳で戦った少年。半身をヘリオドールで真っ二つにしたにもかかわらず、少年は余裕を見せているように感じた。
意識を記憶の奥に傾けていたら、アンモラが足にまとわりついてきた。
「ラッカ様、愚かな私めにお赦しを、どうか、どうか!」
頬を赤く染めたアンモラが、俺を潤んだ瞳で見る。
……うわぁ、引くわぁ。アンモラってドMだったのか。
俺に罵詈雑言を投げてきたのは、俺にいぢめてほしいというフリだったんだろう。
「邪魔だ、どけ」
ビブラートにつつんだ言い方で彼女をどけさせようとした俺だが、当然の如く冷たい言葉が出てくる。アンモラは俺からすぐに離れ、土下座のような格好で俺を見上げた。
ドン引きした。
――☆――
「私と勝負してください」
そう、目の前の女に告げる。
これは私なりの覚悟。そして、女を打ち負かしたいという欲望のままに。
『女帝』ラッカだなんて、嘘に決まっている。どうせ神様が故意に広めた虚偽の事実だ。
正直に言わせてもらうと、私はそもそも神様なんて信用していなかった。ドリームワールドに来たのも、ドリームワールドがあるのも神様のおかげだ。しかし――、『利用する』以外の価値が、神様に見いだせなかった。
私は、みっともない姿を、これ以上戦士たちに晒すのが嫌だ。そして、みっともなく破滅していく私を見て、馬鹿にされるのが嫌だ。
そして何より――、ラッカを殺したい。
みっともないのは、どちらの方だろうか。私は、心の奥底で分かっていて、それでも否定し続けていた。
事務室が消え去る。私は何もしていない。つまり、ラッカの仕業だ。
揺るぎのない白に、臨場感もクソもない。
どうせラッカなんて、小手先の技術に優れた雑魚なんだ。そう言い聞かせた。
ラッカは、腰の剣を抜かずに、自然体で佇む。
「……それで私に勝つ、と?」
「当然だ」
――頭に血が上っていくのを感じた。
ふざけるな、舐めるな。私は誇り高き戦士の一人。このような女に負けるなど、言語道断!
私の武器は、暗殺向きのキャッツアイ・コピス。ナイフに似た形状で、いくらでも作り出せる最強だ。
――油断すれば寝首をかかれますよ、女帝さん?
「では、さっさと始めましょうか!」
メイド服のスカートが舞う。右手にはキャッツアイ、ラッカ目掛けて走りだす。
ラッカは避けない。まさか、私の速さについていけないの――? この程度で『強い』だなんて、とんだお笑い草だ。
キャッツアイがラッカの首元に接近する。
それ一つだけではない。彼女の全身に、キャッツアイが迫っていた。
ラッカの身体が、キャッツアイで串刺しにされる直前。
――手で払った。
(なっ!?)
その仕草一つで、キャッツアイは四方八方に飛び散っていく。
私の左腕に、自らが投げたそれが深く突き刺さっていた。
勢い良く右手で引き抜く。激痛が身体を駆け抜ける。だが、この程度慣れたものだ。
「……なかなかですね。ですがまだ、甘いです」
それは、ただの強がりだった。
血のついたキャッツアイを片手に、ラッカに飛びかかる。
私の本領は、キャッツアイの投影だけではない。接近戦も得意分野だ。
キャッツアイが長い剣状に変形し、ラッカの胸元に襲いかかる。
突き刺さ――らない。ラッカの身体は、恐ろしく固い。
「……弱い、な」
ラッカは呟いた。
小さな呟きが、確かに私の耳に届く。
ラッカは、ひどく失望した顔をしていた。
「な、ん――ですって?」
弱い?
私が?
そんなはずがない、私は最強だろう。
だから、私がこの女に、負けてあげる理屈はない――!
