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第十一夢「恐怖」


 壊滅状態の都市を、浮遊しながら満足気に見下ろす一人の美女。

 その美女の冷たい視線は、次に神様に向けられた。


「ピュアライトたん、来てくれたのね」

戦神ワルキューレの為ではないがな」

「んもう、冷たいんだったら。それに、お姉ちゃん、でしょ?」


 ふざけた話し口の美女。しかし、肌に張り付く威圧感は、少しの恐怖心を煽った。『この感じ』は紛れも無い美女から発せられていた。

 美女の視線は、神様にくっついて離れない。まるで、「有象無象に興味はない」とでも云うように。


「じゃ、そろそろ本題に入るわ。

 ――返してほしいのよね、ドリームワールド」


 改めて真面目な態度を取る美女に、緊張した面持ちの神様。

 神様は、弱々しげに目を伏せた。


「…………延長は」

「愛しい妹の為とはいえ、流石にずっと貸し出すのも、甘やかし過ぎだと思うのよね。

 神様としての責務はどうだったかしら? しっかりと治安維持はできた?」

「…………」


 口を閉ざす神様に、やれやれとした様子の美女が微笑む。


「これからは、きちんと自分で『世界』を手に入れて管理するのよ。それがピュアライトの為だから。

 それに、自分で何かを手に入れる、というのも悪くはないものよ。

 ……実力で、私に打ち勝って見せなさい。その方が私としても面白いから、ね?」


 

 ――☆――



 神様は美女――戦神ワルキューレとの交渉で出張中。書類の処理は俺とアンモラの二人だけでする事になっている。まあ、その辺は大丈夫だろう。なんたってあのドヤ顔の神様だし。

 ひとつ伸びをして、アンモラに目をやる。グタリと伸びきっていた。


「……アンモラ。今日中に終わるか?」

「ムリです……」


 そういえば、気になっていた事があった。


戦神ワルキューレからの宣戦布告と思わしき文書が届いた時、何故あんなに怒ったんだ」


 ラッカ様()に盲目なアンモラの事だから、そこまで神様に思い入れはないと思っていたが。


「……何故もなにも、私と神様と、本命のラッカ様の心地よい空間に茶々を入れる輩が気に食わないのです」

「心地よい?」

「そうです。

 ……ラッカ様だからこそ言いますが、現実世界での私は、何をしても中途半端な半端者でした。


 完璧になりたくてもなれずに、才能も欲しいけれどなくて、お金さえもちっともでした。

 そんな中、ドリームワールドという選択肢を選ばせてくれた神様には、とても感謝してるんです。


 ドリームワールドでは、愚者をいたぶる事だってできる。私の嫌いな愚者が、愚かな面をこすりつけて泣いている。それだけで、私は満足でした。


 しかし、更にラッカ様という秀逸な人間が存在する事を知れて、私はただただ嬉しかった。

 私が最強(ナンバーワン)を、愛しているからこそ、です」


 ……Mかと思ったらSだった?


 今更だが、アンモラはかなりおかしいと思う。……狂気と言うべきか、内に秘めた『異常』は、今の発言からも感じられた。

 まあ、神様いわく、ここドリームワールドは、現実にとことん『合わない』人間の巣窟、多少の人格破錠者がいたっておかしくない。


 しかし、そんなアンモラに同意できる所もある。


 正直な所、俺は縋り付いていたい。甘んじて、重んじて、この地位――美女である現実と、職のあるという立場に。

 だから、アンモラの言いたいことも分かる。この地位も、立場も、全て神様が与えてくれたものなのだ。感謝してもしきれない。

 だから、俺は同意しよう。


「……そうだな。私も、神様には感謝しているよ」


 そろそろ仕事に戻ろう。

 神様が帰ってくるまで。



 ――☆――



「さて。これぞ前座、と言うべきかしら?」

「……そうだな」


 戦神ワルキューレの持つ世界の管理塔。その一角の会議室で、私と戦神ワルキューレは対面していた。

 彼女の貌は、緩やかな頬笑みを浮かべていて、とても『戦神』とは思えない。

 まあ、多重人格のようなものだ。何らかのきっかけで、彼女は残酷な戦闘狂に一変する。

 ……一応、経験談だ。過去に色々あったものだ。


「私が貴方に貸し出していた期間は300年。そして今日こんにちは299年360日目。

 あと5日で時間切れ、となる訳だけど。まあ、それ自体はどうでもいいわ。別にドリームワールドを手放した位で、新しい世界を獲得すればいいだけでしょうし。

 むしろここからが本題よ。

 ……あの金髪は、何故『動いている』の?」


 ……ラッカのこと、だろうか。 

  

