第五夢「特異」
ある場所で。
「――ふっ」
蛇のような化物を、容赦なく両断する。
ヘリオドールの剣先に、赤黒い液体がべちょりと付いた。
化物が姿を消す。茶色と黒に塗れたグロテスクな空間が白く戻る。
ここ、ドリームワールドには『朝昼晩』と『生理現象』の概念は存在しない。
なので、眠る事はないし、排泄する事もない。当然成長する筈もない。
一つだけ言わせてもらおう。
――娯楽が『悪夢と戦闘』しかないってどうなの?
――☆――
事務室で、椅子に座って対面している俺と神様。
神様は顎に手を当てて口を開く。
「娯楽、か? うむ……。開拓中の都市で、色々と試行錯誤はしているつもりなのだが」
「試行錯誤?」
「工場を作って武具を生産したり、雑貨やアクセサリーを売ったり。
ああ、私ではなく部下の功績だぞ?」
「通貨はあるのか」
「あるに決っているだろう。悪夢の石だ」
成程。
俺の中での悪夢の石の扱いと言えば、神様に見つかって、誤ってヘリオドールにはめ込まれないように、そこらにばらまく程度のものだ。何故なら、俺は『強いやつ』が怖いから。
だから、俺はなるべく長くこの世界にいる事を、拒否したい。強いやつに当たって、ボロボロにされて、俺が恐怖のどん底に落とされるのが、怖い。
現時点では、俺の敵となり得る人物はいない。だが、どうだ? 俺はあくまで、強い体に憑依しただけの一般人。いわば、よそ者だ。
「……お前、何か隠しているな?」
「何故だ」
「私には分かるぞ。お前が鬱憤な顔をしている時は、いつも何かを考えている。
全部言えとは言わないが、ちょっとぐらい話してくれると嬉しいのだが」
「断る」
「だと思った」
神様はそう言って、くつくつ笑う。何がおかしいのだろうか。
「お前は、誰も信じていない。だからだろう? 私に『話さない』のは」
……信じていないわけでは、ない。
ただ、自分自身に臆病なだけであって。
――☆――
「ようこそ……」
「また来たの……」
つぎはぎに修復された看板から、二人の少女の頭が見える。
以前も訪れた街を見渡す。ちょっとだけ前より発展した街が、遠くまで広がっていた。
青くてきれいな空。
見てみれば、神様の言っていた工場らしき建物も見える。結構進んだんだなぁ、開拓。
少女は俺に声をかけたきり、看板に隠れて出てこない。ほらほら、怖くないよ~、お姉さん優しいから出ておいで~。笑顔で手を振って、少女たちに迫る。
走って逃げられた。
死にたい。
とりあえず、今回は有り余る『石』の解消を目的にここに来た。
神様に掘り起こされて、うっかり俺のドリームワールド滞在期間を延長しました、なんて事態だけは避けたい。とはいっても、別にドリームワールドが嫌いな訳ではない。実に中途半端な気持ちであった。
「……防具屋、か」
今の俺には防具がない。ヘリオドールだけで十分なわけだが、不安要素がある可能性も否めない。
俺は何でもない風を装い、防具屋に入る。
――入るなり、俺は酷い光景を見た。
「うふふふふふ、ふふ、ふふふふふ……!」
美少女が男に馬乗りになって、鞭を振るっていた。
すぐに扉を閉めた。
……あれは特殊な性癖を持つ人間だろう。関わらないのが吉だ。
しかし、困った。ここ以外には防具屋は見つからない。武器は既にヘリオドールという最強の剣があるし、どうとでもなる。
よし、次は雑貨屋に行こう。俺は石を消費できれば、それだけでいんだ。
「失礼、す……」
雑貨屋でも、目を塞ぎたくなるような光景が見えた。
「あぁん! そこです! もっとちょうだい!」
鞭で打たれながら、恍惚の表情で床にへばりついている美少女。
「……なんだここは」
SM趣味の人しかいないのか。
…………まあ多分、この二つの店だけの話であろう。ただ、ちょっとだけ、運良く彼等がプレイをしていたところに、偶然、かちあわせただけであって。
そう考えた俺が甘かった。
「はぁぁぁん!」
「いい! いいわ! 気持ちいい!」
「あははは、無様ね! 無様な豚が! 私に打たれて感じちゃうだなんて、惨めで無様!」
「ブヒィィィィィ!」
「……なんだこの魔境は……」
いつから色街と化したんだ、ここは。俺は聞いてないぞ! せっかく石を消費できると思ったのに、どうなっているんだ、ガチで。
「あらぁん? あなたもSM希望者?」
派手なメイクを施したオカマのような男が、俺を野獣のような視線で見てきた。
断固、違います。
街をうろつき回って一時間が経つ。『同類』を発見した。
「も、ももももうどうなってるのか全然わかんなくって!
