第二夢「悪夢」
面白い人間だった。
普通、ここに来たばっかりの人間は、混乱する。
でも、その人間はしなかった。その時点で『普通』ではない。
それだけではない。人間は、神である私の威圧感にも応じず、あくまでも冷静に行動していた。
その人間の表情筋は、全くと言っていいほど動かない。
そして、美しかった。
――『新人イジメ』で有名な四人衆を、剣の一振りで一掃した。
人間を殺したにも関わらず、ちっとも動揺していない。
私にはその人間が、四人を殺した瞬間、笑っているように見えた。
『まるで人間じゃない』。それが、私の彼女への第一印象だ。
まあ、鏡を見て髪を整える、という人間的行動を為していたのを見て、彼女は“まだ”人間なのだろう、と思う。
――☆――
「さあ、今から悪夢の紹介をしよう。ラッカ、目に焼き付けておけ」
神様は、指をパチンと鳴らす。
ベリベリ、と紙を剥がすように、事務室が消える。
そこには、見るからにグロテスクな光景が広がっていた。
……気持ち悪っ。
「ほら、これが悪夢だ。魔法少女が絶望し、魔女になって作り出す結界だと言えば分かるかな?
あれだあれあれ。魔法少女まど……」
「それ以上はいい」
「そうか?」
色々とアウトな気がする。つーかネタバレすんなし。
神様って、そっち方面の知識もあるのね……。予想外だった。
「悪夢の本体は、その夢の中で一番大きな怪物だ。
ラッカ、お前が倒してみろ」
……えっ?
俺が?
無理無理! 無理だって! マジ無理!
でも、神様は俺を見てニヤリとするだけで、手助けする気ゼロだ。
絶望した。
しばらくすると、気持ち悪い空間に、馬鹿でかい爬虫類が現れた。
「あのカメレオンっぽいの、あれが悪夢の本体だ。
ほら、その剣があるだろう。力を振るうだけでいい」
……ああもう、仕方ないなぁ。
本当は嫌だけど、マジで嫌だけど、ガチで嫌なんだけど。
心臓がバクバク言っている。俺は爬虫類に向かって、飛んだ。
えぇぇぇ! 飛んじゃったんですけど!
まるで鳥になった気分だった。この体のスペック高すぎだろ。
そして、着地。俺に気がついた爬虫類は、地を鳴らして突進してきた。
俺はすぐさま回避すると、爬虫類に剣を投げつけた。
爬虫類は、一瞬で姿を消した。
気味の悪い空間も、元の事務室に戻っていた。
事務室の机には、俺の投げた剣が突き刺さり、いくつかの書類が散乱していた。
そして、さっき神様が見せてくれたような『石』が、地面に転がっていた。
爬虫類は、あっさり死んだ。
俺は心の中で、ハァハァと息を切らした。
身体はちっとも動じない。
俺の七不思議に加えよう。
「よくやった。
まさか投げるだけで倒れるとはな……。一応、悪夢の中では強い奴を選んだのだが。
しかし……その剣はヘリオドールか」
「ヘリオドール?」
未だに興奮の収まらない内心を抑え付けつつ、神様に聞き返した。
「ドリームワールドに現れる人間は、必ず武器を持っている。
ヘリオドールは、『死』を操る剣だ。
剣を振るだけで、相手は死ぬ。ドリームワールド版エターナルフォースブリザードだな」
「……」
神様のネタは置いといて、禍々しい剣すぎる。
なんで俺、こんなに不幸に愛されているんだろう……。
神様は転がる石を拾い、ヘリオドールの柄の部分にはめ込んだ。すると、茶色い石は眩い光を発し、青い宝石のように姿を変えた。
「良かったな。今回討伐した悪夢は悪魔バクと呼ばれる、高位のヤツだ。
最低でも、あと一ヶ月はこの世界にいられるぞ」
……は?
あと一ヶ月間も、ここにいろ、と?