 彼女のちょっと前に言った言葉は気になったが、ここは素直に答えた方が良い。


 ラッカ、その正体は戦神ワルキューレのくれた『戦闘人形』。

 ドリームワールドという、世界自体に異常事態が起こった時にだけ稼働する、ただの人形だ。

 それが、ある日突然動き始めた。まるで自我があるかのように。


 よって、私には彼女が動いている理由は分からない。戦神ワルキューレにそれを伝える。

 戦神ワルキューレはしばらくして、私に答えを出した。


「考えられる要因は2つ。

 1つ目は、『ドリームワールドに異常が生じている』こと。でも、神様として百万年の時を過ごした私にも、あの世界の異常は感じ取れなかったのだから、可能性は低いわ。

 2つ目。『何らかのバグ』。……一応、完璧に作ったつもりなのだけどね。そういうこともありえ得る。

 結論、分からないわ」


 分からないんかい。というか、これが本題なんじゃないのか。


「ああ、やっぱり次が本題よ。

 ――貴方は、ドリームワールドの“本当の”管理者になりたいの?」


 痛いところを突いてくる。

 だが、これは確かに言える。


「厚かましいお願いとは承知している。

 が、生憎私には、神としての力が完全に蓄えられていない、生まれたばかりの状態なんだ。

 そんな状態で放り出されても、私は世界を作り出す事も手に入れる事も不可能」


 神とはそもそも、世界を管理してこそ付けられる称号である。

 世界を管理するには、その世界を自分の管理下に置かないといけない。その方法が、『自分で作る』か、『横取りする』の二択。

 しかし、まだ神としての経験不足である私は、その二つがとてもできる状況じゃない。それに、力を蓄えるには、世界を管理して、その住人たちに『神』と思わせるしか方法はない。

 私の姉たちは、生まれた時から世界を持っていた。しかし、私は例外として、世界を持たずに生まれ落ちた。だから、何もかもが不完全。


 つまるところ、私は誰かに頼るしか方法がなかった。


「お願いします……どうか、ドリームワールドを下さい」


 一時の屈辱なんて、どうだっていい。

 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥という言葉もある。そう、これはあてにならない、『姉』への自信。ドリームワールドを譲ってくれるかどうか、それすらも不確定――明らかな賭けだ。

 それでも、私は信じたい。少しでも神で居れる場所がありたい。神でありたい。

 …………見下されるのはもう、嫌なのだ。


 私は、地面に体を預けて、頭を下げた。

 一般的に言う、土下座という体勢。


 沈黙が場を支配する。

 姉の顔も、思いも分からない。それでも、私は地に祈った。


「分かったわ。私も、貴方への同情は禁じ得ないもの。

 はっきり言って、つまらない結果だったわ。

 そうそう、私はもう手を貸さないから、ドリームワールドで何が起ころうとも保証しないわよ?

 じゃ、さようなら」


 面を上げる。

 姉は、心底失望したような顔で、私を見ていた。

 姉の指が鳴らされる。視界いっぱいに真っ赤な光が溢れた。光が消えると、いつの間にか真っ白な場所。恐らく、ドリームワールドのどこかだろう。

 四方を見渡す。

 誰もいない。

 

(もう、泣いてもいいかな……)


 目尻が熱くなる。

 一体私は、何のために生まれたんだろう。



 ――☆――




 世界を管理する8人の女神。その末っ子として、私は生まれた。

 末っ子と言えば、なんでもお下がりで『新品』は貰えない、損な立場であることが周知の事実。

 しかし、私はその『お下がり』すらも貰えない、損どころでない、かわいそうな子供だった。


 姉たちは、生まれた時から既に世界を与えられていた。

 だけれど、私には、それがなかった。

 世界の大半が、姉たちによって管理されていたからだ。


 ――まず、年季が違いすぎる。これが、主な私の敗因だったと言えよう。


 姉たちは優しかった。

 神として、一人の生きし者として経験が足りない私を、親身になって支えてくれた。

 しかし、私は姉たちを拒絶した。経験不足な私は、本心から心配してくれる姉たちの好意を同情だと言って、まともに取り合わなかった。

 

 因果応報という言葉がある。

 そう、私は、姉たちに見放された。

 私を助けても、どうせ見返りは返ってこない。姉たちはそう判断したのだろう。

 見放されてから、私は姉たちの事を憎んだ。

 憎んでも憎んでも、何も返ってこなかった。何も手に入れられなかった。

 憎しみの感情に、姉たちも私を嫌悪した。ただ一人の神を覗いて。


 戦神ワルキューレという称号が付けられる神。彼女は、何よりも戦を望む。憎しみとは、言い換えれば『闘志』と言っても過言ではない。そう、私は彼女の毒蛾に、まんまとかかってしまった。……当時の私としては、自分が挑んだつもりだったが。


 戦神ワルキューレと、一柱の神として喧嘩した。

 結果は当然、私のボロ負けだ。何せ、世界を管理したことなど、一度もないのだから。


 その後、戦神ワルキューレは、私にお情けで世界をくれた。

 なんでも、神として力をつけた私と、いずれ戦おうという魂胆らしい。見え見えである。

 それから、私はようやく冷静になれた。私の今までの我儘が、こんなに姉たちを困らせていたのか、と。

 それでも、プライドぐらいはある。姉たちに心の中で謝りながらも、あの失望に染まった瞳を見返したかった。それぐらい、私は馬鹿だった。


 戦神ワルキューレは、あくまでも姉たちに戦いを挑もうとする態度の私を気に入った。そして、彼女との対話は、生まれてこの方、突っぱねてきてばかりだった私の心のオアシスとなっていた。

 慰めでも、同情でも、なんでも良い。私は、優しくしてくれる人が一人でもいてくれたのが、ただただ嬉しかった。



 ――今日までは。


 私は見た。

 あの失望した顔を。

 

 私は見た。

 『あの時』の姉たちと、同じような顔を。


 結果的に、ドリームワールドの本管理権は私に譲渡された。だが、どうだ? 戦神ワルキューレと決着をつけると言いながら、甘えっぱなしの情けなさ。得たものも失ったものも、どっちも私は欲しかったもので。


 自分が、分からない。


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