斬りつける。
振りかざす。
振り回す。
そうして、ようやく。
「や……、やっ、た――!」
ラッカの腹部に、剣状のキャッツアイが、背中まで貫通していた。
勝った、私は勝った。
この嫌な女に打ち勝って、そして――――。
「え?」
気がついた時には、口から赤黒い液体を吐き出していた。
気がついた時には、私の腹にラッカの腕が差し込まれていた。
――気がついた時には、私は『敗北』を突きつけられていた。
「この勝負、私の勝ちだ」
死んだら負け。私が平定したルール。
私は、惨たらしく死んだ。
ラッカの傷跡は、憎たらしいほどに綺麗に治っていた。
視界が暗い。
泥沼に、落ちた。
私はその日、思い知った。
最強は私などではないことを。
本物のそれは、ラッカ――、いえ、ラッカ様であることを。
――☆――
あの勝負から数日経ち、アンモラの態度はようやく軟化の傾向に向かってきた。
「あの、ラッカ様。こちらの書類を」
「有り難い」
悪魔バクの事態は、未だに収束せずして、被害は拡大するのみ。
なんでも最近、悪魔バクしか出てこないらしい。そのせいでドリームワールドから追い出された戦士も多くいるらしい。
何度も神様にお願いされているとはいえ、すぐに解決に至る訳がない。俺はしばらく考え込んだあと、アンモラに声をかける。
「アンモラ、ついてこい」
「は、はい? 私に何か御用でしょうか……?」
「そのうち分かる」
説明するのも面倒なので、アンモラを連れだして事務室を去る。
目的地は、開拓中の都市だ。
目印はない。だが、俺は直感で白を駆ける。
アンモラが、後ろから息も切れ切れに付いてきているのが分かる。
――あった。
「都市、ですか?」
未だ不思議そうな顔を崩さないアンモラ。急に振り回してすまんな。
俺は、看板の後方に、尻だけを見せている二人の少女を確認し、街並みを見た。
都市の景色は、トリフェーンちゃんと出会った前回よりも、確かに広がっていた。
開拓は順調なようだ。
俺はお目当ての建物を目で示した。
「情報屋……?」
アンモラさん、本当にごめんね。俺無口だから、長い説明はできない設計になってるんだ。
急に申し訳ない気持ちが溢れるも、俺の顔がその表情を反映することはなし。
情報屋の扉をくぐる。見たところ、戦士は俺たちだけのようだ。
「ヘイラッシャイ! 何か御用かな?」
八百屋のような鉢巻とエプロンを身に着けたおっちゃんが、声を張り上げる。……ここって情報屋だよな?
神様によると、こういった店の店員は、俗にいう『NPC』らしい。
俺は、単刀直入に言った。
「悪魔バクの情報を頼む」
「悪魔バク? って事は……」
目をぱちくりさせて、アンモラは難しい顔になる。
そこに、空気を読まずに割り込んでくるのは、強面な情報屋のおっちゃん。
「悪魔バクと言えば、最近大量発生してきてるらしいなぁ。原因は不明だが、それに関する噂ならばひそかに流れいたような気がするぜぇ。
例えば、黒幕は金髪で黄金の剣を持つ、恐ろしい女だとか」
……それ、俺のことじゃないよね? うん、まさかね。
おっちゃんは話す。
「例えば、悪夢を悪魔バクに書き換えるような、特殊な武器を持っているヤツだとか」
悪夢を、悪魔バクに?
そんな戦闘以外しか実用性のない武器を使う奴がいるのか。それはそれで不便そうだ。
「それ以上はないのか」
「ああ、もうないぜぇ」
おっちゃんの言葉を聞き届けると、俺は溢れんばかりの石をごつい手に握らせた。
アンモラの顎が抜ける。……流石に多すぎたかな。
「あんがとよ、お客さん!」
おっちゃんの声と同時に、俺たちは情報屋から出た。
いきなりアンモラが怒鳴ってきた。
「な、何なんですかあのおびただしい数の石は!」
「悪夢の石だが」
「そういうことじゃなくってですね……」
アンモラは息をつく。
「とりあえず、私も協力しましょう。
――悪魔バク事件の、解決に」
俺とアンモラは、目を見て軽く笑いあった。
……俺は笑ってないよね、多分だけど。