絶望した。
――☆――
「……またこの夢」
毎日夢日記を付けて、夢と現実の区別が付くようになった。いわゆる、明晰夢というやつだ。
私は、いつもいつも、同じ夢を見ていた。
そこには、いつものように人が死んでいた。
あるところには白骨化した死体、あるところには一向に腐らない、きれいな死体。
特別怖いということもなく、私はその夢の中を彷徨う。
ここに生者は存在しない。
生命の鼓動を刻んでいるのは、私一人。
孤独だ。
でも、その中で、私は彼女を見つけることができた。
「あなた、生きてるの?」
彼女は、まるで動く気配はなく。
傾国と形容してもいいような美しさが、私には「生きている」のだと、直感的に分かった。
「……」
朽ち果てた塔に寄りかかり、金色の剣を支えにして、目を閉じている彼女。
まるで彼女自身も風化したかのようだった。
「ねぇねぇ、お話しようよ。
せっかくの夢なんだからさ」
私は、彼女に話しかけた。
何度も何度も話しかけた。
でも、彼女は動かない。
それから毎日、私は彼女に会いに行った。
――☆――
「くそ……僕だって、僕だって!」
美女に殺されて、しばらく経った。結局、僕たち「新人イジメ」のグループは解散に追い込まれ、行く宛もなくなった。
僕には主体性がない、とよく言われる。でも仕方ないんだ。全部、そういうふうに育てたお母さんのせいなんだから。
僕は弱い。ドリームワールドに放り出されて与えられた武器も、ひ弱い拳銃一丁のみ。
だから、精一杯媚を売って、あのグループに入れてもらったのだ。
――でも、そんな僕も、あと少しで現実に還る。
「……僕だって」
足掻いた。沢山足掻いた。
悪足掻きでもなんでもした。
でも、ダメだった。
そこに、足音が響いた。
美女がいた。
僕を破滅の道に追い込んだ、美女が。
「くっ、来るなぁ!」
僕は情けなく、ズボンの下で漏らしていた。
それでも、僕は足掻いた。美女に、拳銃で弾丸を放ったのだ。
予想外だったらしい。美女の腹部には、小さな穴が開いていた。
(や、やったッ!)
僕は歓喜した。美女に、一撃でも攻撃を入れられたのだ。
だから、油断していた。
「ぐっ!?」
美女は、僕の頭を足で蹴った。
拳銃が、美女の元へ転がる。
美女は、拳銃を手にとった。
(もう、終わりだ……)
そう思うのもつかの間。
美女は、石を拳銃にはめた。
「……え?」
そして、拳銃を僕に投げて、去っていった。
――数日間。
彼女の行動を、僕は考えた。
何故僕を延命するような真似をしたのか。
そして、考えついた。
彼女は、『僕に利用価値がある』と判断したのだろう。
肉壁でもなんでもいい。でも、それしか思いつかない。
だって、僕が生きているぐらいで、彼女が嬉しがるとは思えないのだから。
僕は、彼女に利用される恐怖に怯えながら、再度寄生する『仲間』を探しに、ドリームワールドを走り回った。
――☆――
「ふぅ、良いことしたな」
――とは言えないので、心の中で呟くに留まったが。
俺は、一人の戦士――夢の中で戦う人間――を救った。
なんだか見覚えのある顔のような気がしたけど、多分考え過ぎだろう。
戦士の残り期間が少なくなると、存在が希薄になる。神様が言っていたことだ。
と、歩いていると、黒く空間が反転し、悪夢が出てきた。
またかよ!
俺はどうやら、こいつらに好かれているようだ。被害を被る(勘違い的な意味で)のはこっちの方なのに、はた迷惑な話である。
俺は一撃で悪夢を倒して、また歩き出した。
え、俺が何でドリームワールドを観光してるのかって? 暇だからだよ、悪い!?
――☆――
この頃、ドリームワールドでは、ある美女の話が噂になっていた。
曰く、『強者を探して歩き回っている』。
曰く、『抑えきれない闘争本能を、バクで解消している』。
曰く、『幾人もの戦士を虐殺し、心をへし折った』。
――真実に気付ける者は、誰一人として存在せず。