あの人達は一体ナニをしてるのか、まったく、うううう……」
この街に異常を感じていたのは、俺だけではなかったらしい。小さな背丈の美少女が、俺の背で縮まっていた。
……うん、怖いよな普通。一体どうしてこんなことになってしまったのか。
「あの、わたしの名前、トリフェーンっていいます! あなたの名前をお聞きしてもいいですか?」
「ラッカだ」
「ら、らららっか!? いやまさかでも……そんな訳がありませんよね。
よ、よろしくですっ!」
自己紹介を終えた俺たちは、街中を散策し始めた。
街自体に異常はない。それでも、どこか違和感がつきまとう。
「あのぅ……なんだか、ちょっと変ですよね」
「ん?」
トリフェーンちゃんは続ける。
「だって、空がありますよ」
小さい身長を必死につま先立ちで伸ばして、トリフェーンちゃんは上空に指を向けた。
――青くてきれいな空。
俺は思考する。
ドリームワールドに色はない。
悪夢が現れない限りは。
つまり――。
「私たちは、既に悪夢の中に囚われているのかもしれない」
今までにない例だけれど、間違いだとは思えない。
俺は、腰に掛けていた剣を抜いた。
――☆――
ちょっとだけ、怖いなあって思いました。
でも、すぐに気のせいだって否定しました。
ラッカさんって言うらしいです。
わたしは、すぐに有名な『女帝』ラッカを思いつきました。
ラッカ――戦闘を何より好み、その実態は謎であふれている。
神様に絶対忠誠で、逆らう者には絶望を。
そして、美女だと。
「私たちは、既に悪夢の中に囚われているのかもしれない」
彼女が言葉を発して剣を抜いた瞬間、周りの空気が一変しました。
ジリジリと緊張が増します。わたしは、それでも「気のせい」だと、自分に言い聞かせました。
彼女は、まずは標的を探します。悪夢の中で一番大きな存在を探します。
そして、目線を定めました。
工場の建物でした。
「で、でもあれは、ただの工場じゃ……」
「工場だな。それがどうした?」
そう言って、彼女は私の視界から消え去ります。
慌てて、彼女の向かっていった方向を探ります。予想通り、工場の煙突に佇んでいました。
彼女は、黄金の剣を、工場の一部の屋根に叩きつけました。
破壊の波は広がり、瞬く間に工場は全壊しました。
空間が反転します。
空は、無機質な白を映しだしていました。
壊されたはずの工場も、元に戻っていました。
彼女は、工場を興醒めの目で見ていました。
確かに、工場は悪夢の本体だったのかもしれません。
でも、わたしは確かに、怖かったのです。
悪夢でも変態な人たちでもなくて、紛れも無い彼女が。
次はわたしが標的だ、とでも云うように、彼女が熱を込めた目線で見つめてきたことが。
後になってわたしは思います。彼女はきっと、間違いなく『女帝』ラッカなのだと。
わたしは、自身の武器――紅玉髄を、固く握りしめました。
――☆――
街の姿を模した悪夢は、一切の戦闘力を持たなかった。
今までの例に無い、型を外れた悪夢だったと言える。
……あの時は混乱していたから思わなかったけど、トリフェーンちゃんってめっちゃ愛らしいよね。きっとドジっ娘ではわわで妹属性で天使なんだよ、きっと。
トリフェーンちゃんを見つめてたら、思い切り「プイ」された。
そんなところもかわいいトリフェーンちゃん! きっとツンデレ属性も持っているんだね!
トリフェーンちゃんと別れた後は、この件を報告して、一人の社畜になりきった。
肩が凝りそうだ。いやまあ、この世界には病気やら生理現象やらもろもろが存在しないから、実際に凝ることはありえないんだけどね。




